料理をしよう!――支度編
サーフェルレーンによると、セレス達が住む山から一番近い人間の町への距離は、人の足なら約三ヶ月。 サーフェルレーンは途中までは翼で、その後は歩いて約半日、らしい。
「一飛で着けぬのは面倒だが、ヒトに見つかると何かとうるさいからな、仕方ない」
溜め息をつきつつも、サーフェルレーンがセレスの頼みを聞いて出かけたのは更にその翌日のことだった。
セレスは料理の支度をしながら、サーフェルレーンの帰りを待っていた。
サーフェルレーンがセレスに内緒で人間の町に行った時とは違い、今のセレスは落ち着いている。
あの時は、なぜ帰りが遅いのか。もしかして何かあったのだろうか。ひょっとして。まさか。――そんなふうに、心配が不安を呼び寄せ、結果、セレスの大泣き、という事態になったのだ。
今回は、あの時とは違う。
サーフェルレーンがどこへ行くのか、どのくらいの時間がかかるのか、セレスは知っている。それに。
「……うん、レーン母さんは大丈夫」
セレスはテーブルの上に置かれている鱗を見て呟いた。翠色のそれは、サーフェルレーンの一部である。
セレスの不安を抑える策としてサーフェルレーンが与えたそれは、つやつやとした輝きを放っている。
サーフェルレーンは鱗をセレスに手渡しながら言った。
――この鱗が我の状態を示す。このように、艶があって輝いてるなら我は平常だ。心配はない。
――それに、不安に思うなら、この鱗を握りしめて我が名を呼ぶが良い。どこにいようとも、応じると約束しよう。
その約束があるからこそ、今回の《お使い》も軽く頼むことが出来た。
「……よし、私も頑張ろう」
つやつやぴかぴかな鱗を見つめ気合いをいれたセレスは、まず野菜を水洗いするところから始めることにした。
「うーん、こんな感じかな?」
洗面器に似た、ひらべったい木の桶に水を汲み、その中で野菜を手洗いする。サーフェルレーンが買ってきた野菜はほとんどが根菜だ。
黄緑色の、じゃがいもに似た物。薄いオレンジ色の、大根に似た物。見た目は完全に人参な物、など様々な色や形をしているが、葉野菜はひとつもない。
「葉野菜は痛みやすいから、かな? それとも、他に理由があるのかな?」
レーン母さんが帰ってきたら聞いてみよう、と呟きながらセレスはぎごちない手つきでひとつずつ野菜を洗ってゆく。
洗った野菜は籠にいれて、テーブルへ。龍人だからか、《佐保》だった頃よりも力持ちだ。
「あとはー……えっ?」
次は何をしようか、と考えたところで、セレスはそれに気付いた。
かたかた、かたかた。テーブルに置いていた卵が、揺れている。
「え、そんなまさか」
セレスは慌ててその卵を両手で抱え上げた。鶏の卵よりも大きく、クリームイエローと茶色のまだら模様の卵は、二日放置してもまだ暖かい。
「暖かいって時点で気付くべきだった! つまりこの子は生きてるんだよね!?」
《佐保》の感覚では卵は無精卵だったのだが、ここは日本ではない。感覚のズレをセレスが自覚するのと同時に、その音は響いた。
――ぴしっ
ほんの少し前に、セレス自身が体験したように。
セレスの手のひらの上で、それは自らを閉じ込める殻を内側から壊し、新鮮な空気を求めるかのように頭を突き出した。
「――え」
鳥の雛、無意識にひよこを予想していたセレスは目をまたたく。
「きゅー!」
出てきた生物。それは、ひよこではなく。それどころか、鳥ですらなかった。
可愛らしく鳴き声をあげながら、固まっているセレスの手に甘えるように鼻先をすり寄せるそれは。
「……猫?」
背に小さな翼を持った、白地にブルーの縞柄の、仔猫にしか見えなかった。