【第二話】姫さまの専任護衛
第二話 姫さまの専任護衛
~ 姫エルサ side ~
「ルカを、姫さま専属の護衛に任命してはいかがでしょうか」
朝礼を終えて大広間を出ようとしたとき、お伝えしたいことがあります、と団長から直々に呼び止められた。
分かりました、ではこのまま私の部屋にて伺いますと返事をして、爺やと私と団長の三人でいま膝を向き合わせている。
ルカを専属の護衛にという、騎士団長からの不意の提案に、私は表情を変えないよう意識した。
どんな感情であっても、それをだれにも悟られてはいけない。
もはや姫として染み付いた習性だった。
直々に提案をするということで緊張しているのか、それとも私が表情を変えず、言葉すら発さないことから、私の気を悪くさせたと勘違いしたのか団長が矢継ぎ早に言葉を続ける。
「これから姫さまが行う外交が盛んになり、遠征へ出る機会なども多くなられることだと思います。そこで姫さまと同じ女であるルカであれば、姫さまのお気を煩わせることが限りなく少なく、身の近くに置きやすいかと考えました」
私の頭のなかは、いろんな考えでいっぱいだった。
女同士だから気を遣わない、それはそうだろう。
別に変なことではない。だけど。
すぐに肯定する答えを出してしまうと、客観的に見て、変に思われないだろうか。
ルカのことになると、私自身が変に意識をしすぎてしまって、冷静に客観的な視点で物事を考えることができなくなってしまう。
「団長として率直な意見を申し上げます。ルカの剣術はもちろんのこと、武術も騎士団のなかでは、群を抜いて出来る方であります。そのため、姫さま護衛の側近として、お近くに置くには適切な人物かと考えました」
団長は相変わらず、この提案に対する私の反応を探っている。
私はその提案に飛びついたように思われないよう、十分な間を取る。
なんだ、そんなこと、といった表情を取り繕って答える。
「要件は分かりました。考えておきます」
イエスでもノーでもない、ハッキリとしない答えだが否定はしなかった。
その答えに安堵したように団長は姿勢を一瞬緩めて、そのまま起立して姿勢を正し、騎士団伝統の敬礼をしてから、部屋を後にした。
どうしよう。
私はひんやりとした空気が張り詰める廊下を歩きながら考えていた。
私の心のなかは無邪気にはしゃぐ少女に近かった。
だが、ルカと距離を取ろうと決心した矢先に舞い込んできたこの話だ。どうしようか。
私が変に意識していることを除けば、現実的に考えて、都合の良い適切な話だった。
国内であっても、ちょっとした場所へ出かける際の専任の護衛。城内で過ごす際に行動を共にする護衛。
さらには自室で過ごす際に一緒にいてくれる存在。
その存在が女の同性であれば、たしかに必要以上に警戒する必要がなく、私が気を使わない部分も多いと考えるのはそうだろう。だが、どうすれば。
こんなふうに答えに迷う問いに直面したとき、私は姫でありながらも、たった一人の人間なのだと痛感する。最終的な答えは結局は自分でしか出せず、その答えを導くための考えや悩みですらも自分にしか分からないのだから。
孤独な存在。
それは私が姫だからではない。人間なら誰しもが孤独なのだ。
そんなことまで考えながら、私はふと、廊下の窓から外を見る。
夜の帳が下りて辺りいったいは暗くなり、民家からはロウソクで灯った淡く朧げな光が見える。いまにも消えそうに儚く、でも、たしかに燃え続けている。
揺らめきながらも、確実に点在する灯火を見ながら、私の視線は決意に固まっていく。
この一つ一つの灯火を、そのすべてを守る責任が私にはある。
それは私がこの国の姫だから。
もしいま私がいなくなっては、この国はどうなるか分からない。
お父様もお母様も、私にこの国の行く末を託したのだから。
私には、まだ一緒にこの光を託せらると信じられる者がいない。
いつか現れると信じていた人物はいずこへ。
どれだけ光を信じていても、光の道を進んでいると信じていても、人間は弱く迷うもの。
だから、いつでも光の方を向いている者を探さなければ。
それを考えているとき、二つの力強い瞳が脳裏に蘇った。
ルカ。
図書部屋で間近に見た、あの純粋な二つの瞳。
自分の魂が喜んだあの瞬間。
それはもはや直感に近い感覚だったが、私が私に生まれた意味を感じた瞬間だった。
私は、姫として、さらには自分という一人の人間として、ルカを信じてみたい。
自分を信じたい。
そのとき、私は決心した。
明日の朝礼後、ルカを交えて話をする場を設けるよう団長に告げて、と爺やに伝えた。
~ ルカ side ~
「姫さまから、直々に伝令があった」
朝礼後は城内の応接部屋まで来い、お前にとって光栄な栄転だぞ。
そう得意げに言い残して、団長が去っていった。
私は驚いた表情のままその場に立っていた。
後ろから朝礼へと急いで追い抜かしていく同期たちが、廊下の真ん中で立ちすくんでいる私を不思議そうに見ながら、追い越していく。
姫さまから直々の伝令? 私にとって光栄な栄転? エクセスの称号を得るには、まだなにも成し遂げていない。では、それ以外の用件ではなんだ? そう考えても答えが分からなかった。
それよりも気になるのは、姫さまから直々に、という点だ。
図書館での出来事なんて、まるで存在していなかったかのように振る舞っている姫さまが一体私になんの要件なのだろう。
私はあの出来事を何度も反芻して、言葉を思い出していた。
自分が思い上がっただけの勘違いだったのだと。
事実以上に意味合いを持たせてしまったのは、私だけだったのだと思い直していたのだ。
でも、思い返すたびに姫さまの意味ありげな言葉と表情が頭から離れてくれない。
「ずっと、触れてみたかった」
たしかに、姫さまはそう言っていた。
ずっと、という言葉に込められた意味の先を私は考えないようにしていたけれど。
追い越していく騎士団の制服の後ろ姿が少なくなっていることに気がつき、私は急いでまばらな背中たちを追い越そうと歩き出した。
あれこれと頭で考えているだけでは、なにも始まらない。
考えたちを振り切るように大広間へと足を進めた。
◇◇◇
大広間で整列した場から、そっと姫さまを見上げる。
いつもと同じように、少し先を見通すかのように厳かに挙げられた顎先。
私の騎士団としての今後を左右するであろう要件など、姫さまにとってはおそらくなんてことはない出来事なのだろう。
もしかしたら、私を試すのかもしれない。
この国の歴史上、初の女性騎士として相応しい実力かどうか。
なにかしらで期待を越えられなければ、おそらく私の首はないだろう。
私の代わりなんて、いくらでもいるのだから。
そんなことを考えていたら朝礼が終わっていた。
◇◇◇
「ルカ、こっちだ」
朝礼後に扉が開け放たれた応接部屋で一人待機していたら、団長がやって来てそう言った。
朝礼のときとは違う静かな声に緊張が高まる。
私は立ち上がり、団長の一歩後ろに続いた。
おそらく姫さまのお部屋なのだろう。
重厚な扉を目の前に、団長の一歩後ろで待機する。この目の前に聳え立つ分厚い扉を開けた先には、おそらく姫さまがいらっしゃる。
「失礼いたします!」
廊下に響くほど野太い団長の声を合図に、扉の前で騎士団伝統の敬礼をする。
分厚い扉が開かれる。
私は敬礼をしたまま、視線をできるだけ動かさないよう部屋の様子を伺う。
重たい扉を開けてくれたのは、爺やと呼ばれている姫さまの近くにいる者だろう。ずっと昔から姫さまの身の回りのお世話をしている者だと聞いたことがある。背丈が小さい爺やの背後から、
「どうぞ、入ってください」
まるで花が咲くように、優しくも厳かな声が聞こえた。姫さまだ。
こちらに背中を向けた状態で、なにか書類に目を通している。
「例の件で、ルカをお連れしました」
団長が私に、部屋のなかへ一緒に進むようにと手で促す。
「失礼いたします!」
私も団長に倣って、まるで騎士団の訓練で隊列を組むときのように大袈裟に足を一歩前へと進める。
姫さまへの距離が一歩近づく。
この前に気づいたことだったが、私の方が姫さまよりも少し身長が高い。そして、姫さまはスラリと細い体付きだった。それが私には意外だった。
朝礼でお見かけしていた姫さまには、どこか壮大で大きいイメージがあったから。
「昨日、団長から護衛をつけてはどうかと提案がありました」
書類に目を通しながら、姫さまが言う。
なんのことかと分かりかねて、私はなにも言えずにその場に立ち尽くす。
姫さまが書類を机に置く。椅子を引いて立ち上がる。その瞬間、私は息を呑む。
姫さまが振り返って、目が合う。
あの茶色い瞳だ。
図書部屋で間近に見た、あの瞳。
私は長い時間、ただ見惚れて不格好になってしまってはいなかったかと不安になった。
「貴方に、お願いできますか?」
あの日のように、白いワンピースを着た姫さまが真正面から私に問う。その両手は腰の少し下で重ねられており、目は真っ直ぐに私の瞳を貫いていた。
姫さまのちょうど後ろに天井まで伸びる大きな窓が嵌め込まれている。そこから指す溢れんばかりの光が、まるで後光のように私たちに降り注ぐ。逆光のなか、瞳にも光が灯っていた。
その瞳から窺える真剣さに私は、負けじと見つめ返した。
その瞬間、まるでこの空間に姫さまと私の二人しか存在していないかのような感覚に包まれた。
要件はいま分かった。姫さまの護衛として私は任命を受けたのだ。
「誠に有り難く、大変光栄なことであります!」
私は大きな声でそう言い、あらためて敬礼をする。
ふふふ、まるで硬い石のように張り詰めていた空気が一気に和らぐ。
「相変わらず、真面目なのね」
笑って目尻に溜まった涙を人差し指で拭いながら、姫さまが笑う。
私の口元も自然と緩んだが、あらためて責任の重大さに手のひらに力を込めた。
姫さまも、さっきまでの笑みから、真剣な目つきへと変わる。
目の奥に力を感じる瞬間。その瞬間を私はこの目で見た。
~ 姫さま side ~
「私は貴方のことを信じたいと願った自分を信じます。これからよろしくお願いしますね、ルカ」
振り向いてルカと目が合ったとき、団長の隣に立つルカの顔は引き攣っていた。
それは緊張なのか、それとも。
私情を挟むべきでは決してないのに、どうしても気になってしまう。
その心のうちを知りたいと願ってしまう。
だが、いまはそんな私情の些細なことを気にかけている場合ではない。
私はこの国を守るため、自分の身を守るために、最適で最善の判断をしたまでだ。それは決して変わらない。
たけど、最後に見つめ合ったとき、ルカの瞳の奥が鋭く覚悟を決めた瞬間を私は見逃さなかった。
私はルカのその瞳と覚悟を信じたのだ。
敬礼をしてから、部屋から去って行くその後ろ姿を私は見ていた。
団長とほぼ変わらないほど高い背丈。でも、ルカの方が頭は小さく、体つきもスラリと華奢でくびれがあるため身長が高く見える。男性である上官と並ぶと、その差は顕著だった。
これから私は、護衛となったルカと多くの時間を共にすることになる。
そんな事実に踊る胸から、つい叫んでしまいそうになる。
貴方と二人で守るこの国。いままでは一人きりで一段一段おぼるしかなかった孤独な階段も、もう少しは心強く感じるようになるだろうか。
そんな期待に胸を高鳴らせながら、私はあることを考えていた。




