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【 虹獣 】 2章:ドグマ 4話:狂乱(キョウラン)

 ドグマは定期的に餌の供給元を手に入れた事で安堵していた、当分の間は楽な狩りをすれば食べ物が手に入ると…。しかし、その安堵とは裏腹に悪夢に侵されるようになっていた。今まで貪ってきた虫の幻影、欺いてきた子猫の幻影、屠ってきた鶏の幻影。


 ドグマの体中を這う虫達、体の中まで這っているかのような感覚、体の中を食い破られるような感覚、体を振っても地べたに擦り付けても取れぬ感覚、気味が悪くても耐えるしかない、ドグマは堪らず叫ぶ!

「食物連鎖だろうが!」

喰って何が悪い、数が多いものはそれだけ喰われ死ぬ率が高い。それが自然の摂理、嫌なら最初から生まれてくるな!虫けらども!


 ある時は以前に欺いて食べた子猫の幻影を見た。ドグマさん…、そう呟きながら慕いつつも哀しそうな瞳でドグマは見つめられていた。十分な食べ物さえあれば伴に生きる事も可能だったかも知れない。良きパートナーとして、良き恋人として二匹の未来はあったかも知れない。しかし、十分な食べ物など無い、ましてやドグマは自分しか信じていない、動物も人もドグマを否定する、ドグマは自分の力のみを信じて生きるしか無かった…。いや自分すらも疑っていた、否定が蓄積された自分の存在、他の生物を喰らう事で生き長らえている自分の存在、一時的にしろ自分を慕ってくれたものさえ喰ってしまった現実。ドグマは自己否定に潰されそうになっていた。

「弱肉強食だろうが!」

喰って何が悪い、それが生きるという事だろう!生きるものは何かしらのものを取り込んでいる。生きるものは多くが他の生命を奪っている。俺だけが喰っているわけではない、奪っているわけではない。俺は悪くない。俺は悪くないのになぜキサマは夢に出てくる!?


 またある時は以前に屠っていた鶏の幻影を見た。養鶏場のど真ん中に佇むドグマ、そのドグマを見つめる幾つもの鶏の瞳。どのみち食べられる運命だった鶏、しかしドグマへの遺恨の眼差しは消えず幾つもの瞳がドグマを見つめていた、見つめられている感覚に陥っていた。

「家畜風情が!」

喰って何が悪い、家畜風情は喰われる為に存在しているものだろうが。それを人ではなく俺が喰ったところに何の悪がある?貴様らは抗い難い人から抗い易い俺へと非難の瞳を向けているだけだろうが!貴様らは食われる為の道具でしかない、既に生物では無いのだ!その道具を俺が喰ったところでどうして謗りを受けねばならない。貴様ら家畜に権利など無い、あるのは一方的に喰われる運命だけだ!俺に動物的に喰われるのも、人に機械的に喰われるのも大差ないだろうが!野生の心を忘れ家畜に成り下がった貴様らにとやかく言われる筋合いは無いんだよ!


 生きる為に喰い続けてきたドグマ、虫けらを…子猫を…鶏を…。幾多の生命の犠牲の上にドグマの生が成り立っている。まるで自己暗示を掛けるように喰う事を肯定してみても、迫り来る重い罪悪感から逃れる事がドグマには出来なかった。


 ドグマが睡眠している時に微かな物音がする、たかだか虫の物音であった。しかしドグマはそんな微かな物音にも過敏に反応し恐怖した。虫は死んだ獣の死肉を喰らう。死んで無くても喰らうかも知れない、ましてや止む事の無い妄想。カサカサとモソモソと体中を這い回る虫の存在感、ウネウネとズルズルと体中を這い巡る虫の存在感。体中を地べたに擦り付けても、体を壁に叩き付けても取れぬ虫の存在感…妄想。

「きさまら虫けら風情が!獣に゛ぃーー!!」

ドグマは恐怖でいっぱいになっていた。喰う側から喰われる側になった恐怖に脅かされていた。その恐怖心が更なる妄想を掻きたてドグマの心身を脳を侵食していく…。身動きの出来ないドグマの心身を脳を虫達がじわじわとなぶり殺しにするかのように喰い漁っていく…。ドグマはその悪夢に耐え切れず狂ったように飛び跳ね寝返りをうつ。そんな事にはお構いなしに迫りくる虫の群れ…いやドグマの妄想。


 妄想は止まぬ、虫達を掻き分けある時の子猫がやってきた。

「ドグマ…さん……。」

そう呟きながらドグマのはらわたを幼い牙で貪っていく。幼い牙が逆に仇となりドグマは、じわじわとなぶり殺されるような気持ちを味わっていた。成熟した牙ならば一思いに止めを刺してもらえる。しかし幼い牙は一思いに止めを刺せず、ドグマのはらわたをじわりじわりと喰い侵していく…。

「ドグマさんを食べて、ドグマさんのように強くなるんだ…。」

そう呟いた子猫は無我夢中でドグマのはらわたを食い尽くしていく。

「ドグマさん…一緒に生きよう…あたしの中で…。」

愛情を抱かれながら喰われていくドグマ、愛情を抱くのであれば優しくしてくれと思うドグマ、しかしドグマに喰われた子猫の愛情表現は歪みに歪みまくっていた。喰う事が愛、愛するものと同化する事が愛、愛するものを血肉にする事が愛。全てはドグマの行動が招いた誤解、その誤解すらドグマの妄想、ドグマは既に何が現実で何が妄想なのか、その境界が解らなくなっていた。


 そんなドグマに追い討ちを掛けるかのように更なる妄想が湧き立つ。子猫の背後から鶏達が歩み寄ってきたのだ。鶏達はドグマを囲むと、鶏同士が喧嘩をしないようにと人によって雛の内に切断されたクチバシを使ってドグマの肉を貪り始めるのであった。尖っていないクチバシがかえってドグマのはらわたを足を目や鼻を杜撰に傷つけ喰い散らかしていく。まともなクチバシであれば一思いに肉を千切り喰らい尽くすであろう、しかしこの尖っていないクチバシはある意味ドグマに拷問のような恐怖を与える事となった。


 ドグマはショック死しそうな程に追い込まれていた、ドグマ自身の妄想に…。妄想の中で何とか救いを見い出したかった、助かりたかった…。そんなドグマが見せたドグマ自身への妄想。あの時の子猫がドグマに群がる虫達を鶏達を健気に追い払ってくれていた。

「これでドグマさんはあたしだけの物なの」

と狂気の笑みを浮かべながら子猫は呟いた。

「でも…もう疲れちゃった……。後はドグマさんの中にいさせてね…」

そう呟くと子猫の体は薄くなり、ドグマの体へと吸収されていったように見えた。


 我に返ったドグマはまず急いで自分の体が無事である事を確認した。そして馳せる虫達や鶏達への想い…そして子猫への想い…。子猫の妄想は一体誰が作り出したのか?ドグマ自身か?全てはドグマの都合の良いように妄想をしていただけであろうか?痛みや苦痛すらも贖罪の為に利用していたのであろうか?それにしても最後の子猫は何だったのであろう?子猫の願望?ドグマの願望?獣が獣として生を全う出来る環境さえあれば、あのような事は起こらなかったかも知れない。二匹は良き仲間として良きパートナーとして共に生を歩んでいけていたかも知れない。その後悔がドグマの中に芽生えていたのかも知れない。そう意識し始めてからドグマは激しく子猫を食べた事を後悔した。何かが違っていれば!環境が少しでも良ければ!自分自身にもっと力があれば!!

「ヴォォォニ゛ャォーー!!」

ドグマはそう夜空に向かって叫んだ。曇り空に覆われた夜空であった。ただ、微かに一筋の星の光がドグマを射していた…。


 生きるという事は……貪る事だ。

 生きるという事は……欺く事だ。

 生きるという事は……屠る事だ。

 生きるという事は……?

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