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其の二 「依頼内容:人質救出」

 其の二 「依頼内容:人質救出」


 事務所の部屋の中には二人の人影があった。一人はヴィアだが、もう一人の方はヴィアと面識のある者ではない。客だ。皺一つないスーツを着込んだその姿は、並の家の者ではない事を物語っている。

「二日前の事件、ご存知ですね?」

「ああ」

 男の問いに、デスクに座ったままのヴィアは頷いた。

 二日前、暴動事件が起きている。その犯人は数人の男女のグループだったが、何よりも目を引いたのは、彼等が全員元軍人であった事だ。政府の持つ治安維持のための軍の人間がテロを起こしたとして、報道されたのだ。無論、同じ軍が彼等を捕らえようと動いたが、犯人達は近くにいた民間人を人質に取り、逃走したのである。

「実は、人質となったお嬢様を救出して頂きたいのです」

「報酬は?」

「八十万エスでいかがでしょうか?」

「……やってみよう。場所は解っているのか?」

「それが……」

「だろうな」

 解っているのであれば軍が動いているはずだ。そうなれば少なからず報道されるか、ヴィアの情報網のどこかに引っ掛かる。だが、そんな情報は入っていない。となれば、場所は解っていないという事になる。加えて、人質の存在が軍の行動をさせ難くしているのだろう。

 単独かつ隠密行動の可能な便利屋に頼むという事は、人質の人命優先という事だ。人質をお嬢様、と呼んだ事から、救出対象は女。

「情報はこちらで何とかする。必要経費がかさむようなら報酬をいくらか上げてもらうが?」

「お願い致します」

 深々と頭を下げる男。もしかすると救出対象の執事か何かなのだろうか。

「助ける者は?」

「フェリアル・E・レアースと申します」

 レアースと言えば、ここ首都アンスールでも有名な家柄だ。その娘が人質になったとなれば、関係者はさぞ大騒ぎだろう。

「解った」

 名を聞き出し、ヴィアは立ち上がった。

 男はそれを見て再度一礼し、部屋を出て行く。その後で、ヴィアはロングコートに腕を通し、魔鋼剣・十六夜を手に事務所を出た。

「意外と報酬安くねぇか?」

「今は余裕があるからな、まぁ、不満なら必要経費で多少は増やせる」

 十六夜に答え、ヴィアは事務所近くの裏路地にある一件の店に入った。その店の中には所狭しと武具が並べられ、移動のための通路はほとんど一人分の幅しかない。

「お、誰かと思えばヴィアか」

 店の奥から一人の男が顔を出した。身長はヴィアよりも顔半分ぐらい高めだろうか、中々の長身で、左頬に傷のある短髪の男だ。歳は明らかにヴィアよりも上に見える。

「また増えてるのか?」

「そりゃあ、商売だからな」

 周りを見て呟くヴィアに、男は笑いながら言った。

 裏路地という目立たない場所で商売をしている変わった店だが、置いてあるものは全てが良質の品だ。同じものは一つとして置いてはおらず、全てが違う品物を置いている。この店を知った者は、他の店で武器は変えないだろうと思う程である。

 同時に、店主であるスプレンディ・ネウエストは情報屋も兼ねている。

「それで何の用だ? 武器を買いに来た訳じゃなさそうだしな、情報だろ?」

「ああ、フェリアルという娘の居場所は解るか、レンディ?」

 ヴィアはレンディとは旧知の仲だ。昔は良く共に賞金稼ぎなどをしていたものだが、今では武器や情報の面でヴィアを支えてくれる良き有人となっていた。本来ならば相応の情報料を取るレンディだが、ヴィアに対しては格安にしてくれている。

「レアース家の次女か、救出の依頼でも来たか?」

「当たり」

 レンディの言葉にヴィアは小さく笑んで答えた。

「情報、あんのか?」

「俺を見くびってもらっちゃ困るな、そこいらの情報屋と一緒にするなよ」

 十六夜の言葉にレンディは言い、店の奥へと引っ込んだ。

 レンディは十六夜に意思がある事を知っている数少ない人間だ。武器の販売だけでなく、整備などもできるレンディには、十六夜の調整を頼む事も多い。

「……こいつを見な」

 やがて奥から出てきたレンディはメモ帳の切れ端をヴィアに差し出した。

「立て篭もっているのか……」

 メモ帳には犯人グループと人質のいる場所が書かれていた。

「よくもまぁこんな情報が入るな?」

「そりゃあ、犯人グループの一人が武器をくれって言ってきたんでな」

「あー、確かにそりゃ聞き出せるな」

「もっとも、そいつが買っていったのは一番質の悪いやつだったがな」

 十六夜とレンディのやり取りを聞きながら、ヴィアはメモ帳の場所を記憶する。

 場所は都市の外周部、そこから先は郊外や外れと呼ぶようになる境目にある空き家となった館だった。今、軍から逃げ切る事は無理だと判断したのだろう、その場に隠れてしばらく時間が経つのを待つつもりなのだ。そうして、捜索の手が緩んだところでまた逃げようというのだろう。もしくは、そこに篭城するつもりなのか。

「質が悪いと言っても、値段が一番安いだけだがな」

「何を売ったんだ?」

 そこでヴィアは割り込むように口を開いた。

「ダガーだ。もし、回収したら値段の半額で買い戻してもいいぞ」

「考えておく」

 レンディに言い、ヴィアはメモ帳を返した。

「それにしてもいいのか? 場所をばらしても」

「口止めされてないからな」

「じゃあしょうがねぇな、うん」

 その問いへの返答に、十六夜は笑いを含んだ声で言った。

「情報料は?」

「普通なら五万ぐらい欲しいが、お前が相手だ、一万エスに負けてやる」

「……色をつけて二万払っておく」

「気前がいいな、二倍払うなんて」

「必要経費って事で報酬は割り増しするさ、その分は使っておかないとな」

 言い、ヴィアは笑って見せた。それにレンディも笑みを返し、代金を支払ったヴィアは店を出る。

 そうして、周囲に人がいない事を確認し、ヴィアは裏路地を駆け出した。


 館の周囲に人の気配はなく、外から館の中が見えぬようにどの窓もカーテンが閉められている。館の中に誰かがいる事が解らぬようにするためか、光すら漏れていない。恐らくはカーテンを厳重に壁と密着させているかテープか何かで貼り付けてあるのだろう。

「正面から行くか?」

「いや、別の場所から侵入する方が良い」

 十六夜に答え、ヴィアは館の外周を見回るように歩く。

 正面からの突撃は、本来ならば人数も多く、制圧力の高い軍が行うものだ。無論、裏やその他の出入り可能な場所からも同時に踏み込むわけだが、正面は最も踏み込み易い場所である。突入して来た際の対策ぐらいは取られていると考えて良いだろう。相手も元軍人なのだから。

「館ごと一気に叩き切るってのはどうだ?」

「……馬鹿か」

 十六夜の冗談に半ば呆れながら、ヴィアは館の正面に戻って来た。

 館の広さは中々のもので、十人程度の人数で暮らすにも広いと感じるほどのものだ。裏口らしい部分はあったが、相手が元軍人である事を考えれば、あからさまに出入り口になりそうな場所には罠を警戒すべきだろう。

 無論、十六夜ならば館ごと叩き切る事も不可能ではないが、人質の居場所が解らないのだから、危険だ。

 館にゆっくりと近付き、一階の角の部屋の窓に手を触れる。その部屋に気配がない事を確認し、ヴィアは十六夜を引き抜くと、窓のすぐ横の壁に突き刺した。そうして、極力音が出ないよう、ゆっくりと縦に壁を裂き、十六夜を引き抜いて今度は横向きに倒し、先程切り裂いた切れ目の下の部分に突き刺す。それを窓枠に沿うように繰り返し、窓を外した。

 窓の向こうで閉ざされていたカーテンは、侵入口の確保の際にも刃が当たっていたらしく、一部が裂けていた。十六夜を鞘に収め、その裂け目から館の内部に侵入し、ヴィアはドアに駆け寄った。

 無人となって老朽化した館の床は、脆くなっているらしい。注意して進まねば軋む音が出てしまう。

「……足音?」

 十六夜が小さく呟いた。

 天井裏、二階の床が軋む音が聞こえて来る。足音の数は少ないが、ただ単に移動している者が少ないという事だ。

 そっとドアを開け、廊下に出た。周囲を見回し、罠の類が無いかどうかを確認する。一階に人気がない事を考えると、罠がある可能性も少なくは無い。もっとも、犯人達が篭城するつもりであるなら、食料や武器弾薬などは必要不可欠なものだ。それを買い出ししに出るルートは残しておかなければならないだろうが。

「誰もいないな……?」

 十六夜の囁きに、ヴィアは頷いた。

 一階は無人であった。二階へ続くたった一つの階段にも仕掛けはなく、どうやら追っ手の軍に対して篭城戦をする準備はまだ途中らしい。まだ見つからないと思っているのだろう。実際、レンディから情報を得る事ができなければヴィアも一週間以上はかかったはずだ。

 二階に辿り着いた時、話し声が聞こえて来た。どうやら、階段の脇にある部屋の中には人がいるらしい。

「……結局、どうするんだ?」

「あのまま軍にいたところでどの道俺達は始末されていた」

「そうだな、生きれるだけ生きてやるしかない」

 三人ほどの男の声が聞こえる。

 今後の方針について話し合っているらしい。

「私はどうする気なのよ? いい加減放して!」

 少女の声が割って入った、人質のフェリアルのものだと見て間違いない。

「そうもいかないのよ、私達は生き延びるために手段は選んでられないの」

 別の女の声。恐らくは犯人グループの中の女性のものだろう。

「理由は言えないが、最後まで付き合ってもらうしかないんだ」

「そんなぁ……」

 何回か繰り返した内容なのか、少女の声が萎んで行く。

 あまり疲れてはいないようだが、流石に自由がきかない事に飽きてきたのだろう。

 気配を探れば、部屋の中に五、六人ほどの気配があるだけで他には人の気配はない。その部屋にいる者達だけで全員のようだ。真正面から乗り込んでも勝算はあるが、人質がいる事を考えれば避けるべきだ。

 数瞬考え、ヴィアは階段を引き返し、一階へと下りた。

「ん、どうするつもりだ?」

 十六夜の問いに、ヴィアは鞘から十六夜を引き抜く事で答えた。

 犯人達がいた部屋の真下の部屋で、人質の気配があった真下の天井を素早く円形に切り抜く。

「――きゃあっ!」

 悲鳴と床と共に落下してきた少女を途中で受け止めた。

 蜂蜜色の髪がふわりと舞い、目を見開いた少女がヴィアの顔を真っ直ぐに見つめている。すっと通った鼻梁の整った顔立ちは、やはり名家の出身である事を思わせるほどの気品がある。

 少女を抱き止めたまま、ヴィアは後方に下がった。直後、天井から床を貫いて銃弾が降り注いだ。

 ドアを開け、廊下に出ると少女を下ろし、手首の縄を十六夜で切り裂いて解放する。

 ヴィアが開けた穴から一階に飛び降りてきた男が銃弾を放つよりも早く、ヴィアは少女を抱きかかえると廊下を駆け抜け、階段を駆け上がった。踊り場のところに少女を下ろし、十六夜の鞘をロングコートの腰部分にあるベルトに固定する。

「容赦なしか……」

 呟き、ヴィアは階段の隅に少女を追いやると、一階と二階に交互に視線を走らせた。

 両方の階から足音が聞こえて来る。挟み撃ちにするつもりだったのだろう。

「……狼月ろうげつ

 呟くと同時に、ヴィアは両手で十六夜を正面に構えた。そして、一階から階段に辿り着いた男達の方へ駆け出す。振り上げた十六夜が前後に分離し、二振りの刀へと変化する。それを前面で交差させるようにして振るい、一人を仕留めた。

 振り切った両手の刀を、手首を返して逆手に持ち替える。

 続いて飛び出してきた男に右、左と一撃ずつ斬撃を見舞い、二人目を仕留める。返す刀の二連撃でもう一人を仕留め、一階からの敵がいなくなった事を確認して階段を引き返した。

 少女の傍に気配を感じたヴィアは、階段から跳躍し、手すりに足をかけるともう一度高く跳んだ。背面跳びのように背中を敵に向けたまま階段の踊り場の上で身体が倒立する。そうして、空中で身体を捻って上下を入れ替え、少女の真横に辿り着いた男の顔面を蹴飛ばした。

 階段に後頭部を打った男が銃口を向けるが、そこに右手の十六夜、上弦の月を投げて銃を弾く。着地と同時に身体を回転させて左手の十六夜、下弦の月で一太刀を浴びせ、仕留める。階段に突き刺さった上弦の月を右手で回収すると共に、階段を駆け上がった。

 二階の廊下から飛び出してきた女性兵士がサブマシンガンを連射する。身体を屈め、横に体重をずらして銃弾をかわす。弾幕が途切れた瞬間に跳躍した瞬間、女性が右手のサブマシンガンを向けた。そこに上弦の月を投げ、先程と同じように銃を弾く。

 女性が左手に懐から拳銃を取り出しているのを見て、下弦の月を投げる。水平に回転をかけ、ブーメランのように刀を回転させて投擲する。拳銃が切り裂かれ、左肩に下弦の月が突き刺さったにも関わらず、彼女は右手を振るった。

 放たれたのはダガーだった。反射的に右手を伸ばし、掌を外側へ向けてダガーの柄を掴む。そのまま投げられたダガーの方向に右腕を振り、空中で水平に一回転すると共に遠心力も利用してダガーを投げ返す。

 そのダガーを胸に受け、女性兵士が倒れた。着地し、上弦と下弦をそれぞれの手に回収したヴィアは女性兵士の傍らに立った。

「ふふ……逃げ切れなかったわね」

「……俺は人質を救出する事だけが仕事だったんだがな」

「……そう、じゃあ無駄な仕事を一つさせてしまったわけね」

 ヴィアの言葉に、女性兵士は呟いた。

「私達は、軍の研究施設の護衛兵だった……。その時までは何を研究しているのかは知らなかったけど」

 致命傷に近い傷だが、まだ助からない傷ではない。だが、その女性は死を覚悟した目をしていた。いや、むしろ無意味に助かりたくはなかったのだろう。助かったところで、軍が処罰するのだ。

「……軍は……兵器を……出そう、して…る……」

 息が途切れ、言葉が途切れる。

「……私、達はそれを、見て……だから…消され……」

 口の端から血を零しながら、ヴィアに視線を向け、言葉を発し続ける。

「……もっと……生き、たかっ……」

 言葉が途切れた。

 ヴィアは上弦と下弦を元の十六夜に戻し、鞘に収めるとダガーを引き抜いた。付着した血を死体の服から切り取った布で拭き取ると、別に切り取った布を刃に巻き付けてコートの中にしまい込んだ。

「怪我は……なさそうだな」

 振り返り、階段の踊り場のフェリアルを見れば、立ち上がり、ヴィアを見つめていた。その様子から、怪我はないと判断する。多少、衣服の乱れはあったが、傷などはない。

「……す、凄い……。……格好良い」

 目を輝かせて、フェリアルが呟いた。

「名は何と言うのですか?」

「……ヴィアライル・ウルフ」

 駆け寄って来て問う少女に、ヴィアは一歩退いて答えた。

「ヴィアライル様……」

 熱の篭った視線にヴィアは小さく溜め息をついた。苦手なタイプだ、と。


 事務所に戻ったのは、あれから暫くして事だった。

 フェリアルを連れてレアース家を訪れ、報酬を受け取る。たったそれだけの事だったが、フェリアルはヴィアに興味を惹かれたらしく、積極的にヴィアと会話をしようとしてきたのである。もっとも、必要経費を追加する交渉に関してフェリアルが全面的に支持してくれたため、予定額の倍の必要経費額を手に入れる事ができたわけだが。

「疲れた……」

「ヴィアが疲れたって言うのも珍しいな」

 溜め息を交えて呟いた一言に、十六夜が苦笑交じりの声で言った。

「苦手だ、ああいうのは……」

「まぁ、夢見がちな奴には好かれるからな、ヴィア」

 ロングコートを脱ぎ、十六夜をソファの上に放り、ヴィアはデスクに突っ伏した。

「本当はお前も狙ってるんじゃねぇの?」

「……叩き割ってやろうか、お前」

「修理費は高いぞ」

 そう言って笑う十六夜に、ヴィアは溜め息をついた。

「……とりあえず、俺は寝る」

 十六夜に言い、ヴィアはデスクに突っ伏したまま眠り始めた。

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