遠足(夏)(4)
今日も帰りが午前様で、頭があまりまわりませんが、更新だけは何とかしようと頑張りました。明日も仕事なので早めに休みます。
しばらく森の中を進んでいくと、水の音が聞こえてきた。
「瞬、水の音が聞こえる」
「はい。恐らく、リノンさんが言っていた小川が近くにあるのだと思います」
私たちが水の音が聞こえるほうへと歩いていくと、木々の枝で出来たアーケードが途切れているのが見えた。
「きっと、あそこに川があるはずです」
「うん」
木々の間を縫うようにして歩いていくと、背の低い木や草が生い茂る中を幅2メートルほどの小川が太陽の光をキラキラと反射しながら流れているのが見えた。
「あった、小川だ。リノンさんの話の通りだと、この近くに『火の実』があるはずだよね」
瞬は頷いた。
「僕は、対岸を探しますので、高山さんはこちら側を探してみてください。リノンさんの話によると『火の実』はかなり低い位置になる果物だそうですから、探すときは中腰になるなどして、視点を低くすることを忘れないようにしてください。あと、リノンさんからこの森は安全だとお墨付きをいただいているとはいえ、用心に越したことはありません。ですので、声が届く範囲でしか移動しないよう気をつけてください。いいですか?」
「くすっ」
思わず笑ってしまった。
「???」
不思議そうに首をかしげる瞬に、私は笑みを浮かべた。
「瞬、まるで先生みたいね」
「え?」
「ごめんね、悪い意味で言ったんじゃないんだよ。何でもないから、気にしないで」
私の言葉に、瞬は困ったような顔をして言った。
「そこまで言われて気にしないわけにはいきません」
瞬があまりにも不安そうな顔をするものだから、私は仕方なく笑った理由を口に出して伝えた。
「えーとね、先生はいつも私たちのためにいろいろなことを考えてくれているでしょ。たとえば、どうしたら私たちが楽しく勉強できるのかとか、どうしたらみんなが仲良くなれるのかとか、授業の内容から遠足や行事のことまで、本当にいろいろなことを私たちの知らないところで考えてくれてるでしょ。それと同じで、瞬も私たちのことをいつも考えてくれてるでしょ。それが、細かな指示になったり、アドバイスになったりして表れてくるんだなって思ったの。だから、瞬のことが先生みたいだなって、そう思ったの。」
話し終わると、なんだか照れくさくなって私はくるりと回って背中を向けた。
「だからね、悪い意味で言ったんじゃないよ。分かってくれた?」
「・・・・・・」
瞬からの返事がなかったので、私は不安になってそっと振り向いてみた。
「え!」
そこには歯を食いしばったまま涙をこらえている瞬がいた。
「どうしたの、瞬!」
私が駆け寄ろうとすると、瞬はこめかみを左手で押さえながら右手を広げてこちらに向けた。
(来るなってこと?)
戸惑う私に、瞬は涙をこらえながら絶え絶えに言葉を返してきた。
「・・・大丈夫・・・ですから」
「でも」
「本当に・・・少しだけ・・・すみません」
そう言って必死で右手をこちらに向けてくる瞬に、私はそれ以上何も言えなくなって黙って瞬が落ち着くのを待つことにした。
(私、瞬を傷つけてしまうようなことを言っちゃったのかな。もし、そうだとしたら・・・)
瞬の返事を待つ時間が長くなるにつれて不安が胸いっぱいに膨らんできた。いつだったか、おばあちゃんから言われた言葉を思い出した。
(『自分が良かれと思ったことでも、相手にとっては迷惑なことだって沢山あるんだよ』)
もし、私の言葉が瞬を傷つけてしまったのなら、なんてお詫びをすればいいんだろう。こんなにも、みんなのことを一生懸命に考えてくれている大切な友だちの心を傷つけてしまったのなら、どうすればいいんだろう。
不安が最高潮に達し、今にも涙が溢れ出しそうに鳴ったとき瞬が大きな深呼吸を一つした。そして、姿勢を正すと、晴れやかな顔をこちらに向けた。
「ありがとうございました!最高の褒め言葉です!こんなに嬉しいことはありません!」
そう言って、深々と私に向かって頭をさげた。
(え!)
驚いた私はしばらく何も考えられずに、目の前の出来事をぼーっと眺めていた。
(って、違う!)
私は頭を下げたままの瞬に、慌てて声をかけた。
「瞬、頭を上げて!」
そう言うと、瞬は頭をさっと上げた。そして、先ほどと変わらない晴れやかな笑顔を私に向けた。まるで、瞬の瞳が本当にキラキラと光を放っているようにも見える。あまりに純粋な喜びの気持ちが、どうして私に向けられているのか分からなくて尋ねてみた。
「どうして?私、お礼を言ってもらうようなことなんて何もしてないよ」
すると、瞬は嬉しそうに笑った。
「ははは。だから、高山さんはすごいんです」
「???」
私が頭をかしげると、瞬は言葉を続けた。
「高山さんは当たり前のように、その人が一番欲しいと思う言葉と心を与えてくれます。僕にとって、先ほどの言葉は他のどんな言葉とも比べることができない、最高の褒め言葉でした。僕がもっとも欲しいと願っていた言葉を、高山さんは気負うことなく、素直な気持ちで僕に伝えてくれました。そのことが、嬉しくて仕方がなかったんです」
私は、自分の言葉を思い返してみた。けれど、そこまで瞬に喜んでもらえるような言葉だとは到底思えなかった。
(だって、瞬が頑張ってくれているのは本当のことだもの)
みんなことを考えて、いつも一生懸命にがんばっていくれているのは瞬なんだから。私は、そんな当たり前のことを伝えただけ。ただ、それだけ。なのに、瞬はこんなにも喜んでくれている。
(どうして?)
私のそういった戸惑いを察知したのか、瞬は語りだした。
「高山さんにとっては当たり前のことなのかもしれませんが、その当たり前のことに気づくことは難しいことなんです。先生方や両親が僕たちの為に心と力を尽くしてくださっていることは事実ですが、その行為のほとんどが目に見えない心遣いや支援です。それは、とても尊いことですが、多くの場合なかなか認めてもらえるものではないんです。心は眼には見えませんし、どうしても人は華やかな表舞台に目が行ってしまいます。きっと、それは仕方のないことかもしれません。さびしいことではありますが・・・」
そこまで言って、瞬は遠い目をして木漏れ日の射すほうへと目を向けた。
「僕も、それは仕方のないことだと諦めていました。由愛美小学校に来るまでは」
瞬の表情に影が落ちたような気がした。それは、ほんのちょっとした表情の変化だったのかもしれないけれど、確かにそう感じた。
(前の学校でのことを思い出してるんだ)
以前、瞬から聞いた話を思い起こしていると、瞬の視線がまたこちらへと向かった。
「でも、今は違います。尾田先生や、高山さん、後藤さん、それに知己に出会えたことで、それが間違いだと気がつきました。目には見えない人の心の動きを、ちょっとした表情の変化や振る舞いから感じ取ることができるように、表舞台で演じている人々を通して、それを支える人たちの努力を感じ取ることもできるのだと」
瞬の目がキラキラと輝きだした。
(本当に、嬉しそうだ)
そんな、瞬の姿を見ていると、なんだか私も嬉しくなってきた。
(瞬の話は、少し難しくて全部は分からないけれど、それでも瞬の気持ちは伝わったよ)
私は心の中で瞬に語りかけた。
「だから、ありがとうと言わせてください。以前にも言いましたが、僕は高山さんの言葉から何度も勇気をもらっています」
真っ直ぐな視線を向けてそう言ってくれた瞬の言葉に嘘はなかった。本当の、本気で私に対して感謝の気持ちを持ってくれている。そう、感じた。だから、私は伝えなくちゃいけないと思った。
「ありがとう、瞬。そんな風に私の言葉を受け取ってくれて。でもね、瞬。私は、やっぱり瞬の方がすごいと思う」
「そんなことありません」
「待って、瞬。最後まで聞いて」
「はい」
「私はね、瞬。私の何気ない一言をそんな風に受け止められる瞬の方が何倍もすごいと思う。私たちのことをいつも大切に思って、一生懸命考えて、力を貸してくれているのは瞬だよ。気づいた人よりも、実際に頑張っている人のほうが何倍も偉いと思う。だから、私にも言わせてね」
私は背筋を伸ばして瞬に向き直った。そして、感謝の思いを言葉に乗せて言葉を紡いだ。
「いつも、みんなを支えてくれてありがとう。心から感謝しています。ありがとう、瞬」
そうして、ゆっくりと頭を下げた。
一瞬の沈黙。
川の上を流れる涼やかな風が心地よかった。木々のざわめきが、遠く、近くに聞こえる。
心が平安に満たされていくような、そんな感じがした。私はゆっくりと頭を上げると、もう一度瞬を見た。瞬は固まってしまったように身動きせずにこちらを真っ直ぐに見つめていた。そんな瞬に、私は「くすっ」と笑って見せた。
「どうしたの、瞬?」
「え、あ・・・何でもありません。」
瞬はほんの少しだけ顔を背けてそう言った。
「ねえ、瞬」
「はい」
「ありがとうって言葉は、本当に気持ちがいいね。言っても、言われても心の奥が温かくなってくる気がするの。瞬もそう思わない?」
私が尋ねると、瞬は小さく頷いた。
(あれ?)
瞬の頬がほんの少し赤くなっているような気がした。
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもないです」
瞬はこちらを見ずに答えた。
「高山さん・・・」
「何?」
瞬は何度かためらった後、恐る恐る口を開いた。
「素敵・・・ですね・・・高山さんは・・・」
「ありがとう、瞬。でも、瞬は私の何倍も素敵だよ。」
素直な気持ちでそう答えると、瞬はあわてて私に背を向けた。
「話はそれだけです。では、そろそろ始めましょうか。『火の実』探しを」
「え、あ、うん」
瞬の切替の早さに戸惑いながら返事をした。
「さっき説明した通り、僕は向こう岸を探します。高山さんはこちら側をお願いします。よろしいですか?」
「うん。わかった」
「では、行ってきます!」
そう言うと、瞬は川の浅瀬の中に勢いよく飛び込んだ。水しぶきがきらきらと光りながらあたり一面に飛び散り、瞬の服もびしょ濡れになった。
「大丈夫?」
「はい、全く問題ありません!」
こちらを見ようともせず、瞬はそのまま大きな水しぶきをあげながら川の中を駆け抜けていった。
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