きっとそんな愛もある
セレスが暮らす洞窟は、入り口から奥にかけてなだらかな坂になっていて、奥にいくほど広がりがあった。
洞窟の天井にあたる岩壁にはいくつかの亀裂がはしっており、そこから陽光が差し込んでいる。洞窟といっても暗くないしじめじめともしていない。
小さな池のような湧き水が貯まる場所もあるので、飲み水に困ることもない。
その上、寝床にあたる場所に暖かな毛皮が敷かれていたり、ランプが置かれていたりと、快適に過ごせる環境に整えられている。
龍の住み家というよりサバイバルをしている人間の隠れ家、といった印象だが、父の存在を考えるとむしろ当たり前であった。
セレスは龍人。父が人間であることはわかっていたのだから。
セレスはサーフェルレーンに父親のことを詳しく尋ねてみることにした。
「ここに人間の物が多いのはレーンの趣味なのかと思っていました。私のお父さんとここで暮らしていたんですか? お父さんはどこに行ったんですか?」
「いいや、違うぞ、我が子よ。あいつとは人間の街で暮らしていた。旅から旅への生活だったから、もっぱら宿屋暮らしだったが。あと、あいつは追い出した」
「………………」
親子の間に沈黙が落ちた。
「……お父さんは、どこへ?」
なにから突っ込めばいいのか迷ったあげく、セレスは無難な質問を口にした。
「うむ? どこかな。おそらく、この近くにある人間達の集落のどれかだとは思うが」
「……なんで追い出したんですか? 喧嘩ですか?」
「いいや。それが龍の本来のやり方だからだ。それは知識に入っておるはずだが?」
「あ、そうみたいです」
言われて浮かび上がってきた知識によると、龍族は母龍が卵を産む頃になると、番いは家から出ていくらしい。
外で周囲を警戒するため、とか。不安定になる母龍を刺激しないため、とか。理由はハッキリしていないが、もはや習慣化しているため疑問や不満に思う龍はいないようだ。
「しかし、あいつはなんだかんだと出ていくのをのばそうとしたのでな、蹴り飛ばして追い出した」
「……怪我はしてませんでしたか?」
「さあ。だが、その後性懲りもなく戻ってきおったからな。まさか裏の崖を登ってくるとは予想外であったが、元気だったぞ」
「……戻ってきた後は?」
「もちろん、突き落としてやった」
「………………」
とりあえず、父が本当に人間なのかとは質問しないことにした。
その後も色々と聞いてみた結果、この洞窟を快適にしたのは主に父の方らしかった。
『産まれてくる我が子に少しでも何かをしてやりたい』と言って、木片で動物を造ったり、服や家具を揃えたり。大喜びではしゃいでいたらしい。
「産まれてくるのは雄か雌かと訊かれたが、わかるわけがなかろうと答えたら、どちらが産まれても良いようにと服を二種類買っておったわ」
「ああ、だからズボンとかシャツもあるんですね」
これだけの品物を、多大な金額と労力をかけて揃えた父。
妻から家を蹴りだされ、子供にはその知識はなく、しかもまだまだ当分会うことは出来ない。龍はある程度育つまでは、外に出ることを許されないためだ。
不遇な父に、同情を禁じ得ないセレスだった。