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9話 予感と呪縛

 俺たちは呆然とする上原を家まで送り届け、何事もなかったかのように夜の街を歩き出した。


「うーむ、どういうことだ。魂の乖離ってのは、器の記憶まで奪っちまうのか」


 オヤジが腕を組み、唸るように言った。


「ウィリアムに取り憑かれているような状態だったんだろうな。あまりに魂の格が違いすぎて、上原自身の意識が押し潰されていたんだ。……俺たちは、本当に運が良かったのかもしれない」


 もし俺たちも適合に失敗していれば、あの光の粒となって消えていたのかもしれない。そう思うと、背筋に冷たいものが走る。


「この件、早急にストラノアとバエルにも伝えないとな。それに、アイツの最期の言葉……聞き捨てならねぇことがあっただろ」


「ああ。……『俺たち』と言っていたな……! 他所の転生者が他にもいる、ってことか……」


 オヤジの言葉に、俺の胸のざわつきは確信に変わった。

 ウィリアム。かつて王国軍の翼と呼ばれた竜騎士団。もし、あの光に巻き込まれたのが彼一人でないのだとしたら。

 そして、彼ら全員が今のウィリアムのように、前世の憎悪を滾らせて俺たちを探しているのだとしたら。


「……大事にならないうちに、なんとかしねぇとな」


「ああ。どうやら『隠居生活』ってわけにはいかないらしい。やっぱり俺たちは、転生者を見つけ出さなきゃならないんだ」


 オヤジは腰に手を当てて、重いため息と共に夜空を仰いだ。


 ゲーティアの再結成は、もはや単なる「同窓会」ではない。

 この街に溢れ出そうとしている「前世の毒」を、かつての俺たちが撒き散らした因果を、自らの手で刈り取るための戦い。


 これは運命なんて綺麗なものじゃない。

 俺たちが自らに課した、解けない「呪い」なのかもしれない。


 ――――――――――――――


 翌日。俺たちは放課後の屋上にストラノアとバエルを呼び出した。

 バエルはといえば、どこで手に入れたのか妙に巨大で毒々しい色の蝶ネクタイを胸に躍らせて現れた。


「……バエル。お前、なんだその格好は」

「これから商店街の街頭で、相方とゲリラコントを敢行するんだよ。用があるなら手短に頼むぜ。笑いの神様は待ってくれないからな」

「……お前、マジでお笑い芸人を目指してるんだな……」


 オヤジはもはや怒る気力も失せたのか、腰に手を当てて、燃えるような夕日に向かって深く重いため息を吐き出した。



 俺とオヤジは、昨夜の河川敷で起きた顛末を二人に詳細に伝えた。上原という器が、ウィリアムという魂に食い破られ、最後は光の粒となって消えていったことを。


「上原くんが、竜騎士の魂を宿していたなんて……」

 ストラノアは、白川さんとしての顔を青ざめさせ、唇を震わせた。


「魂が霧散したか。……もし、それが『成仏』のような救いのある終わり方だったらいいんだがな」

 バエルが、かつての敵への憐れみを込めてポツリと呟く。だが、その淡い希望を切り裂いたのは、俺の中にいるサミナギの記憶だった。


「いや、俺の知る限り、魔女の魔法はそんなに優しくはない。あの魂は浄化されたんじゃない。この世界の理から弾き出され、怨念となって未来永劫、彷徨い続けることになるんだ。魔女の魔法は、根底からして『呪い』なんだから。ウィリアムは今も、冷たい虚無の中で怒りに囚われたまま漂っているだろうな」


 俺の言葉に、三人の間にゾッとするような静寂が広がった。

 《レメゲトンの魂器(レメゲトン・レリック)》――それは救済の術式などではなく、生と死の境界を歪めて魂を現世に縛り付ける、魔女の作った魂への冒涜なのだ。


「もし、他の奴らも魂の乖離が起きたら……同じように、憎しみに囚われてこの世を彷徨い続けるというのか」

 オヤジの拳が、公園のフェンスをミシリと鳴らす。


「ゲーティアのみんなまでそんなことになるなんて……。やっぱり、私たちは一刻も早くみんなを探し出さなきゃならない運命なのね」

 ストラノアが自分自身に言い聞かせるように呟いた。


 裏切り者が誰なのか、その疑念は消えたわけではない。

 けれど、かつて自分たちの居場所をくれた「家族」たちが、現代の街角で誰にも知られず怨念へと堕ちていく。その光景を想像するだけで、胸の奥が焼けるように痛んだ。


「よし、決まりだ」

 俺は三人を見渡した。

「敵が仕掛けてくるのを待つんじゃない。俺たちから動く。この街に潜む『違和感』を、片っ端から洗っていくぞ」


 バエルは蝶ネクタイを直し、ストラノアは瞳に理知の光を戻し、オヤジは闘気を静かに研ぎ澄ます。

 夕闇が迫る街並みを眼下に見下ろしながら、俺たちの「再結成」は、かつての罪を贖うための本格的な捜索へと姿を変えた。


 ――――――――――――――


「みんなを見つけるには、シラミ潰しに当たるしかないのか?」


 同じ中学の出身者だけでも100人を超える。片っ端から真名を叫んで回るわけにもいかないし、効率のいい方法がなければ、残りのみんなが怨念の波に飲み込まれるのが先だ。


「それなら、私はもう『法則』を見つけたよ」


 ストラノアが、可憐な仕草で自信たっぷりに胸を張った。……正直言って、めちゃくちゃ可愛い。

 バシン!「いってぇ!」

 鼻の下を伸ばしかけた瞬間、オヤジの強烈な掌底が俺の背中に炸裂した。


「……私は前回の集まりで、ある仮説を立ててメンバーを絞ったの。そして上原くんで確信したわ。私たち転生者には、明確な共通点がある」


 相変わらず核心をじらす、軍師らしい言い回し。今はそんな「もったいぶり」さえ愛おしいが。



「みんな、覚えてる? 中学二年の時の課外イベント。天体部が主催した『しし座流星群鑑賞会』」


「おお、覚えてるぞ。あれは……良かったよな。一生忘れねぇよ」

 オヤジが遠い目をして記憶を辿る。


「あの夜、学校の屋上に集まったのは二十人。……今ここにいる私たち四人と、昨日の上原くん。全員に共通する『絶対的な記憶』は、あの日、あの場所で流星群を見たことだったのよ」


 雷に打たれたような衝撃が走った。

 そうだ。この間の集まりで、何の手応えもなかった高橋や須藤たちは、あの鑑賞会には参加していなかった。いつも一緒だった親友の斉藤侑も、あの時は確か風邪で寝込んでいたはずだ。


 ストラノアは、前回の集まりを「適正テスト」として利用し、上原の出現によってそのパズルを完成させたのだ。

 俺、ストラノア、オヤジ、バエル。そして敵として現れた上原。五人を繋ぐ鎖は、中学時代のあの「星降る夜」だった。


 ――――――――――――――


「……なあ。オヤジ。なんであんた、あの時来たんだ? 黒崎は普段の課外授業どころか、普通の授業すらまともに顔を出さなかっただろ」


 俺の問いに、オヤジは一瞬だけ口籠り、それから観念したように自身の趣味を恥ずかしげもなく公開した。


「……うむ。実は俺……昔から、星が好きだったんだ。当時は恥ずかしくて誰にも言えなかったがな。実は黒崎竜二はプラネタリウムの常連客で、天体が大好きなんだよ。おかげでグラシアスも、今や星好きになっちまった」


「マジかよ……。あんなに無言で、今にも星を撃ち落としそうな顔で空を睨んでたのに」

 バエルが、当時の強面こわもてな黒崎を思い出して震え上がる。


「……あれは、感動しすぎて涙を堪えてたんだよ。今だったら人目も憚らず号泣してる自信があるぜ」


 何はともあれ、これで視界が開けた。

 あの夜、同じ星空を見上げた二十人。その中に、残りの仲間も、あるいは恐るべき「裏切り者」も隠れている。


「残りは十五人か。……よし、ターゲットが絞れたな」


 俺は拳を握りしめた。

 その中には、俺たちが地獄の底まで探し続けたい「アイツ」もいるはずだ。


「さあ、始めようか。星に導かれた、俺たちの『本当の同窓会』を」


 夕闇が降りてきた街に、今夜もまた星が瞬き始める。

 けれど、その光はもう、ただ眺めるためのものではなかった。


 ――――――――――――――


 ターゲットはすぐに絞り込めた。

 当時の天文部員であり、あの鑑賞会の主催側でもあった二人――赤城みうと小緑翔介だ。


 この地区で天文部が有名なのは「桜ヶ丘高校」。二人がそこに進学したという噂を頼りに、友人のネットワークを駆使して接触を取り付けることに成功した。


 中学時代の記憶によれば、赤城みうは三つ編みにメガネ、いかにも「真面目を絵に描いたような図書委員タイプ」の女子だった。対する小緑翔介は、背こそ高いものの、ひょろひょろとして自己主張の薄い、天然パーマが特徴的なメガネ男子。


 だが、待ち合わせ場所に現れた二人を見た瞬間、俺たちは言葉を失った。


「赤城……に、小緑……だよな?」


 そこには、俺たちの知る「地味な二人」の面影など微塵もなかった。

 赤城はメガネを外し、三つ編みを解いた髪を華やかなウェーブに変え、制服のボタンを大胆に開けて、瑞々しい色香を振りまいている。

 そして小緑。あの猫背だった背筋をピンと伸ばし、天然パーマを無造作かつ完璧にスタイリング。数人の女子生徒を侍らせ、涼しげな顔でこちらを見下ろしていた。


「やぁ、久しぶり。俺たちにあの時の『しし座流星群』の話を聞きたいって?」


 オドオドしていた面影などどこへやら。小緑からは、一挙手一投足から溢れ出すような「天性のモテオーラ」が放たれている。


「あの天体ショー、懐かしいわね。天体に興味を持ってくれて嬉しいわ。何でも聞いて」


 赤城も、かつての堅物な態度は消え去り、声音にさえ抗いがたいセクシーな響きが混じっている。


 二人の話によれば、ここ最近、なぜか急に心境の変化があり、ファッションも性格もガラリと変えたくなったのだという。……高校デビューどころじゃない。これは、魂そのものの「リメイク」だ。


(間違いない。前世の魂が、器の性格を完全に塗り替えていやがる……)


 俺たちは顔を見合わせた。これほどまでの「華」と「傲慢さ」を同時に撒き散らせる奴らなんて、ゲーティアの中でもたった二組しかいない。


 魔導騎士アズムンドと、魅惑の魔女マーヴァス。


 最前線で優雅に敵をなぎ倒していたあの二人組が、よりによって「地味系天文部員」の器の中で目覚め始めていたのだ。


「……なぁ、お二人さん。今日は星空の話をしに来たわけじゃないんだ」


 バエルが苦笑いしながら一歩前に出る。

「お前たちに、ある『名前』を思い出してほしくてな。……準備はいいか?」


 桜ヶ丘高校の洒落たカフェテラスで、俺たちの「真名呼び」の儀式が再び始まろうとしていた。


 ――――――――――――――


 夕暮れに染まる桜ヶ丘のカフェテラス。真名を告げられた瞬間、赤城みうと小緑翔介の瞳から、それまでの浮ついたモテオーラが消え、深い「智慧」と「郷愁」が宿った。


「……サミナギ、ストラノア……それにグラシアスも」


 アズムンドとマーヴァスは、言葉にならない嗚咽を漏らしながら俺たちと抱き合った。前世では優雅さを地で行く二人だったが、再会の衝撃はその虚飾を剥ぎ取った。


 ……だが、対する俺たちはといえば。

 立て続けの再会に慣れてしまったのか、あるいは赤城と小緑のあまりに劇的な「魂デビュー」を目の当たりにしたせいか、感動の再会というよりは「やれやれ」という苦笑いが先に立ってしまった。



「そうか、今、そんな事態に……」


 アズムンド――小緑は、モテ男の仕草はそのままに、騎士らしい思慮深さで俺たちの話を咀嚼した。裏切りの可能性については、まだ触れないことにした。今の彼らに必要なのは、不安定な魂をこの現代の器に定着させることだ。


 一方、体のしなり方や指先の動きまでが完全に魔女のそれと化したマーヴァス(赤城)は、可憐な女子高生姿のストラノアを凝視していた。


「あはは! あの冷酷無比な『星界の悪夢』が、こんなに愛らしい白川さんの中に収まっているなんて……面白すぎるわ! 最高のご馳走ね!」


「ちょっと、マーヴァス。……あんまり抱きつかないで。今の身体はデリケートなんだから」


 ストラノアは顔を赤らめながらも、されるがままになっている。そんな二人のやり取りを見ていると、地獄のような戦場が嘘だったかのような錯覚に陥る。


「何はともあれ、仲間を見つけることが先決だ。あの夜の鑑賞会の名簿なら、マーヴァスの家にあるはずだ」


「ええ、任せて。あとでスキャンしてみんなのスマホに送るわ。この時代の道具は本当に便利ね」


 マーヴァスが不敵に微笑む。彼女たちの参戦によって、霧に包まれていた捜索は一気に現実的な輪郭を持ち始めた。


 俺は、二人の「最後」を思い出していた。アズムンドが盾となり、マーヴァスがその影で最期の呪文を紡ぎ、槍の嵐に消えた。そして共に極光に飲まれたあの光景。

 再びこうして、同じ時代で、同じ空気を吸い、軽口を叩き合える。


 不覚にも、視界が少しだけ潤んだ。

 やはり、家族が戻ってくるというのは、何物にも代えがたい「救い」だ。


「よし、これでリストは手に入る。……次からは、もっと賑やかになりそうだな」


 俺は隣のオヤジと視線を交わし、力強く頷いた。

 夕日に伸びる六人の影。

 ゲーティアの再臨は、もはや止めることのできない奔流となって加速し始めていた。

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