うっかり紐無しバンジー
その日は風の強い日だった。
初春の空はみずみずしく青く、風は咲き誇る花の香りを運び、小鳥達は愛をさえずる。
《佐保》がセレスになってから、もう一月がたとうとしていた。
「今日は何して遊ぶ?」
人型になれるようになった駆虎、雫が嬉しそうにセレスに尋ねる。
顔も知らない父親のおかげで雫が着れる男の子用の服はたくさんあった。今日の雫は、緑を基調にしたギンガムチェックのズボンと長袖シャツ。セレスの方は同じく緑を基調にしたギンガムチェックのワンピース姿で、服装だけ見ると双子の兄妹のようだ。
「えーっとね、なにがいい?」
「鬼ごっこ!」
セレスの問い掛けに雫は両手を上げて答える。満面の笑みで答えられ、セレスは内心で可愛いと呟いた。
セレスは見かけは子供でも、中身は十六歳である。この躰になって以来、どうも幼児化している気もするが、意識としては十六だった。
そんなセレスにとって、雫は可愛い弟のような存在である。たとえ、見かけは同じくらいでも。
「うん、いいよー。じゃあ、じゃんけんで鬼を決めようね」
「うん」
じゃーんけーんぽい、あいこでしょ、で鬼を決めて、子供二人は洞窟内を駆け回る。サーフェルレーンは外出中なので、思う存分、走り回れる。走り回り過ぎて、二人はいつの間にか入り口付近にまで来ていた。
「うわあ、春だー」
久し振りに見た洞窟の外の景色に見惚れ、セレスは思わず足を止めた。この辺りは冬でも雪は降らないし、それほど寒くもならない。
それでも冬の間は木々は立ち枯れるし、花も咲かない。そんな冬の季節しか見たことがなかったセレスは、眼下に広がる緑豊かな“春の景色”にうっとりと見惚れてしまった。
今、自分がどこにいて、何をしているのかも忘れて。
「セレス、捕まえた!」
「えっ」
動かないセレスを見て今がチャンスだと思った雫は、勢いよく彼女に飛び付いた。洞窟の入り口に立ち、身体を乗り出すように景色を見ていたセレスは、飛び付いてきた雫を受けとめられず、ぐらりと傾く。
慌てて体勢を立て直そうとしたが、運悪く強い風が吹いた。
体重の軽い二人は風に押されるようにして、あっさりと宙に投げ出されてしまった。
「わああっ!?」
「きゃああっ!?」
落ちてゆく。高い高い山の頂きから森へと落下していく。
悲鳴を上げたセレスを見て、雫はぎゅっと唇を引き締め、白く光った。
「きゅ、きゅー!」
「が、頑張って雫!」
空中で駆虎に変化した雫がセレスの服を咥え、必死で羽をはばかせる。だが、セレスの体重の方が重い。
セレスの応援に応えてしばらく頑張っていたものの、だんだんと下にさがってゆき……
「きゅー……」
「やっぱり駄目だったね……、うん、謝らなくていいよ」
「きゅ、きゅー……」
再び二人は落下していった。
高い山の頂上付近にある洞窟から、深い森の最深部へと。
帰ってきたサーフェルレーンが二人がいない事に気付き、青ざめるのはそれから約二刻後のことだった。




