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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか


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第1話:衝撃は突然のシロ

 私は反射的にぎゅっと目を瞑った。


 あぁ、今度こそ、私の命はここで終わ――


「――っとらへんわ!はな! このボケェ!! ホンマに毎日毎日、えぇ加減にせぇよ!!」


 おそるおそる目を開けると、ふわふわの獣耳を生やした男の子がいた。

 息つく暇もない勢いで、小言の嵐を巻き起こしながら。



 台風並みの暴風が吹き荒れる、学校からの帰り道。

 交差点の信号が青に変わり、私は横断歩道へ足を踏み出そうとした。


 その瞬間。


 ひときわ凄まじい突風が吹き、大きな看板が紙切れのように巻き上げられ、こちら目掛けて一直線に飛んできた。目の焦点すら合わないほどの距離に近付いた時、私は反射的に両腕を顔の前で覆い、ぎゅっと目を瞑った。


――これは、絶対に死んだ。人生終わった。


 こんなことなら、朝食べ切れなくて帰ってからのおやつにしようと思っていたドーナツを、無理矢理にでも食べておけば良かった。お兄ちゃん、借りてすぐ失くした本、昨日やっと見つかったよ……あ、私の机に置きっぱなしだ。おじいちゃん、朝のお掃除の後に回覧板回しておいてね。お父さん、この前のお休みに作ってくれた本格麻婆豆腐とっても美味しかったよ。今日もお仕事頑張って。お母さん、中学生になってもピーマン食べられなくてゴメンね。まだ苦手です……と、目を瞑ったコンマ何秒でどうでも良い事が脳内に駆け巡る。走馬灯とはこのことか、と思った。


 ……?

 目を閉じて時間が経ったのに、衝撃が無い。

わずかに手の甲がヒリヒリするだけで、私の身体は他にどこも傷ついてはいなかった。


 おそるおそる目を開けると、目と鼻の先にあったはずの看板はなかった。

 その代わりに、スーパー「おひさま」と書かれた巨大な看板を抱え、ぜぇぜぇと肩で息をしている男の子がいる。


 ふわふわの獣耳と風に煽られている真っ白な長髪。

 どう見ても普通の人間には見えない。


 彼が止めてくれたおかげで、飛んできたはずの看板は私の手の甲に僅かにかすっただけだったのだ。


 怒涛の展開に驚きつつも、とりあえず助けてくれたお礼を言おうと、口を開きかけた途端、一方的に捲し立てられた。


「日頃から注意散漫や! こんな風の強い日にウロウロしとったら、危ないめに合うのわかっとるやろ!外におる時は、特にぼーっとしとるんやから、ささっと帰らな!だいたい、僕がおらんかったら――」


 ……助けてもらったことはありがたい。


 けれど、私に言葉を発する隙も与えないくらい、あらん限りの悪態をついてくるというのは、どういうことなのだ。まだまだ続いている彼の小言を、耳から耳へと受け流しながら、ふっと意識を飛ばした。


 自慢じゃないが、私は運が悪い。


 自分がどんくさいのはわかっている。

 昔から外出すると毎日様々な擦り傷が出来るし、滑って転んで泥んこになるし、空は晴れているのに突然雨が降ってきてびしょ濡れになるし、チラシが風で飛んできて顔に張り付くのは日常茶飯事だし、オマケに蚊にも刺されまくる。


 でも、これは絶対『死んだ』と思う場面でも生きている。

 

 近所の神社の鳥居から出たところの三百段以上ある長い階段の一番上から濡れた落ち葉を踏んでゴロゴロと落ちた時も、ぬかるみで滑って自転車で車通りの多い交差点に突っ込んだ時も、友達と河川敷で遊んでいる時に足を滑らせて川で溺れかけた時も。擦り傷切り傷、打撲その他諸々はあれど、命に関わるような重症にはならなかった。


 奇跡的に、生きている。


 そんな、これまでの九死に一生感満載の思い出の数々が私の頭をよぎり、立ち尽くしていた。


「おい。聞いてるんか?」


 不機嫌そうな声がすぐ耳元で降ってきて、ハッと我に返る。いつの間かすぐ近くに来ていた彼が、ひょいっと私の顔を心配そうに覗き込んできた。


 あまりの距離の近さにドクンと心臓が跳ねる。


 目が、金色だ。

 まるで燦然と輝く太陽をそのまま閉じ込めたような、瞳。私は、その吸い込まれそうなほど美しい金に目を奪われていた。


「……ほんま、大丈夫なんか?はな


(えっ!?なんで私の名前、知ってるの!?)


 心の中でそう強く叫んだ瞬間、彼の頭の上の白い耳が、ピクリと動いた。

 

「ん?『なんで私の名前、知ってるの』って、そりゃ知っとるわ。キミがこーんな小さい時からずっと一緒におるんやからな」


 彼はわざとらしく、大げさに手を低く下げてみせ、返事を返してきた。


 私は名乗っていないどころか、唯の一言も声を発していないのに。


 目を丸くする私に、さらに言葉を畳みかけるように言葉を続けた。


「ずっと一緒におるで。あぁ、あれはキミが5歳のちびっ子やった時やなぁ。それから、ずーっと、華と一緒におるで」


 ニヤリと悪戯っぽく口角を上げながら、彼は見るからに重そうだった看板を足元へどしんと置いた。


「僕の声はいつも聞こえへんかったみたいやもんな。……ふぅん、なんや、見えるようになったんや」


 そう嬉しそうな声を上げた彼は、こちらへ向き直り、私に向かって広げた手のひらを伸ばす。


「華、お家へ帰ろ?」


 私は掠り傷の痛みも忘れて、彼の手を取ってしまった。


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