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14話 ゲーティア傭兵団〜絆と家族の鎮魂歌〜

 俺たちの頭上の空間が、悲鳴を上げるように歪んだ。

 凝固した闇の裂け目から溢れ出すのは、あの時と同じ――いや、賢者の石によってさらに高密度に練り上げられた、禍々しい紅蓮の魔圧だ。


「やあ、揃っているね。……いい夜だと思わないかい?」


 赤い瞳を細め、ベリアルが音もなく舞い降りる。

 だが、俺たちを一瞥した彼女は、答えを聞くまでもなくすべてを察したようだった。期待が失望に変わる微かな吐息。


「……残念だよ。どうやら私の差し出した救い()は、君たちの目には毒に映ったらしい」


「……どうしてそこまで復讐に囚われるんだ? ベルリアン。この世界は、あんたがいた頃よりもずっと平和じゃないか」


 俺の問いに、彼女の口元から温度が消えた。


「平和、だと? サミナギ、君は今のこの景色を……その欺瞞に満ちた静寂を平和と呼ぶのか」


 彼女の背後に、戦場の残骸を思わせる無骨なライフルが召喚された。煤け、血に汚れ、持ち主を失った鉄の塊。


「見てごらん。私たちの世界では、剣を振るうには修練が必要だった。魔法を放つには天賦の才が必要だった。……だが、この世界はどうだ? 誰でも扱えるこの鉄屑一つで、無知な子供が熟練の騎士を一瞬で殺害できる。そこには美学も、積み上げた誇り(プライド)もありはしない」


 ベリアルはライフルを慈しむように撫で、そして一瞬でそれを鉄屑へと圧縮した。


「世界では今も戦争が絶えない。私たちの時代の合戦など児戯に見えるほど、近代兵器によって数万、数十万の命がゴミのように消費されている。君たちが享受しているこの『平和』は、その無価値に散った死体の山の上に、辛うじて保たれている薄氷だ。……それと私の『賢者の石』、一体何が違うというんだ?」


 彼女の言葉には、日野緋奈子として見た「現代の歪み」と、王として見た「命の消費」への嫌悪が混ざり合っていた。


「私はこの偽りの秩序を燃やし尽くし、新たなことわりを刻む。無駄に消費される命を、永遠の価値へと変革させるために」


 彼女は空間から、重厚な鞘に収まった魔剣『エシュ・ケトゥブ』を引き抜こうとした。だがその前に、彼女は左手の賢者の石を淡く輝かせる。


 刹那、俺たちの目の前に、懐かしくも凄まじい魔力を帯びた「遺物」が次々と現出した。

 俺の前には、不滅の輝きを放つオリハルコンの長剣。

 オヤジの前には、山をも断つアダマンタイトの巨斧。

 仲間たちの手元にも、かつての魂の片割れとも呼ぶべき愛装具が揃っていく。


「……随分と優しいじゃねえか、団長ボス


 オヤジは巨斧を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべてベリアルを睨み据えた。


「私は家族を斬らんと言った。だが、私の理に従わぬと言うのなら、君たちの命を一度絶ち、抗いようのない『不死の尖兵』として再構築する。……それが、私なりの慈悲だ」


 ベリアルが魔剣エシュ・ケトゥブを抜き放つ。工場の空気が一瞬で発火した。


「ゲーティアの掟通りだ。全力を以て、私に抗ってみせなさい」


 紅蓮の月が、俺たちの終わらない戦記の幕開けを告げていた。



「おおおおおッ!」

「オラァァッ、食らいな!」


 俺とオヤジの咆哮が廃工場の静寂を切り裂いた。オリハルコンの長剣とアダマンタイトの巨斧が、ベリアルの構える魔剣エシュ・ケトゥブへと叩きつけられる。

 火花が散り、衝撃波がコンクリートの床を粉砕した。かつての全盛期であれば、この二人がかりの猛攻にさしものベルリアンも防戦一方だったはずだ。


 だが、今の俺たちの肉体は、魂の出力を受け止めきれない脆弱な「17歳の高校生」に過ぎない。


「くそっ……! 剣を振ることすら、ままならんとは……!」


 後方でアズムンドが絶望の声を上げた。かつての愛剣を手にしながら、その重さに振り回され、戦場に踏み込むことすらできない。特訓の遅れが、この極限状態において致命的な差となって表れていた。

 ザガナスもまた、前世の重装備を持ち上げることすらできず、膝をついている。二刀流の細剣を構えたアグレイスや、龍の尾の鞭を握るマーヴァスも、俺たちの放つ闘気の余波に圧され、近づくことすら叶わない。


「ううっ、ここまで実力差があるなんて……この体、呪わしいわ!」

「私たちには……何もできないの!?」


 無力感に顔を歪める仲間たち。現世の肉体という「檻」が、かつての英雄たちの牙を根こそぎ奪っていた。


火球(エシュ・スフィア)!」

異邦の風刃(ルアハゼノスレト)!」


 ストラノアとガーウィップが必死の援護魔法を放つ。だが、細い指先から放たれる術式はあまりに弱々しい。ベリアルの纏う圧倒的な魔力の衣に触れる前に、霧散していく初級魔法。


「――異邦の暗黒断片(ホシェクゼノスレト)!」


 そこへ、宵闇のダガーを構えたバエルが影から踊り出た。放たれた漆黒の弾丸が、初めてベリアルの衣服の端を掠め、火花を散らす。

 手応えはあった。だが、直後、バエルの喉から凄まじい異音が漏れた。


「ガハッ……! ゲホッ、ッ……!?」


 バエルが鮮血を吐き、その場に崩れ落ちる。前世の呪いの闘技――その代償である「声と舌への負荷」が、脆弱な今世の肉体を容赦なく破壊したのだ。


「バエル! 無理をするな! ストラノア、フォローを!」

「わかったわ!」


 膝をつくバエルをストラノアが抱え、必死に回復魔法を注ぎ込む。

 俺とオヤジは、必死に剣戟を重ね、ベリアルの注意を仲間から逸らそうと足掻いた。

 だが、対するベリアルは、あまりに「完全」だった。


 賢者の石という無限の心臓を得て、日野緋奈子としてのしなやかな肢体を、前世以上の武勇へと昇華させている。彼女にとって、俺たちの必死の抵抗は、まるで赤子の火遊びを眺めるようなものだった。


「……それが、君たちが選んだ『今世』の限界か。あまりに脆く、あまりに儚い」


 ベリアルの魔剣が、俺の剣を軽々といなす。圧倒的な力の奔流の前に、俺たちの心には、じわじわと冷たい絶望が染み込み始めていた。



「なんとか……何か、手はないのか!」


 ザガナスが、血を吐き跪くバエルを支えながら、戦場をただ見守ることしかできない己の無力さに歯噛みした。


「……ストラノア。ベリアルに、一瞬でも隙を作れれば……何か、打てる手はあるか」


 バエルが、焼けつく喉から絞り出すような声で戦略を問う。その瞳には、まだ勝利を諦めぬ軍報官としての光が宿っていた。


「……ええ。今のこの肉体でどこまで出力できるか分からないけれど……みんなの全魔力を私に預けてくれるなら、勝機はあるわ」


「一瞬でいいんだな。……承知した」


「ええ、任せて。みんな、私に魔力を集めて!」


 最前線で剣を交わすサミナギとオヤジ、そして重傷のバエルを除く全員が、ストラノアの背後に集結した。かつての魔術師団がそうしたように、彼女の背に手を添え、未熟な肉体から一滴残らず魔力を絞り出し、軍師へと流し込み始める。


 一方、最前線のサミナギとオヤジの猛攻も、限界を迎えつつあった。


「はぁ、はぁ……くそっ、体が重い!」

「ハハッ、前世のようにはいかんなぁ……!」


 オヤジが強がって笑うが、その腕は激しい衝撃に震えている。対するベリアルは、余裕をかなぐり捨て、魔剣を容赦なく振り抜き始めた。一撃ごとに、骨が軋み、内臓が揺れる。


 ベリアルが、冷徹な一閃を放つ。それは俺の防御が最も薄くなった瞬間を突いた、正確無比な喉元への刺突。


「しまった……!」


 死を予感したその瞬間、視界を巨大な影が遮った。


 ――ガギィィィン!!


 耳を劈く金属音。オヤジが、その巨躯とアダマンタイトの斧を盾に、俺の前に割り込んだのだ。


「ぐはっ……!」


 まともに衝撃を食らったオヤジが、俺を巻き込む形で後方の壁へと叩きつけられる。崩落するコンクリートの粉塵の中、オヤジが苦痛に顔を歪めながら毒づいた。


「三手……四手先を読めって……言っただろうが……」


「すまない、オヤジ! くそっ……!」


 立ち上がろうとするが、膝が笑って力が入らない。俺たちの剣は、あんなにも近くにいる彼女に、指一本触れることすら叶わない。魔王へと至ったベルリアンの背中は、絶望的なほど遠かった。


 だがその時、背後から凄まじい魔力の拍動が伝わってきた。


「――忘却の黒鎖(ゼノ・ネプティスレト)!!」


 血に濡れた咆哮が、廃工場の静寂を切り裂いた。

 俺とオヤジが壁に叩きつけられたその一瞬の隙を突き、死に体のバエルが影から飛び出す。その腕から放たれた漆黒の鎖が、飢えた蛇のようにベリアルの四肢に絡みついた。


「なっ……魔力の……循環が……!?」


 ベリアルの赤い瞳が驚愕に揺れる。バエルの命を削った禁忌の術――対象の魔力制御そのものを「忘却」させる闇の戒めが、無敵を誇った彼女の自由を強引に奪い去った。


「ぐっ……がはっ……!!」


 再び鮮血をぶちまけ、糸の切れた人形のように崩れ落ちるバエル。

 だが、その献身が生んだ数秒の空白は、戦場に「異物」を顕現させるには十分すぎる時間だった。


 ストラノアを中心に、仲間たちが輪を成す。彼らの未熟な肉体から絞り出された魔力が、激しいスパークを散らしながら一点へと集束していく。地、水、火、風、そして空。相反する五大元素がストラノアの手の中で狂おしく衝突し、光さえも逃げられない漆黒の「穴」を形成していった。


 ――深淵の極点(テホムゼノスケトゥブ)!!


 全盛期の数十分の一とはいえ、それは事象の地平線を引き連れた極小のブラックホール。周囲の空気が凄まじい音を立てて吸い込まれ、コンクリートの破片が重力に抗って浮き上がる。


「な、なんだと……!? これはッ!」


 直撃の寸前、バエルの鎖を力ずくで引きちぎったベリアルが、魔剣エシュ・ケトゥブを盾に構えた。


 だが、遅い。


 放たれた漆黒の球体は、触れるものすべてを「無」へと変換しながら、猛然と突き進む。ベリアルが展開した多重防御障壁が、ガラス細工のように脆く砕け散った。


「――っ、おおおおおおおお!!」


 激突。


 凄まじい衝撃波が廃工場の屋根を吹き飛ばし、夜空を赤と黒の閃光が染め上げる。魔剣で受け止めたベリアルの体が、重力の濁流に呑み込まれて後方へと弾け飛んだ。鉄骨をなぎ倒し、厚いコンクリートの壁を幾重にも貫通しながら、彼女の姿が瓦礫の山へと消えていく。


 砂塵が舞う中、静寂が戻った。

 俺たちは、肩で息をしながらその光景を見つめていた。


 初めて、届いた。

 神の如き力を振るったベリアルに、俺たちの「今世の足掻き」が、確かな一撃を見舞ったのだ。


 ――――――――――――――


 硝煙が立ち込める中、ひとときの静寂が訪れた。

 あの一撃で終わったとは思っていない。だが、全生命力を賭した一撃だ、いくらベリアルといえど無傷では済まないはずだった。


 だが、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる音と共に、俺たちの淡い期待は打ち砕かれた。

 そこには、漆黒の球体障壁に守られ、傷どころか埃ひとつ纏っていない彼女が、平然と佇んでいたのだ。


「そんな……嘘でしょう……」


 ストラノアが絶望に声を震わせる。無理もない。あの一撃を、あの星を砕く如き深淵を真正面から防ぎきる存在など、この世にいていいはずがない。

 しかし、無表情に俺たちを射貫いたベリアルの瞳から、次の瞬間、鋭い殺気がふっと消えた。


「……はぁ。もう、やめにしよう」


 静かな呟き。彼女が纏っていた紅蓮の魔力が霧散し、燃えるような髪も、血の色の瞳も、元の「日野緋奈子」のものへと戻っていく。魔剣を虚空へと納めた彼女は、賢者の石を淡く光らせ、俺たち全員の傷と疲弊を瞬時に癒してみせた。


「……どういうことだ? ベルリアン」


「今更、こんな貧弱な体になってしまったお前たちを不滅の戦士にしたところで、何になろう。……お前たちは、もうとっくにこの世界の住人になってしまったんだね」


 少しだけ寂しげな視線が、俺たち一人ひとりを通り過ぎていく。


「私一人であの世界に旅立とう。お前たちはこの偽りの世界で、自由に、幸福に朽ち果てるがいい。……もう二度と、会うこともないだろう」


「……ベルリアン……」


 その横顔を見た瞬間、俺の胸の中にあった裏切りへの怒りが、別の感情に上書きされた。

 彼女はきっと、怖かったのだ。一人で元の世界へ帰るのが。

 誰よりもゲーティアという「家族」に依存し、誰よりも団員を愛していたのは、団長である彼女自身だったはずだ。あの非道な賢者の石の作戦だって、自らの心を引き裂きながら決行したに違いない。


 彼女が異空間へ俺たちの武器を消そうとしたその時、俺は叫んでいた。


「なぁ、ベルリアン! もういいだろ、復讐なんて。偽りの世界だろうが何だろうがいいじゃないか。あっちの世界は、あっちで進んでいく。怒りも憎しみも、夢も希望も抱えたまま。それはこの世界だって一緒なんだ!」


 俺は歩み寄り、彼女の前に立つ。


「俺たちには今、新しい人生がある。ストラノアには人を救う医者になりたい夢、バエルには人を笑わせる芸人になりたい夢。俺やオヤジは、いつか酒を酌み交わす約束をしてる。みんなに、この世界での明日があるんだ。……だから、あんたも、ここでみんなと一緒に生きてみないか」


「サミナギ……言うようになったね。戦いにしか身を置けなかった、あの無口な君が」


「だからだよ。俺みたいな奴を拾って、居場所をくれたあんたに……今度は俺が、孤独になってほしくないんだ」


 俺は、ベリアルの手を握った。

 驚くほど暖かい。

 世界を滅ぼす力を秘めた魔王のものとは思えない、ただの華奢な少女の手だ。


「この手に、憎しみや復讐なんて、ちっとも似合わないよ」


「そうだぜ、団長。確かにこの世界は欺瞞だらけかもしれねえ。だがよ、面白いもんも腐るほどあるぞ。自分の道が一つしかないあの世界と違って、ここは無限だ。……死ぬまで楽しんだって、バチは当たらねえだろ」


 オヤジがガシガシと頭を掻きながら、かつてのようにベルリアンの肩を組んだ。


「ちょっと……汗臭い。私が『女』になったってこと、少しは配慮しなさいよ」


「おおお、すまん! つい、いつもの癖でな!」


 そう言って笑うオヤジの顔に、ベルリアンも一瞬、呆れたような、けれど救われたような微笑を浮かべた。


「……でも、忘れないでほしい。私の中にある『日野緋奈子』の絶望も、この歪んだ世界を書き換えたいという切実な願いも、消えたわけじゃないんだよ」


 俯き加減に呟く彼女の言葉は、魔王の宣告ではなく、一人の少女の悲鳴のように聞こえた。


「それなんだけどよ……団長。もう少しだけ、待ってみないか。俺たちと一緒にさ」


 前世で最年長だったザガナスが、かつての荒々しさを削ぎ落とした、慈しみのある年長者の声で語りかけた。


「そうよ、ひなちゃんだって今まで自分の好きなことなんて、何一つやってこなかったんでしょ? 復讐の前に、やり残したことが山ほどあるはずじゃない」


 マーヴァス、ガーウィップ、そしてアグレイスが、吸い寄せられるように彼女を囲んでいく。


「今度みんなで遊びに行きましょうよ! 異世界に行かなくたって、その石があればいつでも移動できるんでしょ? せっかく可愛い女の子に生まれ変わったんだから、まずは一緒に、似合う洋服でも買いに行きましょう!」


「アグレイス、お前はおかま臭さが抜けないなぁ……。魔法なんてそうポンポン使うもんじゃないだろ、この世界じゃ。ま、それはそれとして。せっかくの美少女なんだ、俺と一回デートしてみないか? リーダー」


 相変わらずの女好きを発揮するアズムンドに、ベルリアンは毒気を抜かれたようにポカンとしている。かつての厳格な階級制度はもうない。今、ここにいるのは対等な魂の仲間たちだ。


「この世界には、確かに今も争いがあるわ。犠牲者の上に成り立つ偽りの平和かもしれない。……でも、あの綺麗な街並みも、溢れる笑顔も、明日への恐怖もなく眠れる夜も、確かな現実なの。私たちだって、そういう人生を謳歌したっていいはずよ。だって、今の私たちは……まだ、ただの子供なんだもの」


 ストラノアが、ベルリアンのもう片方の手をそっと包み込むようにして言った。


「そうだぜ。その上で、どうしても世界を塗り替えたいってんなら……その時はまた『ゲーティア』を再結成しようじゃねえか。世界を変えるための組織をな。だが、それは今じゃない。やりたいことを全部やって、それでも気持ちが変わらなかったら、その時は俺たちがいる。……俺たち家族が、な」


 オヤジの言葉が、彼女の頑なな心を解きほぐしていく。

 前世の罪も、失われた62人の同胞の悲劇も、消えることはない。けれど、彼らだって記憶はなくとも、この世界のどこかで新しい命を謳歌しているかもしれない。過去に縛られず、ただ「今」を生きる。それが人間としての、普通の、そして幸福な人生なのだから。


 ベルリアンの瞳から、剣呑な光が完全に消え去った。

 彼女は俺たち一人ひとりの顔を見渡し、やがて、日野緋奈子としての柔らかな涙を一粒だけ零した。


「……ずるいよ、お前たちは。……そんな風に言われたら、一人で地獄へ行くなんて、できなくなるじゃないか」


 夜の静寂に、彼女の小さな泣き笑いの声が溶けていった。

 12月25日。救世主の降誕祭。

 世界を地獄に変えるはずだった夜は、一人の少女を救い、バラバラだった家族を再び繋ぎ止める聖夜となった。

こうして、かつて異世界を震撼させた「ゲーティア傭兵団」の凄惨な戦記は、静かに幕を閉じた。


俺たちを縛り続けてきた前世の因縁、復讐という名の呪縛。それらは今、聖夜の寒空に溶けて消えていった。だが、魂に刻まれた「鉄の矜持」までもが消えたわけじゃない。

これは終わりではなく、始まりだ。

無限の可能性が広がるこの世界で、新たな「家族」の形を刻んでいく、新生ゲーティアの第一歩なのだ。


俺は隣に立つストラノア――いや、希良梨の手を迷わず取った。

指先から伝わる確かな体温。見つめ合う俺たちの間に、もう言葉はいらなかった。


「おいおい、見ろよ。こいつら、ここがどこだか忘れてイチャついてやがるぞ」


オヤジがニヤニヤしながら野太い声を上げる。


「えっ、マジかよ! お前ら、いつの間にそんな関係に!? とうとう、そういうことになっちゃったわけ!?」


アズムンドが仰天して指を差し、周囲がどっと沸く。


「うわぁぁっ、目の前のカップルが熱々すぎて、僕のカラッカラの喉が砂漠化しちゃったよ! 誰か至急、冷たい水1リットル! 砂塵が舞う前に持ってきて!」


バエルの全力の(そして少しばかり滑った)ギャグが夜空に響き、みんなが呆れたように笑い転げる。その騒がしくも愛おしい光景を、ベルリアンは穏やかな、一人の少女・日野緋奈子としての微笑みで見つめていた。



これから先、どんな未来が待っているのかは誰にもわからない。

この世界が、彼女の言う通り偽りの平和の上に成り立つ砂上の楼閣だったとしても構わない。


たとえ世界が嘘であっても、この掌のぬくもりと、共に笑い合える仲間たちの絆だけは、永遠に本物だから。


俺たちは、それぞれの「明日」へと歩き出す。

オリハルコンの剣も、魔王の力もいらない。

ただ、愛する者たちの手を離さないように、強く、強く握りしめて。


ここから、俺たち新生ゲーティア戦記の始まりだ。

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