Ⅲ-EP.7 過去の残り火【⭐︎挿絵】
「何の騒ぎだい」
硬い靴音が、落ち着いた足取りで階段を上がってくる。
階段上に現れたのは、獅子族の女将エンジュ。
豊かな鬣をまとめ、鋭い黄金の瞳が二階廊下にいる娼婦たちを見据える。
「姐さん」
「市場の黒猪族から聞いてる、問題ない」
エンジュは扉の前で腕を組んだまま動かないルシアーナを見やり、頭の先から爪先までゆっくり値踏みする。
「フラミンゴか、派手だね。その気があるなら、うちで働くかい」
「冗談じゃねぇ」
ルシアーナが吐き捨てた直後、背後の扉がわずかに軋む。
肩越しから、部屋の中にいたリフがそっと顔を覗かせた。
気配に気づいたエンジュがゆっくり顔を向け、黄金の瞳がリフを正面から捉える。
「あんた……」
リフは、息を吐くように呟いた。
「獅子族……」
エンジュの口元から笑みが消えた。
「この人間を、外へ出しな」
低く、はっきり言い放つ。
「今すぐに」
一歩前へ出て、エンジュはリフとの距離を詰めた。
「あんたを、ここに招く訳にはいかない」
言葉を区切り、重く続ける。
「理由なら、わかってるはずだ」
ルシアーナの肩がぴくりと動いた。
「なんだと、てめぇ」
「ルシアーナ、いいんだ」
リフが袖を掴んで引き止める。指先には思わず力がこもっていた。ルシアーナは一瞬だけ歯噛みしたが、踏み出しかけた足を止めた。
リフは迷うように俯き、ゆっくり顔を上げてエンジュへ向き直る。
「あの、獅子族のみんなは……ライオルは、」
エンジュの瞳の色が、はっきりと変わった。
瞳孔が開く。隠す気もない怒りが、その奥に浮かんだ。
「その名を、お前が口にする資格はない」
押し殺した声だった。
「あんたが生き延びたその裏で、何が起きたか、本当に分かってるのかい」
リフは視線を落としたまま、動けなかった。
喉の奥が、ひりつくように痛む。
「国は焼かれた。獅子族の城も、跡形もなく」
言葉が落ちるたび、リフの胸はきつく締めつけられた。
「ライオル様は──」
エンジュの顔から最後の温度が消え、声に残っていた抑えも途切れた。
「生きたまま焼かれたんだよ!!」
怒鳴り声が、薄暗い廊下を打った。
「嘘だ……」
リフは焦点の合わない目のまま後ずさった。
「分かったなら出て行きな」
エンジュが声を張り上げる。
「今すぐ!二度と、ここへ来るんじゃない!」
「てめぇ!」
ルシアーナが怒鳴り返そうとする。
リフはその前に身を翻した。そのまま、娼館の外へ飛び出す。
「リフ、おい、待て!」
追いかけようとした背に、エンジュの声が投げられた。
「あんた、あれが何者か、知ってて一緒にいるのかい」
ルシアーナの足が止まる。
「忠告だ。知らないなら、まだ間に合う。今すぐ離れな」
「リフは、いいやつだ。それで十分なんだよ」
肩越しに言い残す。
「クソババア」
吐き捨てると、ルシアーナは階段を降りていくリフの背を追った。
入れ替わるように、館の入口が開く。
長く弧を描く黄金の角が、紅い灯りの下に現れた。
クラヴィオは、階段を降りてくるド派手なピンクの長い髪に目を留めた。
「フラミンゴ族?」
すれ違った瞬間、空気がわずかに張りつめた。
硬く澄んだ気配が走り、背筋に違和感が噛みつく。
「……いや」
思考が跳ねる。
「擬態?まさか竜属か、なぜこんな所に」
ルシアーナはちらりと振り向いた。
紅い灯りの中に、黄金の角、異様な存在感。
「お前……麒麟属かよ」
「おい、待て」
「うるせぇ」
呼びかける声も届かず、ルシアーナは通りへ踏み出す。
人の流れに紛れ、ド派手なピンクの髪は遠ざかった。
階下の笑い声と酒気を背に、クラヴィオは階上へ向かう。
階段を登ってきた影に、エンジュは反射的に頭を下げた。
「クラヴィオ様!今宵は、行き届かず」
遅れて、ピーリアとコハクも身を低くした。
「すぐに、お好みの者を」
「いや。あとでいい」
クラヴィオは通りすがりにそう返し、廊下の奥へ向かった。
「この奥にいるのは、拾った蝙蝠族だったな」
「さようで」
エンジュは、もう一度深く頭を下げる。
「会わせろ」
クラヴィオは廊下の奥へ進み、扉を押し開いた。
「……は。まさか、てめぇかよ」
寝台の上の蝙蝠族を、見下ろす。
気配を探るが、何も返ってこない。
「擬態してる上に、瀕死か。これじゃ、存在に気づけるはずもねぇ」
クラヴィオは近くの椅子を引き寄せ、無遠慮に腰を落とした。
「竜属のゼルファルド。こんな所で、何してやがる」
脚を組み、喉で小さく笑った。
「四神座の宴で会ったきりだな。覚えちゃいねぇか」




