Ⅲ-EP.6 艶街の再会
「なあ、お前、なんでずっとそれしか食わねぇんだ」
向かい合ってテラス席に座るルシアーナは、肉を骨ごと噛み砕きながら、リフの手元を見る。
「それ。砂みてぇなブロック」
リフはコアレットを指で転がし、また一口かじった。
「うーん、これで足りるから」
「何度も言うけどな、足りてねぇって」
二人の周りでは、獣族たちが思い思いに腰を下ろし、食い、笑っていた。
昼のざわめきが、途切れなく流れている。
通りを行く獣族の男達が、ルシアーナに目を留めて口を開きかけ、彼女はそのたび牙を覗かせて睨み返す。
「ったく」
吐き捨てたルシアーナが通りの奥へ顔を向けた瞬間、分厚い体躯の黒猪族が椅子をきしませながらリフの隣へ腰を下ろした。
「よぉ、見つかったぞ、あんたの探してる蝙蝠族」
奴隷商人の黒猪族ドグールは、突き出た牙を覗かせながら低く鼻を鳴らした。
「本当に?」
「南街道だ。マーケットゼロの外縁。そこから傷だらけの蝙蝠族を、何人かで運んだって話がある」
ドグールは指先で卓を軽く叩きながら続ける。
「歓楽区画の艶街に運び込まれたらしい」
「艶街?」
「あぁ、そこを取り仕切る娼館の女将にゃ、話は通してある」
「ありがとう」
椅子から身を乗り出しながら、リフの声が弾んだ。
ドグールは視線をルシアーナへ滑らせる。
「あんたの探してるのは、見当たらねぇな。銀の髪に真紅の瞳か、そんな目立つのがいりゃ、嫌でも噂になる」
ルシアーナは肉を噛み砕いたまま、鼻で笑った。
「そうか」
ドグールはそれ以上何も言わず、椅子を引いて立ち上がる。重たい足音が遠ざかり、人混みに紛れていった。
「行くぞ」
いつの間にか、ルシアーナが立ち上がっていた。
「あの黒豚、やるじゃねぇか」
「猪だよ」
「同じだろ」
リフは笑い、残っていたコアレットを口に放り込んだ。
そして、勢いよく椅子から立ち上がった。
*
赤と紫の灯りが路地に滲み、艶街の夜が昼の面影を押し流していた。
誘う声、甘い笑い声、ひそめた囁き。
ひときわ強い灯りに照らされた建物の前で、二人は足を止めた。
ルシアーナが扉を押すと、甘い香と熱が一気に溢れ出す。
「すごい場所だね」
リフは少し遅れて中へ入り、むせるような香と熱気に思わず周りを見回した。
階段を下りてきた孔雀族の娼婦が、ふと足を止める。
腰の艶やかな羽を揺らし、リフとルシアーナを見て目を瞬かせた。
「あれ、お客さん?フラミンゴ族と、人間?」
ピーリアは首を傾げ、尾羽の飾りを揺らした。
「ここに、蝙蝠族の男がいるはずだ。出せ」
「えっ……」
「さっさと出せ。案内しろ」
ルシアーナは歩み寄り、床を踏み鳴らす。
周囲の客たちが、ざわめきながら次々とこちらを見始めた。
ピーリアの背後で帳が揺れ、白い尾をゆらした狐族の女がゆっくり姿を見せる。
「いいよ、案内してあげる」
「そんな!コハク」
「話は聞いてるから。通していい」
ピーリアは唇を噛み、露骨に眉をひそめた。
コハクは返事をせず、二人の顔を順に見て口を開く。
「人間とフラミンゴが一緒に蝙蝠族探しとはね」
白い尾が、ゆるく揺れた。
「こっちよ。意識はないけど、生きてはいるわ」
背後でピーリアが睨みつける気配を受けても、コハクは振り返らない。
そのまま、二人を連れて二階へ向かった。
*
室内は薄暗く、甘い香の匂いが空気に溶け込んでいた。
奥の寝台だけが、淡く灯りに浮かんでいる。
「行ってこい」
背中を押され、リフはそのまま部屋へ入る。
背後で、扉がゆっくり閉まる音がした。
淡い灯りの下、横たわる影が、近づくにつれてはっきりしていく。
その顔を見た瞬間、リフの足が止まった。
「……ゼル」
寝台の脇まで歩み寄り、身を屈めてゼルの顔を覗き込む。
閉じた瞼。
白い頬に落ちる、漆黒の長い髪が、呼吸に合わせて、かすかに揺れている。
その様子を、言葉もなく見つめ、胸の奥で張りつめていたものが、ゆっくりほどけた。
「……よかった」
安堵が込み上げ、膝が、静かに床に落ちた。
声は、ほとんど音にならない。
指先を伸ばし、躊躇うようにその温もりへ触れた。
「ちゃんと、会えた」
リフは寝台の縁を掴んだまま、俯いた。
視界が滲み、こぼれた雫が頬を伝って寝台の布へ落ちた。




