朝の生活
エルクと言う人間、何度も本を読み返し自分という人間がどういう人間か理解する。
基本的には転生前と同じだった。
引きこもっていないという点以外は。
彼はどうやら人生快調だったらしい。
「羨ましい限りだな……って、そんな事はどうでもいい」
一人呟いて部屋から出る。
窓から差し込む太陽の光は眩しいが、なんだかんだで心地良かった。
これからこの体の家族のところへ向かうのだが、妙に緊張していた。
朝から緊張というのはなかなかしない経験である。
というのも、記憶がないのだ。
「妹……じゃなくて、イア。か?イアって呼んだ方がいいのかな……」
呟きながら階段を降りた。
階段を降りた先は玄関でそれなりに広さがあった。
ふと、そこに大きな鏡にあることに気づく。
そこに視線を移すと、ようやく俺の姿が判明した。
身長は大体170ぐらいの平均的な身長だろうか。
髪型は濃い茶髪で、特に目立った外見でもない。
体も特別鍛えているってわけでもなさそうだった。
「まさに普通、って感じだな」
リビングに入ると、そこには見たこともない家族がいた。
普通に生活をして、普通に暮らしている家族が。
これはきっと、俺が欲しかったものかもしれない。
ちなみに母も、なかなかの美人であった。
「あ、にぃ!」
「エルク。大丈夫なの?」
「う、うん。大丈夫。イアも心配かけてごめんな」
「……」
だ、ダメだっただろうか。
妹は、俺の顔をじっと見続けている。
そして笑顔になった。
「よかった!」
「お、おう」
どうやらセーフらしい。
部屋を見渡してみると父親はいない。
飾ってある写真を見てみると、俺とは違う男の人が写っていた。
それを考えるに父親は既に仕事に行ったようだ。
食卓を見れば標準的な朝ごはんが並んでいた。
妹は既に食べ始めている。
「ほら、早く食べちゃいなさい。今日は入学式でしょ?」
「はーい」
俺も椅子に座って食べ始めた。
とにかく、今は確認しなくてはいけないことが沢山ある。
ヒロイン達と喋れなくても、学園生活を送れることに楽しみがあるが、それは置いとかなくてはいけない。
演じなきゃいけないのだ。
エルクという人間を。
今は迂闊なことを喋れないだろう。
日閃に知り合いがいなければいいのだが。
そこから数十分、ご飯を食べ終えた俺は歯磨きをしに行く。
が、ここで問題が起きる。
「……ま、まずい。どれが俺の歯ブラシだ?」
「にぃ?どーしたの?」
「え、な、なんでもないよ」
全員の歯ブラシ、色が似ているのだ。
ちょっと違う程度、ほとんど同じだった。
俺にとってはそれがまずいことであった。
間違えて誰かのでやってみろ、色々と大変なことになるだろう。
特に妹のを使う事は。
「さ、先にやるか?」
「私、着替えてからするよ」
と言ってどっかに行ってしまった。
さて、どうしたものか。
「……色的に濃さ順か?」
一番が父、四番が妹。
だとしたら残るは俺と母。
さてどちらだろうか。
「……よし。当てずっぽうで行くか!」
そう言った俺は二番目の濃さを手に取った。
使い終わった俺は気づくことになる。
微妙にわかりにくいところに名前が書いてあったことに。
俺が使ったのは……言わないでおこう。
少なくとも、俺とではなかったとだけ。
部屋に戻った俺は何とも言えない状態で制服に着替え始めた。
「普通あんなとこに名前書くかよ……」
そんなことを呟いていると下から声が聞こえた。
「ねぇにぃ!なんか歯ブラシの配置が違うんだけど!しかも私のなんか濡れてる!」
「水が跳ねたんだよ!ごめんなぁ!」
もう何も言わないことにする。
これ以上は言わなくてもわかるだろうから。
しかし朝からこんな思いするとは思わなかった。
制服に着替え終わり、カバンを手に取る。
色々あったが遂に始まる。
まだほとんど把握しきれていないが、この世界での生活が。
一体なぜこの世界にやってきたのか、どうして俺はエルクになったのか。
きっとこれから判明するであろう、と願って。
俺は家を飛び出したのだった。




