第1話:衝撃は突然のシロ
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私は反射的にぎゅっと目を瞑った。
あぁ、今度こそ私の命はここで終わ――
「――っとらへんわ! 華、このボケェ!! ホンマに毎日毎日、えぇ加減にせぇよ!!」
おそるおそる目を開けると、ふわふわの獣耳を生やした男の子がいた。凄まじい勢いの関西弁で、小言の嵐を巻き散らしながら。
◇
台風並みの暴風が吹き荒れる、学校からの帰り道。
交差点の信号が青に変わり、横断歩道へ足を踏み出そうとした。
その瞬間。
突風が吹いた。
大きな看板がこちらに向かって一直線に飛んでくる。
――あ。これは、絶対に死んだ。人生終わった。
そう思った瞬間、頭の中にいろんなことが次々と浮かんだ。
朝食べ切れなくて帰ってからのおやつにしようと思っていたドーナツ。無理矢理にでも食べておけば良かった。お兄ちゃん、借りてすぐ失くした本、昨日やっと見つかったよ。……あ、私の机に置きっぱなしだ。おじいちゃん、朝のお掃除の後に回覧板回しておいてね。お父さん、この前のお休みに作ってくれた本格麻婆豆腐とっても美味しかった。今日もお仕事頑張って。
そして――お母さん。
中学生になってもピーマン食べられなくてゴメンね。まだ苦手です……。
目を閉じた、ほんの一瞬。どうでもいいことばかりが頭を駆け巡る。これが走馬灯かぁ……。
……?
けれど。激しい衝撃はいつまで経ってもやってこない。
こわばった両腕をゆっくりと下ろし、おそるおそる目を開けた。
直撃するはずだった巨大な看板は、どこにも見当たらなかった。
代わりにいたのは――スーパー「おひさま」の看板を抱えた、男の子。
彼は見るからに重そうなそれを、どしんと地面に放り投げ、深く息を吸い込んだ。
強風に煽られて、波打つ長髪。
すっと空へ伸びた獣耳に、もふもふの尻尾。
そのすべてが、雪のように白かった。
どう見ても、普通の人間には見えない。
彼が看板を止めてくれたおかげで、手の甲がわずかにヒリヒリするだけで、他に傷はどこにもついていない。
助けてもらったお礼を言おうと口を開きかけた、その時だった。
「こんな風の強い日にウロウロしとったら、危ないのわかっとるやろ! 外におる時は、特にぼーっとしとったらあかん! ささっと帰らな! だいたい、僕がおらんかったら――」
凄まじい勢いで捲し立てられた。
関西弁で。
助けてもらったことはありがたい。けれど、私に言葉を発する隙も与えず、息をつく暇もなく、あらん限り浴びせてくるというのはどういうことなのだろう。初対面だというのに終わる気配のない小言。それをBGM代わりに、私はすーっと意識を飛ばした。
自慢じゃないけれど、私は運が悪い。
自分がどんくさいことも分かっている。昔から外出すると、毎日のように擦り傷ができるし、滑って転んで泥んこになるし、空は晴れているのに突然雨が降ってきてびしょ濡れになるし、チラシが風で飛んできて顔に張り付くのは日常茶飯事だし、おまけに蚊にも刺されまくる。
でも、これは絶対『死んだ』と思う場面でも生きている。
近所の神社の鳥居から出たところの三百段以上ある長い階段の一番上から濡れた落ち葉を踏んでゴロゴロと落ちた時も、ぬかるみで滑って自転車で車通りの多い交差点に突っ込んだ時も、友達と河川敷で遊んでいる時に足を滑らせて川で溺れかけた時も。
擦り傷、切り傷、打撲、その他諸々は日常茶飯事。
それでも、命に関わるような重症にはならなかった。
――そんな、九死に一生感満載の思い出を思い返していると、
「……もしかして、聞こえてるんか?」
その声に、ハッと我に返る。いつの間にかすぐそばに来ていた彼は怪訝な目で覗き込んでいた。
目が、金色だ。
まるできらきらと輝く太陽をそのまま閉じ込めたような、獣の瞳。吸い寄せられるように見つめていると、その金色が訝しげに細められた。
「……ほんま、大丈夫なんか? 華」
――え?
なんで私の名前を知ってるの?
驚きのあまり、心の中で強く叫んだその瞬間。
彼の頭の上の白い耳が、ピクリと動いた。
「ん? 『なんで私の名前、知ってるの』って、そりゃ知っとるわ。キミがこーんな小さい時からずっと一緒におるんやからな。あぁ、あれは華が五歳のちびっ子やった時や」
彼はわざとらしく、大げさに手を低く下げてみせ、《《返事を返してきた》》。
――私は、彼と出会ってから今まで、ただの一度も《《声を発していない》》のに。
彼の表情が、ほんの少し変わった。
「僕の声はいつも聞こえへんかったもんな。……聞こえるし、見えるようにもなったんや……ふぅん」
金色の瞳が真っすぐに私を捉える。
その奥に浮かぶ、言葉にできない感情。
ずっと前から知っているような。
ずっと私を見ていたような。
そんな、私の知らない感覚だけが残った。
彼は、ふっと笑った。
「僕は、華と、ずーっと、一緒におるで」
彼は広げた手を私へと差し出す。
「さぁ、お家へ帰ろ?」
私は、差し出された手のひらを見つめた。
金色に輝く瞳。
ふわふわな耳と尻尾。
そしてどこか懐かしいような温かな声。
なぜだろう。
初めて会ったはずなのに……。
私は掠り傷のひりつきすら忘れ、吸い寄せられるようにそっと自分の手を重ねてしまった。
第一話、[第1話:衝撃は突然のシロ]いかがでしたでしょうか。
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