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「ワタシはモンスターだ(7)」






 深い霧(きり)が覆(おお)うカースエイドの早朝6時。濃霧(のうむ)に歪(ゆが)んだ鐘の音が響き渡る。


 旅行者はこう思うことがあるだろう「こんな早い時間にうるさいじゃないか!」と。朝の6時にそれはごもっともだが……思うだけに留(とど)めておいたほうが賢明(けんめい)だ。口に出してしまったら、それを聞いたカースエイドの民に「イやな人」という印象を与えてしまうだろう。


 時計台から響く鐘の調(しら)べはカースエイドの民にとって“誇り”だ。偉大なる先人への尊敬とも言える。


 ちょっとだけ大げさな目覚ましだと考えて、「これを機会に生活習慣を見直してみようか」……そんなくらいに前向きとするのが懸命である。



“ ブルヒヒィ~~ン!! ”



 朝霧の停滞(ていたい)する街路(がいろ)。石畳(いしだたみ)のガタガタ道を叩く蹄鉄(ていてつ)の音。いななく馬の荒々しい呼吸が霧を裂いて行く。


 時折弾むようにして急ぐ馬車。窓には鉄柵が施(ほどこ)され、さながら“動く牢屋”の様相がそこにある。動く牢屋を引きずる軍馬も鎧(よろい)を纏(まと)っており、これも物々しい。運ぶモノは何か、きっと重要なモノに違いない。


 その馬車を囲うように軍馬の1隊が駆けていく。カースエイドの憲兵(けんぺい)が纏(まと)う紫の外套(マント)が馬上にて翻(ひるがえ)った。


 軍馬の1頭が群れから離れ、古ぼけた木造の酒屋前で止まる。先を行った堅牢(けんろう)な馬車と軍馬の群れを見送りながら、紫の外套を纏った男が1人……酒屋の扉を開いた。


「――失礼する、誰かいないか? 先日の件(けん)について話を伺(うかが)いたい……」


 酒場に入った男――壮年の憲兵は帽子をとるわけでもなく、外套を脱ぐわけでもなく。ただ入口に立って暗がりの店内を見渡した。どうやら彼は客ではないらしい……まぁ、それもそうだろう、何せここは開店前だ。


 夜は酒の香りに賑(にぎ)わう店内も早朝の時刻ではすっかりしずかなもの。だが、そもそもこの店はここ数日、ある集団に貸切られていて夜にもいつもの賑わいはない。


 静まり返った店内だが……そこに、微かな音がある。それは何かが擦(こす)れるような音だ。


 擦り合わされているのは紙の束(たば)……札(カード)と札(カード)である。


「こんな早朝に酒場に駆けこむとは……いやはや、さすが永遠の中立を謳(うた)われるカースエイド。憲兵様すら平和を謳歌(おうか)しておられるらしいな」


 札を重ねてまとめ、入れ替え、混ぜる……そういった動作を手元で繰り返す“男”。


 窓際の席に座る男の頭髪はボサボサとまとまりなく、黒い外套(まんと)の肩には白い粉が散らばっている。その装(よそお)いからは率直に言って、“不潔(ふけつ)”な印象を受けるだろう。


 不潔な男は札を眺めては裏返して、重ねて混ぜてと……手元だけ落ち着かない。それは手癖なのであろう。ぼんやりと窓の外を眺めながらでも滑(なめ)らかな動作で札を弄(いじく)っている。


 そうして注意が散漫(さんまん)な様子の男。不潔で落ち着きがない存在に気が付いた憲兵がカツカツと軍靴の底を鳴らして歩み寄る。そして険(けわ)しい表情で窓際の席に座る男を見下ろした。


「今、なんと申(もう)されましたかな? まさかこのカースエイドの憲兵に向かって“平和に呆けている”だなどと言われませんよね?」


 険しい表情で睨(にら)むように見下ろしている憲兵。そうした態度を真横にしながら、不潔な男は手元の落ち着きなさを変わらずに、視線も窓の外に向けたまま応える。


「まっさか~? この街が誇る平穏と秩序、その象徴たるあなた方をかように言い表しましょうか? 単に平和を羨(うらや)んだ言葉をそのように受け取るなら……何か思い当たることでもあるのでしょう。それはそちらの問題ではないですかね……フフッフ」


 ボサボサ頭が揺らいでいる。窓の外を眺めたまま、不潔な男は笑っているらしい。癖(くせ)毛の前髪から覗(のぞ)く目元が「ニヤリ」と歪(ゆが)んだ。


 そのような態度を受けて、憲兵の男は「ダンッ!」とテーブルに強く拳を落とす。そして覗き込むように身を屈(かが)めた。


「あなたは我々を愚弄(ぐろう)するつもりか!? そちら……帝域の立場ある者として、自分の振る舞いに責が無いとでもお思いですか!?」


「えぇ、責任……? そうですねぇ……だからこうして、責任をもって“回収”したんじゃぁないですか。こちらはこちらの責務を、そちらはそちらの責務を……何か問題でもありますかね??」


 息がかかるほどに身を屈めて顔を近づけてきた憲兵。そうまでされても不潔な男はまるで動じることなく、今は手元の札の束を見つめている。


 そしてその中から1枚を抜き出すと、窓にかざすようにして眺め始めた。


 まるで見向きもされない。そうした状況と返答を受けて、憲兵は腰に下げたサーベルの柄(つか)に手を置く。その気配を察してか、不潔な男は「アハハ」と声を出して笑った。


「そんなモノを振り回すためにここに来たのですか? とんだ秩序があったものだ……まぁよろしい、やってみなさい。国への忠誠を誓(ちか)う故(ゆえ)の激情は嫌いじゃぁないですよ……」


 特に構えることもない。不潔な男は変わらずな様子で札の1枚を抜き取り、それをテーブルの上に置いた。


 あまりにも無防備な横顔。まるで殺気立つこともない不潔な男を見て……憲兵は拍子抜けしたのか、それとも“不気味だ”と感じたのか。


 前かがみになっていた身体を起こすと不潔な男に背を向けた。


「……件(くだん)の男達はこちらで確保している。ただ、物(ブツ)の方はあなたが回収した、そういう認識でよろしいか?」


「よろしいですよ。元々どちらも帝域(われわれ)の責任にあるモノだ。例の兄弟に関してはまぁ、好きに裁(さば)いてもらって良いですがね。アレはちょっと……デリケートな代物(しろもの)でして。あなた方にはまだ早いと思いますよ?」


「……“ジギー特佐”。そうして他を見下(みさ)げていると、いつか痛い目をみますよ。戦の悲しみを知らず、生業(なりわい)として生きるあなたなど……いずれ、きっと致命的な傷を負うことでしょう。これは癒(い)えない傷を持つ者達からの忠告です」


 背を向けたまま、横目で窓に映る人へと語りかける憲兵。


 その言葉を受けた男は――窓に映る男の表情が一瞬だけ真顔となる。


「癒えない傷を持つ、“者達”……ね。フフッフフ……さて、あなたには本当に傷はあるのですかね? それに……ええ、僕は戦いの悲しみなど知りませんとも。ですがね――」


 そして、「ニヤリ」と大きく歪む口元……。


「“致命的な傷”というものならすでに受けている。だが、それを癒すつもりもありませんよ。日々、傷を撫(な)でて痛みを忘れないように覚(おぼ)えながら……だから僕は戦うのです。古傷(ふるきず)の感傷(かんしょう)に浸(ひた)っていられる程度ならば、それこそ羨(うらや)ましい限りですね」


 窓に映る男の笑顔。その背後に無数の眼光が光ったかのような気がして……憲兵は身震いと怖気(おぞけ)を覚えた。


「失礼する!」と、足早に駆けて酒屋を出ていく憲兵。窓の外を走るその姿を……別に見てはいない。


 不潔な男は視線を手元に戻すと、テーブルに置いた札の1枚を手に取った。そこから零(こぼ)れ聞こえてくる呻(うめ)き声。


 不潔な男は「シーっ」と、指を立てて札に沈黙を命じた。


 古びた酒屋。早朝で客も店主すらも存在しない店内。

 その窓際の席に座る男はぼんやりと窓の外を眺めながら手元にある札の束を弄っている。


 傍らには、壁に立て掛けられた機械的な杖が置いてある――――。




|オレらはモンスター!!|




 すっきりと晴れ渡った空、射し込む陽光(ようこう)。朝霧(あさぎり)の余韻(よいん)めいた湿気がカースエイドの建物群をキラキラと装飾(そうしょく)している。


「……ということだ。ワタシ達は街の外で丸太を求めてくる。君達は君達で自由にしていてくれたまえ……」


 ホテル・セイコードのレストラン。“ブギーミル”には朝食を求める客が何人か存在し、その誰もが「静かな朝」を求めてくつろいでいた。


 トーストの香ばしい香りが漂う中、新聞を読む人もあれば流行りのブロックスというパズルに興(きょう)じる婦人もある。


 そんな中で明らかに浮いているのは“白衣の襟(えり)を立てて口元を隠した怪しい男”と、“ポロシャツをもらったのはいいがボタンがとまらず、胸筋と腹筋を惜しげもなく晒(さら)した大柄な少年”であろう。


 静かな朝……というのは何も音に限らない。静かとは心の平穏を意味し、つまりは五感に安らぎある朝こそがこのホテルを利用する客層が求めるものだ。ならば、異様な異分子共は見た目から気になって仕方がないので、邪魔以外の何者でもない。


 そんなレストランの圧力ある空気も4人の男女には通用しない。その内2人の女性はともかくとして、男性2人のまったく平然とした有様といったら……一言「せめてネクタイを……」と声を掛けようにも、オーナーも怯(おび)えているらしく、隠れてしまっている。


「え、丸太を?? でもセンセイ、それだったら街で買えませんか……アァっ!? ねね、そうだわセンセイ。一緒にお買い物しましょうよぉ!!」


「いや、フェイくん。丸太を得ることが目的ではないのだ。彼に説明を行う上で丸太と周囲が気にならない環境が必要なのだよ。買い物ならアルフィースと行きなさい」


「ふぇぇ? なんでしょう……でもセンセイが言うならば! 私達だけでお買い物、頑張りましょうね、アルちゃん♪」


「・・・ま、いいですわよ。しかしこの程度の街で何があるか、期待はしませんけどね」


「おー、丸太かぁ。オラさルイドが何すんのか解(わが)んねけど、強くなりてぇから……どうかよろすく頼んますでな?」


 どうやら彼らはこれからこの場を去るらしい。とりあえず、客とオーナーは一安心である。


 宣言通りにドクター・ルイドとパウロ少年は街の裏門から森へと向かった。残されたフィナンシアとアルフィースは浮足(うきあし)立って街へと繰り出していく。


 ちなみに。アルフィースの衣類は血濡(ちぬ)れてしまったのでホテルのクリーニングに預(あず)けてある。よって現在、アルフィースは借り物の看護服と家政婦服の中間のようなものを着ている。若干(じゃっかん)にブカブカだが……まぁ、それほど違和感があるものではない。


『フェイくん。もし、何かあったら忘れずに使いたまえよ』


『アルフィースつぁん。オラは、オラは強くなるっけ……きっと待っててくろよ!!』


 そう言い残して森へと消えて行った男性2人。どちらも一見して何を言っているのか解らないが、大丈夫。女性達もいまいち解っていない。


 ともかく男達は森へと入った。しばらく森の中を進むと、「ここらでいいか」とルイドが立ち止まる。


 ルイドは担(かつ)いでいる重厚な金属鞄から“斧”を取り出した。そんなものも入っているとはこれまた随分(ずいぶん)と便利な鞄(かばん)である。


 斧の刃には複雑な文様が彫(ほ)り込まれているが……一見してただの溝(みぞ)や傷にも見える。


「では、パウロ。さっそく丸太を用意するため――」


“ズズゥゥッゥ~~~~ン……”


「こんなもんでいいっぺ? んでもなにすっかしんねけど……やっぱもちっと太い方がえがったか?」


 少年は無断で行ってはいない。「これを倒すっけな?」と一声掛けたのだが、斧を取り出すことに意識が向いていたルイドは気が付かなかったのだ。


 “薙(な)ぎ倒された樹木”は確かにそれほど立派ではない。だが、それでも素手で容易(たやす)く倒せるものではないだろう。ルイドは改(あらた)めて自分の測定は正しいのだと確認した。


「そうだ! もう1本くれぇあっちのやつでも……」


「いや、待ちたまえ。これ1本でいい……これを使うことはあくまで導入なのだからな」


 危うく伐採(ばっさい)マシーンと化しそうな少年を制しながら、ルイドは丸太に斧を振り下ろし始めた。


 ルイドもルイドでかなりのものである。手なれない様子ながらも、彼が振り下ろす斧は力任せに木の幹(みき)を切断し、いくつかに小分けた状態を作りだした。


「おー、見慣れたもんがゴロゴロと……」


「……では、パウロ。これを割って薪(まき)にしてほしい」


「おっ、薪にだか。いいけんど……なしてだ?」


「……君はやっとこ村にて薪割りをしていたと発言したな。ならば、これは得意なのではないか? 是非(ぜひ)、その辣腕(らつわん)を見せてほしい」


 ルイドは転がっている小分けの丸太を指差した。これにパウロは「おっしゃ、任しとき!」と舌を出して腕をグルグルと回してみせる。


 実際、少年にとっては“薪割り”はこの世で最も自信がある作業だ。得意を見せられると気合が入ったのだろう。


“すこ~~~~んッ、すこ~~~~~んッ”


 森に木霊(こだま)する薪割りの音。すっきり爽快(そうかい)な、淀(よど)みない切れ味を感じさせる音が一定のリズムに繰り返される。


「ヤハ~~~っ! なんだかひっさしぶりな気がすっぺなぁ!? 確かおとついが最後だった気がすっけど……ほっとんど毎日さやってたっけなぁ~~~!」


 嬉(き)々としている。少年の表情は晴れ渡り、全身の筋肉が慣(な)れた動作を満喫(まんきつ)している。力の全てを出し切るわけでもなく、台座の丸太や大地まで裂(さ)くことなく。丁度(ちょうど)な力加減を上手に繰り返していた。正(まさ)しく、手慣れた技前(わざまえ)であるといえるだろう。


 その様子をじっくりと観察しているルイド。目元だけ晒(さら)された表情で真剣に少年の筋骨が稼働する流れを見定めていた。


“すっこ~~~~~~~~ん!”


「――アヒャァ~~~っ、終わった、終わった! ……んでもやっぱ物足りねっぺ。それに、こんだけじゃぁ大した交換もできねっけよぉ。やっぱもぉ1本か5本――」


「いや、それでいい、十分だ。それで……どうだ、パウロ。気分がいいだろう?」


「そりゃそうだっぺ! やっぱ薪割りさオラの職だっけ、手慣れてんろ? したらやっぱ得意さなって、気分も晴れるべな!」


 満面の笑みである。力加減を調節したり、こだわりの切り口があったりと気を使っているはずなのだが……作業を終えたパウロは晴れ晴れとした表情である。


「そうか。では今度はそこの木を……いや、この石にしよう……」


「――んおぉ???」


 ルイドはなにやら地面を漁(あさ)り始めた。彼はそこらに落ちていた拳3つ分程度の石を拾うと、それを丸太の台座に置き、そしてこう提案する。


「……パウロ、次はこれを拳で割ってみてほしい」


 何を言っているのか? 無茶な要求だと普通は考えるだろう、何せ石なのだから。それもそれほど硬くない丸太の台座に乗せて……。


「?? そんなん頼まれんの初めてだけんど……いいべ、やってみっか!」


 しかし、ドクター・ルイドは理解していた。彼の見立てによれば少年がこの石を砕くことは容易(たやす)く、その拳が痛むこともない……と、測定値を元に算出できていた。


“――バキィッ!!!”


 痛々しい音が響いた。しかし、パウロは平然としている。痛々しい有様なのはセットされていた石と台座であり、石は割れて台座は真っ二つの有様だ。


 ごくごく、自然に繰り出された“拳の一撃”。加減は考えずとも対象は固定されており、普通に殴って普通に割った……ただそれだけのことであった。パウロの表情もまた普通であり「なしてこんなん?」と呆(ほう)けてすらいる。


「その割合でこの破壊力か……やはり、悪いが“ヘタだ”と言わざるを得ないだろう……」


「あ、あり? オラ、なんか失敗しちまっただか??」


「いや、気にするな。次は……そうだな、“人間を”殴ってもらおうか?」


「――――えっ!! な、なにを……!?」


 ルイドが立つ。少年の拳が一歩踏み込めば程よく届く距離に立ち、無防備に両腕をだらりと下げて立っている。


 ルイドは軽く自分の胸を叩くと「撃って来い」と少年に拳の催促(さいそく)を行った。


 しかし、そのようなことを言われたって……少年は戸惑(とまど)う。


「な、なしてそんな……お、オラはそっただなこと、とてもでねぇけど――」


「いいから、打て。遠慮(えんりょ)はいらない……どうかワタシを倒すつもりで、撃ってみてほしい」


「だ、だっけよぉ……オラはできねってば。だって、ルイドはさっきの石よりか柔(やわ)っけそうだし……」


「ワタシの心配は不要だ。それ以前に……“どうせ当たらない”のだから、考えるだけ無駄なことだ」


「いんや、当たらねって……そらやってみねと解(わが)んねことだし……」


「いや、当たらない。申し訳ないが……君の拙(つたな)い攻撃など、ワタシには絶対当たらない。何かしらの不測要素が生じれば話は別だが……どの道、君の力で“絶対に当たらない”事実を覆(くつがえ)すことは不可能だ……理由は、君があまりにも“ヘタ”だからである」


「・・・いぁ、んでもな? そんなん解(わが)んねろ?」


「いや、解(わか)る。十分に信頼できるデータを確保した今、99%が100%になったようなものだ。絶対に、君では無理だ……当たらない」


「・・・あんな? そうやって人の事勝手して決めつけてっと――」


「ふむ、中々動かないな……やはり自信がないのか? しかし、やってみたまえ。まぁ無理な事だがな」



「・・・・・んじゃ、知らねっけな? ほれ、オラの拳さ……こんなに熱(あっち)く、熱(あつ)く…………熱(あっちぇ)くなっちぇしまっちぇちぇらぁぁぁ!!!!!」


 パウロが吼(ほ)えた。怒りで呂律(ろれつ)が狂(くるい)い、口調は滅茶苦茶になってしまったが……それだけ“本気”になって“倒そう”と、己(おのれ)のもつ力の全てを出し切ろうとした。


「ウォラァッァァァァァァ――――ぁぁあ?? アっ……あぁぁぁぁぁぁああぁあぁ・・・・・」


「……不測の出来事は生じなかった。ならば、結果は覆(くつがえ)らない……」


 軽く、撫(な)でるように腕を振り払って若干に身体を傾(かたむ)けただけである。


 たったそれだけの動作、ほとんど力も入っていない動作のみで……ルイドは少年の攻撃を受け流し、受け流された獣のような少年は森の茂(しげ)みへと勝手に突撃していった。


「…………。」


「(ガサガサ)…………。」


「…………。」


「(コキッ、コキッ)…………。」


「…………。」


「――――んんんのわぁぁぁぁぁあぁ、こんちくしゃぁあああああ!!!!!」


 再度、少年が攻撃を試みる。もうそれは拳でもないような……滅茶苦茶に腕を振り回しての体当たりである。しかし、振り回す腕は全て虚空(こくう)をきり、力に満ちた身体はクルリと宙(ちゅう)を一回転。背中から地面に落ちると、そのまま勢いでゴロゴロと転がって再び森の茂みへと消えて行った……。


「…………。」


 ルイドはまったく平然とした様相で淡々として茂みを掻(か)き分けていく。少し進むと、木の幹(みき)に衝突して逆さまになっている少年の姿が確認できた。


 特に屈みこむこともなく、ルイドは当たり前の事を見ているかのようにその場で立っている。


「…………。」


「…………。」


「……なしてだぁ?」


「……何度も言ったとおりだ。君は身体の使い方が……“人間を相手にした戦いにおける使い方がヘタ”だから、こうなる……」


「わ、解(わが)んねぇ……オラさ、やっぱし弱っちぃんだか?」


「強い、弱いにも様々ということだ。確かに戦闘において君は未熟(みじゅく)なのだろうが……石を容易く拳で砕(くだ)くような人間を、普通は“弱い”などとは評さない」


 話しながら、ルイドは身を屈めて少年の身体を正常の向きに直してやった。


 少年は頭を抱えている。それはぶつかって頭が痛い、ということではない。彼は悩んでいるのだ。


 悩む少年に向けて白衣の男が語りかける。


「……パウロ、現在の自分の表情が解るかね? 先ほど薪を割った時の爽快感は、今にあるかね?」


「いぁぁ、ちぃっとも爽快なんかでねぇべよ……」


「ならば、何故そのような違いがあるのか。それは目的の正否だけが理由か? ……パウロよ。護るべきものがある君に、ワタシが伝授しようではないか……そのための術(すべ)をな」


「オラが……護るべきもの……そのための、力(ちから)だか??」


「力ではなく技なのだ、パウロよ。人の頭脳は何も計算や記憶だけが機能ではない……その真価は身体との連動により発揮されるものだ……」


 ルイドは屈めていた身を起こすと、一連の動作として虚空(こくう)に蹴りを放った。ゆったりとしていたそれまでの彼からは想像もつかない、切れ味鋭い一振り。


 ひるがえる白衣の燕尾(えんび)。チラ見える背中。剣のような切れ味によって木の幹は斬り傷を負った。


 見上げているパウロは魅了(みりょう)されていた。無駄なく、迷いのない動作の連動。自分の得ていない、爽快な攻撃手段――。


「単に戦う為だけではない。パウロよ……本能に頼る戦いを脱することは重要な事だ。そう、我々“拠り人”にとっては特に……大事な心得なんだ――――――」






第20話 「ワタシはモンスターだ(7)」END







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