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「ワタシはモンスターだ(6)」

 ホテル・セイコード。開業から70年を経たこのホテルはこのカースエイドの街と成長を共にしてきた老舗しにせである。とはいえ増改築は何度も行われており、開業時の面影おもかげはVIPフロントと呼ばれる、一見いちげん様お断りのとうでのみうかがえる。


 このホテルに入った男女4名。その際、アルフィースの「誰かが付かないと納得できない!」という無茶な我がままと「私はアルフィースちゃんと一緒がいい!」というフィナンシアの発言により。部屋は少女と看護師(?)、それと少年と医師(?)に分かれることとなった。


 ここの宿泊料金はそれなりなのだが……今の少女達には金があるから普通は大丈夫であろう。このままなら昨日のようなことにはなるまい。


 問題は少女が“約束”を適切に理解し、守れるかどうかということであるが……。


「ほら、みてみて! このイチゴメロンパフェドリームってすごく美味しそうだと思わない?」


「・・・そうかな? ちょっと量的にも重そうな感じだけど……じゃ、これも1つ頼もうかしら」


 セイコードの客室にはパンフレットが配布されており、そこにはホテルの象徴でもある“菓子スイーツ”のリストが図解入りで表記されている。


「ええと、それじゃこれにも〇を付けて……わぁ、〇がたくさんになったわね!」


「どれどれ? う~~ん。もう、この際だからいっそ全てに〇を付けてしまいなさいな」


「わぁ、本気!? スゴイな、私はお小遣いの範囲だととても無理よ?」


「お金の心配なんて人の心をせまくするだけだわ。……ま、利口りこうな私はそれでも節約を考えて……1つだけ。そのイチゴメロンパフェドリームだけは頼まないでおこうかしら。だって、格別に量が多そうだしね」


「それでも食べるの大変そう! そうだ、私が手伝ってあげるわね!」


「ふんっ、かまわないけど……どうせ余ったら残せばいいじゃない? 食事は楽しむものよ。好きな味を堪能たんのうして、無理に頑張る必要などありませんわ」


「ほぇぇ……アルフィースちゃんは色々考えてて、しっかり者なのね!」


「よしてよ。このくらい常識だから、常識。――それに、私のことはアルとでも呼んで頂戴ちょうだい、フィナンシア?」


「あーっ! だったら、私はフェイって呼んでよぉ! アルちゃんばっかり愛称なのはズルでしょぅ?」


「ふっ、それもそうね……それではフェイ、ボーイを呼びなさいな」


「やったー!! よーしっ、食べるぞォォォ!!!」


 さぞかし、購入のチェック表を見たホテルのボーイは驚くことであろう。「ぜ、ぜぜぜ全部ですか!?」と目を丸くしたに違いない。


 しかしそれは間違いであり、「いいえ1つだけチェックが無いから。間違えないで?」と冷静にしているアルフィースとは対照的な態度となる。


 少女でありながら大人買おとながいとは恐れ入るが……最もきょう々としているのは財布代わりの布袋であろう。果たしてその中身はいつまでもつのであろうか。


 緊急でテーブルまで運び込まれた。次々とスイーツが追加されていく豪快な女性部屋に比べて……隣の男性部屋はなんとも質素なものだ。しかもやけに静まり返っている。


「…………。」


「…………。」


 そもそも、ルイドという男は物静かな人である。「必要だ」と判断しなければ発言を行わず、「必要か否か」とはっきりしない時には“待ち”に準ずる受動的な判断を好む。


「…………。」


「…………。」


 そしてパウロも、社交的に気を使って場の空気をなごませる……などということは考えない男だ。気になることがあれば本能的に発言を行うだけなので、場に動きが無ければ話さない。


「…………。」


「…………。」


 ……カースエイドの話をしよう。この街はそもそもが“カーストン”という町の跡地に築かれたものである。カーストンはかつてにもそれなりの人口をもつ町であったのだが……現在の帝域と聖圏が形成される発端となった『両断戦争』によって悲劇的な最期をげた。それはあまりにとばっちりかつ不幸な出来事であったので、未だに両陣営から“カーストンの涙”としてとむらわれている。


「…………。」


「…………。」


 灰と化した悲劇のあとに……やがて戦火を逃れた人々が流入した。一説には、カーストンの名がある家の長子ちょうしが町の再興を願って奮起した結果ともされている。ともかく、そこにはやがて新たな街が形成され、2度とそれが灰となって消え去らないように――“灰色の防壁”――一般には『灰の残環』と呼ばれるラドセアコンクリートの壁がそびえることになった。これは名前にあるように、過去のカーストンが残した灰を材料として造られた“決意のぼうへき”である。


「…………。」


「…………。」


 あとは……そう、時計塔。カースエイドには時計塔があるのだが、これにも過去にちなんだ逸話いつわがある。過去にあったカーストンの町には「時告ときつげ役」と呼ばれる役職が存在しており、それは町の高台で時刻や町の異常などをしらせるものであった。時告げ役は名誉ある職であり、カーストン以外でもまだ時計が普及していない時代にはこの周辺で見られたものだ。


「…………。」


「…………。」


 では、現在の時計塔は時告げ役の代わりであるのかというと……若干異なる。時計塔は確かに役割として時告げ役に近いことを行っているのだが、より厳密にいえばこの各家庭に時計が普及し、帝域でも腕時計が上流階級に渡り始めた時勢。時告げ役の役割を代わりにになう必要は過去ほど重要ではない。


「…………。」


「…………。」


 カースエイドに鐘を鳴らす時計塔の存在――それは“カーストンの涙”が落ちた日。その日その時、高台の上で役割に当たっていた“ある女性”にまつわるものだ。その女性は名誉ある時告げ役として気高けだかかった。


 彼女は赤く染まりゆく町の最も逃げ場のない場所に立ち、最後の最期の時まで、その身を焼かれながらも人々のために鐘を鳴らし続――――


「…………パウロくん、君は何かを悩んでいるな。答えることが難しければ“解らない”と答えてくれてもいい……」


 ルイドが口を開いた。開いたと言っても口元は相変わらず見えない。落ち着けるホテルの居室に入って椅子に腰かけているというのに……彼は変わらず白衣のえりを立てている。


「オラは……オラは、悩んでんだかよっくわがんね。ただ、なしてかなぁ……すっげ自分が情けねんだわ」


「……情けない、か。それは負けてしまったからなのか?」


「お、オラは負けて…………んだな、負けたんだ。それも、今日だけで3度だべ」


「そうか……それは事実上、“護れなかった”ことになるのだな」


「――――そうなるべ。オラってやつは3度負けて……3度、助けられた」


「…………3度か。それはさぞ、くやしかろうな……」


「んだ。オラは……オラってやつは……ほんに、こんなんらとは思わんかったわ!!」


 パウロは拳を固めてベッドを叩いた。あぐらをかいて座るベッドが衝撃で揺れ、わずかに少年の身体が浮き上がる。


「へへ、笑っちまうわな。助けるはずが……助けられてんだっけよ。これが情けなくって、情けなくって…………そら悔しいってなるわ!! ちっくしょう……オラはなんもでぎねぇ男だべや……!!」


 ルイドは……その表情は窺えないが、しかし膝の上で組まれた手には少し力がこもっているらしい。


「オラはほんッッッと、口ばっかだわ!! なにさ、山奥さ住んでてクマとかオオカミさ負かして、“オラってツエー”なんて満足してたんだわな? バカらしか!!」


「…………責めるな。君はまだ若い……」


「責めるっぺよ、こんなもん!? こんなもんをよぉ、こんなもんを信頼して、力を借すてと願ってくれたあん子に……アルフィースつぁんが不憫ふびんさなってくるだよ!!!」


「……少年よ、敗北がどうした? 君の想いはその程度で揺らぐのか?」


「んなわけねぇべや!! オラさ、こんな無様ぶざまでもアルフィースつぁんさ護ってあげてぇ! ……んでも、それができねぇんだわ。こんな、こんなまさか……まさかオラがこんな弱っちぃヤツだったなんて……!!」


「…………まだ未熟みじゅくな少年よ、ワタシを見るがいい……」


「らっけ、オラなんかじゃなぐってよ。もっとつえぇ人さアルフィースつぁんに相応し――――ぃ。」


「パウロよ。どれほど強い人間でも、負ける時はある……大事なことは“負けの後”、だ……」


「おめさ……ルイド? そん顔……あんた口とあごんとこ、なして……それってなんなん??」


 白衣のえりが開かれている。折り曲げられた襟によって、ルイド=カチースキーの表情はあらわとなった。しかし、やはりそこから目元以外に彼の感情を探ることは難しい。


 彼の口元は下顎から無機質な金属でおぎなわれており、到底複雑な感情表現など出来るものではない。おそらく上顎を含む頭部のほとんども普通ではないのだろう。


「ワタシは過去に大きな……敗北をきっした。ワタシはそこで、“全てを失った”……」


「負け、て……全てを…………失った??」


 そう、ルイドの金属質な顎では感情など表現できるはずがないのである。だが、瞳以外にも露骨となった彼の表情から……それまでとは比べ物にならないほど“悲しい”という感情を少年は感じ取っている。


「パウロ……人は敗北するものだ。例えどれほど正当で優れていようが……常にそれぞれが敗北を積み重ねて生きている。他人からは解らないことも多いがな……」


「ルイド、あんたぁ。なしてそげなつらそうな顔を……」


「辛そう、か。そう見えるか……不思議なものだな。このような顔面がんめんになっても、感情を隠すことは難しいものなのか……すまない、気を遣わせるつもりなどなかった」


 冷たい顎をさすって、事実に対して興味深そうにルイドはつぶやいた。くなき探求心をもってしても、みずからの心を片鱗へんりんだけにもかいすることは難しい。


「……パウロ、1つだけ断言しておく。結果はともかくとして……“君は強い”。少なくとも肉体的に考えてこれは間違いのないことだ……」


「へぇ??? お、オラが強い?? フッフフ、なぁ~~にを言ってんだ。こんな現在3連敗中の男に向かって……気休めはやめちくり」


「いや、気休めなどではなく精確な測定結果だ。まず筋繊維の密度が常人のそれではない。骨の強度も通常のはかりでは困惑せしめる数値を確認できた。そしてその再生力……クマに負わされた傷がもう、ほぼふさがっているのは普通ではない」


「よせや……よしてくんろ!! あんまなぐさめられっても、みじめさ増して情けねぇだけだっけよ……もうそぉっとしておいちくり!!」


「ワタシは診断に関して嘘をかない主義だ。例え悪報であっても、当人の為に必要と判断すれば伝える。……君がどれほど自分の弱さを証明したがっても、実証された数値を改竄かいざんすることはかなわない。もぐりだが……医者の診断だ。素人の自己診断よりは正確であると自負している」


「んでも……んでもオラは実際に負けて……」


「相手が強かった可能性を考慮こうりょすべきであろう。また、強さとは様々な観点から総合して導き出される指標であり、単純な身体的数値差が知識や技術によってくつがえることも往々としてある。……君は“何か解らないけど負けた”という気分になってはいないか? だとすれば、そういったことも自己評価への判断材料として取り込むべきであろう……どうだ、違うか?」


「なんかわがんねけど負けたって、そりゃ…………そういうのもあったかな」


 確かにパウロは思い当たるふしがある。なんか気が付いたら倒れていたパターンを少なくとも2度は経験している。そうした事実から、少年はルイドの言葉に真実味を感じ始めた。


 だが、まぁそうは言っても……。


「・・・んなこと言われっちぇも。らってオラは実際、負けに負けて……負けっぱなしだわな?」


「ああ、負けるだろう。それは君が“身体の使い方を解っていない”からだ。例えばどれほど優れた切れ味を持つ剣を所持していても、使い方が解らずつかで殴っていては真価を発揮できないことと同じだ。それでその剣をなまくらだと評価するのは間違いであろう」


「ん、身体の……使い方?? んでも、オラこうやって生きて――」


「人の身体は便利な道具の宝庫だ。マルチツールのナイフみたいなもので、各能力に適切な使用方法が存在している。君は走ったり跳んだりは見事にこなせるが……現在気にしている敗北は駆けっこの競争によるものではないだろう。“闘い”によってもたらされたものだ……」


「するってぇと、そりぇはつまり…………オラは“闘いがヘタ”ってことだか???」


「うむ……ワタシは君とじかに戦ってそのことを確信した。間違いなく、ヘタだと言える。強いとか弱い以前の問題だとも言えるが……ヘタであることを“弱い”とするなら……まぁ、それはそうなるかもな」


 パウロは口を半開きにして意外そうな表情をしている。そして言葉を発することができず、困惑のままに実直じっちょくな医者を見ていた。


 ドクター・ルイドは黙ってうなずき、ボタンをめて再びえりを立てた。


「パウロ……この顎はワタシなりのいましめの意味もある。結局、今でも敗北のことを気にしているのだから君にとやかく言えたことでもないが……。過去に同じように敗北を背負ったものとして……また、同じく“護る人”がある身として……差し出がましくも忠告を実行した。悪く思わないでくれ」


 ルイドは立ち上がって部屋に置かれたパンフレットをめくった。それはスイーツのものとは異なり、夕食ディナー用の居室メニューが表記されたものである。


「“君は”食事をするだろう? ここでも食べられるが……レストランもあるようだ。どうするね?」


 改めて襟で口を覆ってしまったルイド。しかし、その表情と振る舞いから……現在のパウロは微塵みじんうたがいを抱いてはいない。


「む…………どうかしたかね。君の瞳孔どうこうが広がっているし、虹彩こうさいの色調も心なしがあざやかであるのだが……?」


 率直に言って、“尊敬そんけい”の眼差まなざしがそこにあった。


「る、る……ルイドォォォォォ!!!」


「――――!?」


 いきなりつかみかかってくる大柄な男。白衣のルイドは思わず身を引いたが……まるで攻撃の気配がないまったくの不意打ちに回避動作が行えなかった。


 そのため現在。ホテル・セイコードの一室では半裸の大男が白衣の男を壁際に押し付けるという事象が生じている。ルイドの人間離れした腕力をもってしても押し負けるその圧力。


「……どうしたのかね? 心拍、血圧共に上昇傾向だ……やはり、過度な診断によって心を乱してしまったか??」


「ルイドォォォォ!!! オラさ、オラさ――――強くなりてぇぇぇんだ!!!」


「うむ、それはそうだろう。何せ3連敗中なのだからな……」


「だっけして、ルイドォォォォォオ!!! 頼むぅぅぅう!! オラの、オラに――」



「(ガチャっ!) あーっ、開いてるぅ。もう、センセイったら無用心なんだから! それより――ねぇねぇ、センセイ聞いて♪ ここにあるレストラン、が――――」



「オラにっ……“いろいろ”教えてくんろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 確かに無用心ではあった。というより、扉を半開きでゴソゴソ話していた2人がおかしい。


 ルイド・カチースキーという男は一見してしっかりしているようだが……どこか意識がかたよる傾向もあるらしい。今は少年のことばかりを考えていて意識散漫だったようである。


 ホテルのセキュリティを嘲笑あざわらうかのような無用心。それによってもたらされた結果は、『男2人が壁際で求め求められている光景を2人の女性がそれぞれの感情をもって眺める』という状況である。


「わっ、すっごく打ち解けてるぅ~~! よかったぁ、センセイ達も仲良しになれて♪」


「・・・・・。」


 フィナンシアはともかく。その背中に隠れて様子をうかがう、警戒した少女の侮蔑ぶべつした視線が白衣に突き刺さる。


 ルイドは状況を察して少年をいさめようとする。しかし、泣きながら懇願こんがんする少年はどうにも力強い。現在、彼らは技と技ではなく力と力の戦いを行っていた。この状況においての優位はパウロにある。


 ホテルの一室で男2人がくんずほずれつにからみ合う光景……。その有様は少女にとってあまりに触れがたいオーラを放つものであった。


 これ以上ないほどに距離を置いた心で、少女はつぶやく。


「・・・不潔だわ。本当、信じ難いほどに――――――」






第19話 「ワタシはモンスターだ(6)」END







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