遠足(夏)(1)
今日は仕事が遅くて、更新がこんな時間になってしまいました。明日も、明後日も、これから数日はかなりやばい状態が続きそうですが、何とか頑張って更新は続けたいと思います。
朝食を終え世界樹の元を去った私たちは、昨晩入った温泉の脇を抜け目的地へと向かうことにした。
「何してるの?」
温泉近くの岩場に入ってから、時折地面に落ちている石を拾ってはポケットに詰め込んでいる瞬の姿が気になり尋ねてみた。
「いざというときに役立つかな、と思いまして」
そう言って小さな小指の先ほどの石を拾い上げてみせた。そして、それを両手で卵を包むように覆うと。
「どうぞ」
そう言って両手の間に隙間を作ってくれた。私がその隙間から奥を覗き込んでみると、真っ暗な手のひらの中にぼうっと光るものが見えた。
「分かりましたか?」
「これ、吸光石だったんだね」
私は足元に落ちている小石を拾い上げて同じようにしてみた。手のひらの中が淡い光で照らされるのが見えた。
「よく気がついたね」
私が素直に感心すると、瞬は照れ臭そうに鼻の上をかいた。
「昨晩、温泉に入ったとき、明かりもないのに周りが明るく光っていたでしょ。あれは恐らく、この温泉のあたりにある岩のほとんどが吸光石でできていたためで、そのおかげで夜でも、あんなに明るかったんだと思います。そして、その名前から察するに光を吸う石ですから、太陽の光を浴びた分だけ光を放つ性質を持っていると考えられたので、日陰になりにくいところに転がっている石を選んで拾っていたんです」
そう言って、ポケットをパンと叩いて見せた。
「リノンさん、僕の推測は正しかったでしょうか?」
リノンさんは返事をせず、笑顔でOKのサインを出した。
「さすが、瞬だね」
「いえ、それほどでも・・・」
そう言って照れながら俯く瞬を何だか可愛く思った。
それからしばらくして、思いついたように真友ちゃんが声をあげた。
「そういえば、瞬。さっきの石、ポケットの中に入れたままで大丈夫なの?だって、それって光を吸うんでしょ。それで、暗くなったら光るんだったら、ポケットの中に入れてたらだめなんじゃないの?」
そう尋ねた真友ちゃんに、瞬はニコリと笑みを浮かべながら答えた。
「だから、こうやってポケットの中にしまっているんです」
「どういうこと?」
「昨日の夜のことを覚えていますか?」
「???」
「寝る前にリノンさんが吸光石を集めた時のことです。その時、革袋の中に吸光石をまとめて入れたことを覚えていますか?」
「ああ、それ。うん、覚えてるよ。でも、それがどうしたの?スイッチがあるわけじゃないから、暗くするために袋の中に隠しただけじゃないの?」
「そうですね。それも理由の一つだったと思います。けど、僕はそれと同時に吸光石を一ヶ所に集めておくことが目的だったのじゃないかと思うんです」
得意げにそう言った瞬に、リノンさんは「やるねえ」と言って口笛を鳴らした。
(吸光石を一ヶ所に集めることが目的・・・あ、そうか!)
瞬の言おうとしていることが分かって、今更ながらに瞬の観察力に驚いた。
(瞬は、人の何倍も一つ一つの物事を考えているんだ)
それはきっと素晴らしいことなのだろうけど、それ以上につらいことなのかもしれない。ふと、そんなことを思った。
「うーん」
考え続けている真友ちゃんに、瞬はヒントを出した。
「吸光石同士が光で照らしあったらどうなると思いますか」
「照らしあったら・・・あー!分かった!」
真友ちゃんは大きな声をあげると、口を開こうとする瞬を左手で制止した。
「待って、私の考えを言うから。少し待ってよ、答えはまだ言っちゃだめだからね」
そう言って、少し考えた後、コホンと咳を一つして話し始めた。
「つまり、こういうことでしょ。吸光石を一つだけ入れておくと、暗闇の中で光を出し続けるけど、たくさん入れておくとお互いに光を出し合って、それで、光を吸いあって、光が長続きするってことでしょ。どう?合ってる?」
少し不安そうに聞いた真友ちゃんに、瞬はニコリと笑った。
「お見事です」
その言葉に、会心の笑みを浮かべた真友ちゃんは高々と右拳を天に向かって突き上げた。
「よっしゃー!どう、見てた、知己!」
「何をだよ」
「あたしの、名推理に決まってるじゃないの。そりゃあ、ちょっとくらい瞬にヒントはもらったけど。なかなか、だったと思わない」
「はい、はい。そうですね」
「何よ、その気のない返事は」
「別に、そんなことねえよ。ただ、そんなにはしゃぐほどのことかと思ってよ」
「なによ、聞き捨てならないわね」
真友ちゃんの晴れ晴れとした笑顔が、一転曇り空へと変わった。
「あたしは別にはしゃいでなんかいないわよ」
「いいや、はしゃいでたね。まるで、一年生が初めて足し算ができたときみたいなはしゃぎようだった」
(知己、どうかしたの?)
知己の返事に、何か違和感を感じた。言葉はいつもの知己のかる口みたいだったけど、少し違うような気がした。そう、なんていうのか変に刺々しい、いやな感じの言葉に聞こえた。当然、真友ちゃんにもそう聞えたのだと思う。眉間にしわを寄せた真友ちゃんが知己に詰め寄った。
「何よ。それって、あたしが一年生レベルだって言いたいわけ」
知己はわずらわしいものでも見るような態度で、手を振った。
「そういうつもりで言ったんじゃねえ。ああ、もういいだろ、こんなこと」
「どうでもよくないわよ!」
「じゃあ、お前の言う通りでいいよ。お前が、そう聞こえたんならそれで構わねえよ。それで、文句ないだろ。いいから先行くぞ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
二人の喧嘩がエスカレートし始めて、ふと知己の身体の異変に気がついた。
「知己、どうしたの?」
「何がだよ!」
知己はさも不機嫌そうに答えたけど、私は気にせず知己の額に手を当てた。手のひらを通して知己の額の熱が伝わってくる。
(すごい熱だ!)
明らかに、私の体温より高い。すぐさま、知己の手を握った。手のひらは熱く火照っているのに、身体はかすかに震えていた。
「知己、すごい熱だよ!」
「え?」
みんなが一斉に知己に視線を向けた。知己は目を反らすと「何でもねえよ」と答えると、さっさと先に進み始めた。私は慌てて追いかけた。
「知己、だめだよ。休んでなくちゃ」
「大丈夫だって。心配すんな」
「全然、大丈夫じゃないよ。熱はあるし、身体だって震えてたよ」
「これは、武者震いだ。その証拠に見てみろ」
そう言うと、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて見せた。
「な、大丈夫だろ」
たった、それだけのことなのに、息を切らしている知己の姿からは説得力のセの字も感じられなかった。そんな知己にリノンさんが声をかけた。
「おーい、知己。馬鹿は風邪をひかないんじゃなかったんじゃないのかい」
「うるせえ!俺は馬鹿じゃねえし、風邪もひかねえ!」
「おい、おい。先生に対して『うるせえ』はないんじゃないのかい?」
リノンさんの言葉に、知己はハッとして口を閉じた。
「いつものあんただったらそんなこと言いやしないだろ。つまり、あんたは今、冷静じゃない。そりゃそうだ、風邪をひいて熱があるんだからね」
「たとえ先生でも決め付けるのはやめてくれ。俺は、熱もないし、風邪もひいない」
そう言うと知己は、くるりと背を向けて一人で先に進み始めた。
「待ちなさい!!」
あたり一面に響き渡る大きな声だった。みんなが一斉に私のほうを向いた。
声の主は私だ。
知己の足がピタリと止まったのを確認すると、私はすぐさま駆け寄った。
「知己、無理をしないで一旦世界樹まで戻ろう」
知己は振り向きもせず「嫌だ」と言った。私は知己の右腕を掴んだ。
「離せよ」
「離さない」
「離せっていってるだろ」
「絶対に離さないし、行かせない!」
知己は思い切り右腕を引っ張り、私を引き離そうとした。私は負けじと掴んだ両手に力を込めた。
「いいかげんにしろよ!俺は大丈夫だって言ってるだろ!俺のことは、俺が一番良く分かってんだ!」
知己の言葉に、カチンときた。胸の奥がぐらぐら煮立ってきて、叫ばずにはいられなくなった。
「うるさい!!!」
声を限りに発した声は、知己の顔色を変えさせた。
「誰に向かって、そんな言葉を言ってるの!さっき、知己はなんて言ってた。私のことは俺が一番良く知ってるっていってたんじゃないの。知己が私のことを一番良く知ってるのなら、私だって知己のことを誰よりも良く知ってる!知己自身よりも、もっとよく知ってるわよ!だから・」
そこまで言って、大きく息を吸い込んだ。そして、力の限り声を絞り出した。
「つべこべ言わず、言うことを聞きなさい!!」
目を丸くしたまま呆然としている知己に、私は追い討ちをかけた。
「返事は!!」
「はい」
「じゃあ、ミズキと一緒に先に世界樹の所へ帰っておいてね」
「・・・」
「返事は?」
「・・・はい」
「男に二言は?」
「ありません!」
「よろしい。じゃあ、約束ね」
私が小指を差し出すと、知己も小指を差し出した。そして、お互いに指を絡めあった。
「指きりげんまん」
「嘘ついたら」
「針千本」
「のーます」
「指切った」
そうして、絡めた小指を離すと、知己は大きなため息をついた。そして、独り言のように呟いた。
「約束しちまったら仕方ねえな」
私は知己が納得したのを見て取ると、すぐさまミズキの元へ駆け寄った。
「ごめん、ミズキ。知己のこと、お願い。世界樹のところまで連れて行ってあげて」
ミズキはためらいがちに
「私でいいの?」
と言うと、知己と私の姿を交互に見た。
「うん。ミズキにお願いしたいの。女の子に、男の子を運んで欲しいなんて、失礼なことかもしれないけれど」
「ううん。そんなことは、別にいいの。私の翼が好きな人のために役に立つのなら、これほど嬉しいことはないもの」
「良かった。じゃあ、ミズキ、お願いね。ほら、知己もお願いしなさい」
知己は熱のために真っ赤にした顔を隠すように俯いたまま、頭を下げた。
「のぞちゃん、ちょっといい?」
遠慮がちな真友ちゃんの声が聞こえた。振り返ると、私のすぐ後ろで俯き加減にこちらを向いている真友ちゃんがいた。
「どうしたの?」
「あのね」
そう言って上目遣いに真友ちゃんが口を開いた。
「提案なんだけどね。その、昨日の晩御飯も、今日の朝ごはんもミズキが探してきてくれたでしょ。なんだか、ミズキに負担ばかりかけて悪いなって思って。だからね、その、あくまでも提案なんだけどね、知己を私がおぶっていってもいいかなって」
ちらりと知己のほうに視線を向けた真友ちゃんは、途端に頬を赤くした。私が言葉を返そうと口を開くと、真友ちゃんが畳み掛けるように言葉を続けた。
「あたしって、こう見えて力持ちなんだよ。知己くらいの体重だったら全然平気だから。それに、あたしは馬鹿じゃないけど身体は丈夫だから風邪がうつる心配もないし、それにね、それに」
顔を赤くして、一生懸命訴えてくる姿からは、真友ちゃんの気持ちが痛いほど伝わってきた。
(だけど・・・)
そう心で呟き、返事を返した。
「ごめんね、真友ちゃん。気持ちは嬉しいけど知己の状態を考えると、やっぱりミズキのほうがいいと思う」
私の言葉に、ありありと落ち込んだ様子を浮かべた真友ちゃんは、それでも何でもなかたっかのように努めて明るい声で、
「そっか。そうだよね。そりゃあ、ミズキは空が飛べるし、速いし、なんたって美人だもんね」
最後の『美人だもんね』は関係ないよって言いたかったけど、口には出さずにただ「ごめんね」とだけ伝えた。
「ううん。別に気にしてないよ。あくまでも提案だったんだから。ミズキにばっかりお願いして悪いかなって思っただけだから。本当に、それだけだから。うん。じゃあ、そういうことで」
そう言うと、肩を落としたままその場を去ろうといた。
「おい、待てよ」
知己の呼びかけに真友ちゃんの歩みが止まった。
「女の背中になんて、みっともなくて乗れるわけねえだろ、バーカ」
「なんですって!」
怒りをあらわにして振り返った真友ちゃんに、知己はそれでも平然として告げた。
「でも、サンキュな。お前のその気持ちだけで十分だ。嬉しかったぜ。ありがとな」
真友ちゃんの顔が湯気が出そうなくらい赤くなった。
「べ、べつに、あんたのためじゃないんだからね。勘違いしないでよ。あたしは、ミズキばっかり大変な思いをさせたら悪いなって思っただけ。それに・・・」
真友ちゃんは、そっぽを向いたまま言葉を続けた。
「それに、感謝してるんだったら、バカなんて言わないでよね!」
「悪い。けど、お前だとつい口が滑っちまうんだよな。何でだろうな?」
平然とそう答えた知己の言葉が、真友ちゃんの顔を更に赤くした。
「し、知らないわよ、そんなこと!」
そう言って真友ちゃんは、もう一度くるりと背を向けた。
「もう、いいから。早く行きなさいよ。体、辛いんでしょ」
真由ちゃんの言葉に、知己は力なく笑って、背中越しに右手を振った。
「じゃあ、先に帰っとくわ」
「うん」
私が返事をすると、知己はミズキのほうへと歩み寄った。
「ミズキ、悪いけど頼む」
「はい!喜んで!」
ミズキは知己に駆け寄り、知己の身体を支えるように肩を貸した。
「ミズキ、無理を言うけど、知己のことをお願い。」
私がそう告げると、ミズキは真剣なまなざしで力強くうなずくと、肩にかけた腕を外し、知己の正面へと立った。
「知己さん。私の首に両手を回していただけますか?」
「こうか?」
そう言って知己がミズキの首元に両手を回すと、ミズキも知己の背中に両手を回した。ちょうど、恋人同士が抱き合っているような姿になった。
(うわっ!)
我ながら不謹慎かもしれないけれど、二人の姿に胸が高鳴るのを感じた。と、同時にこんな姿を真友ちゃんには見せられないと思った。
(大丈夫かな?)
そっと、目を向けると真友ちゃんは俯いて地面を見つめたままじっとしていた。私は、さりげなく真友ちゃんの傍に歩み寄った。
「大丈夫?」
私の問いかけに、真友ちゃんは俯いたまま、握りしめた両手をふるふると震わしながら小さくうなずいた。
「じゃあ、行きますよ、知己さん」
「ああ」
緑色の二枚の翼が大きく広げられると、バサリと音を立てて地面に向かって力強く羽ばたき始めた。一度目の羽ばたきで二人の体は私の身長の二倍くらいのところまで飛び上がり、二度目の羽ばたきであっという間に電柱よりも高く舞い上がった。
「知己のこと、お願いね!気をつけて!」
私が声をかけると「分かりました!」と返事を返し、ミズキたちは世界樹の方へとあっという間に飛び去って行った。
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