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食事事情――セレスの場合

 周囲に連なる山脈よりひときわ高い岩山。その頂に近い洞窟の入り口で、陽光に翠の鱗を輝かせる巨大な龍がその背にある四枚の翼を広げていた。

 龍は黄金の瞳に心配の色を濃くにじませ、自分を見上げる幼い少女に向かって言い聞かせるように話す。


「わかったね? 我が愛し子よ。決してここから出てはいけないし、我が帰ってくるまでは油断してはいけないよ」

「はい、わかってます。レーン母さん」


 翠の龍――サーフェルレーンの言葉に、セレスは素直に頷いた。

 サーフェルレーンは、今からセレスのために木の実や果物を集めに出かけるのである。それはいつもの事なのだが、今回は少し遠くまで足をのばすらしく、サーフェルレーンはいつも以上にセレスを一人にすることを心配していた。


「私は大丈夫です。一人で洞窟から出るなんて、怖いからやりません。それより、レーン母さんこそ、気をつけてくださいね?」


 セレスは逆にサーフェルレーンのことが心配だ。くれぐれも周囲への警戒を怠らないように言い含め、ようやく飛び立ったサーフェルレーンに手を振って見送る。


「龍って、強いけど貴重な素材だから人間には狙われたりするらしいし……心配だな……」


 サーフェルレーンはとても強いはずだが、どこかずれている。龍だからそうなのか、性格なのかはわからない。

 セレスには、サーフェルレーンから貰った知識があるが、この知識には偏り(かたより)があった。与えたのがサーフェルレーンなのだから、龍よりの考えになるのは仕方ない。

 だが、それゆえに一抹の懸念は拭えずセレスの心に陰りを落としている。


「人間と龍とじゃ、かなり感覚とか考え方とか違うみたいだし……。いろいろ、不安だなあ」


 うっかり何かの罠に引っ掛かりそうなサーフェルレーンに、セレスは溜め息をつく。生まれ変わってこのかた、溜め息をつくことが増えた気がする。

 あっという間に翠の龍は見えなくなってしまったが、セレスはしばらく入り口に立ってサーフェルレーンが飛び去った方向を眺めていた。




 サーフェルレーンがいなくなり、普段よりも静かな空間の中、セレスは毛皮の上であぐらをかき、目を閉じて集中していた。


「うーん。うー……ん」


 だんだんと眉間に皺がより始め、唸り声も低くなっていく。

 しばらく唸って、セレスはぱちっと菫色の目を開いた。


「さっぱりわかんない。どうやったら龍になれるんだろ……」


 はふーっと息をはきだしながら、セレスはころん、と後ろに寝転ぶ。

 龍形態。龍そのものの姿に、セレスは変わることが出来ずにいる。

 瞳の色を除いてサーフェルレーンそっくりのセレスだが、血の方は人間種である父親に似たようだ。

 魂が別世界の人間だったことも影響しているのか、卵から孵ってすでに十日もたつのに、龍形態になる兆しすら見えない。


「生粋の龍ならそのまま龍の形で孵るらしいし、混血でも数日で変化できるらしいのになー」


 ころころ、と毛皮の上で左右に転がりながらセレスは眉を寄せた。もとはごくごく平凡な人間だった彼女には、躰が変わるなんてファンタジー、どうしたら出来るのか想像もつかない。

 うーん、うーんと唸りながら転がり続けていると、勢いがつきすぎて壁にぶつかってしまった。


「いたっ……く、ない」


 この躰はすごくハイスペックなので、これくらいではかすり傷ひとつ負わない。

 人間で、しかも生まれつき病弱だった《佐保》からすると、戸惑ってしまうくらい頑丈だ。

 いいことなんだけどね、とぶつけたおでこをさすりながらセレスは立ち上がった。独り言が多いのは、《佐保》の時からの癖である。


 ――病室も、ここも。とても静かで。

 セレスが口をつぐむと、とたんに静寂に包まれる。しん、とした静かな空間に一人でいると、狙いすましたように孤独が襲ってくるのだ。

 空が青ければ青いほど。小鳥達が楽しげにさえずるほど。セレスは人間だったころのことや、かつての家族や、故郷のことを思い出して胸が苦しくなった。


「……早く帰ってこないかな、レーン母さん」


 洞窟の入り口に戻ったセレスは膝を抱えてうずくまり、青い空を眺めながら小さく呟いた。



 青から赤へ、赤から紫へ。そして藍色の夜空へと、天上のドレスは移り変わった。

 それなのに、まだサーフェルレーンは帰ってこない。


 洞窟の入り口でうずくまったまま、セレスは膝に顔を伏せている。洞窟の中は月明かりのみで、火は焚かれていない。

 まだ冬の訪れは遠く、寒さはない筈なのに、セレスはぬくもりを求めるように強く自らの膝を抱えている。


 ――ふいに、風が唸るような音が聞こえた。


 はっとセレスは顔を上げ、空を見上げる。


「――待たせたの、我が愛し子よ! 今帰ったぞ!」


 月明かりに照らされて、翠色の光がきらきらと輝く。サーフェルレーンが洞窟に降りたとうとしているところだった。


「レーン、母さん」

「すまぬの、ちょっと遅くなってしまった。だが、土産をたっぷりと……」

「遅い!」


 サーフェルレーンの言葉を遮って、セレスは声を張り上げた。


「遅い! 遅いよ! なんでこんなに遅いの!!」

「……我が子よ」

「心配したんだよ! 恐かった。もしかしたら、って思ったらすごく恐かったんだよ!!」

「………………」


 全身で叫びながらセレスは泣いていた。


「ばか! レーン母さんのばか!!」

「……サーフェルセレス」


 泣きじゃくるセレスを、人型になったサーフェルレーンが優しく抱き締める。


「そうだの。我が悪かった。すまなんだ」

「……レーン母さんのばか」

「そうだの。我は愚か者だ」


 未だこの世界に、新しい生活に慣れていないセレスを、理解しているようで出来ずにいた、とサーフェルレーンは謝る。

 よしよし、と背中をさすりながら、サーフェルレーンはセレスが落ち着くまでそうしていた。




 その晩、テーブルに並んだ食事はいつもとは違っていた。

 木の実や果物はいつも通りだが、今日はパンや干し肉などの《料理》がたっぷりと乗せられている。 セレスのためにと、サーフェルレーンがわざわざ人間の町に行って仕入れてきたものだ。


「……ありがとう、レーン母さん」


 子供みたいに泣いて、しかもあたりちらしてしまったセレスは、自分が恥ずかしくて仕方ない。真っ赤になってお礼を言う可愛い我が子を、サーフェルレーンはにこにこと見つめていたのだった。


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