表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界で、君だけが獣を王にした  作者: そよら
フェーズⅢ. 巨大交易都市マーケット・ゼロ
35/39

Ⅲ-EP.4 市場の檻

 朝の市場通りは、すでに人で溢れていた。

 ルシアーナは歩きながら、紙に包まれた肉詰めパンにかぶりつく。噛みちぎるたびに、肉汁が指に滲む。


「人探しと言えば、市場だろ」


 口にまだ肉詰めを残したまま言い、隣を歩くリフの肩を肘で軽く押す。


「市場には、物も、噂も、すべて集まる」


 通りの流れは途切れることなく、大広場の方へ吸い込まれていく。


「お前、金は持ってるんだろ。タダで話すやつは少ない」


「多少はあると思う」


「なら問題ない」


 ルシアーナは残りを口に押し込み、油の染みた包みを丸めて、通りの端へ放った。


「そういえば、朝飯、さっきの一個で足りるのか」


「え?」


「朝、食ってただろ。砂を固めたみたいなブロック」


 彼女は歩調を変えず、リフの腕へ目を向ける。袖の下に浮かぶ骨の輪郭を確かめるように眺め、そのまま顔をしかめた。


「ちゃんと食わねえから、そんなガリガリなんだ」


「まぁ、あれしか食べられないって言うか」


「人間って、そんなもんか」


 ルシアーナは納得したのかしていないのか分からないまま、肩をすくめた。


 市場の中心へ近づくほど、人の流れは密度を増していく。


「ほら、あっちだ」


 ルシアーナが顎で示した先には、多種多様な獣族が溢れていた。天幕の中は、熱気に包まれている。


「人探しなら、まずあそこだろ」


 そう言って、ルシアーナは人の隙間へ迷いなく踏み込んでいった。

 リフは一歩遅れて、その背中を追う。

 肩と肩がぶつかり、押し流されそうになった瞬間、背中の奥を細い針でなぞられたような感覚が走った。


 刺すような感覚。

 昨日と、同じ。

 広場の奥へ導かれるように引き寄せられてしまう。


「おい、リフ、待て!」


 リフの足は止まらない。


「そっちじゃねえって言ってるだろ!」


 背後から投げられたルシアーナの声を受けても、リフの歩調は変わらなかった。

 そこに、何かがある気がした。


 天幕の裏に、積み上げられた檻が見えた。

 奴隷市目当ての獣族たちが、集まり始めている。

 檻の列が、はっきり見える距離まで来たとき、視線が、合った。


 布を掛けられた小さな檻。

 その中に、誰かがいる。

 リフはさらに数歩進む。


 列の一番奥、小さな檻がひとつだけ離されるように置かれていた。

 傷だらけの白い身体。

 乾いた血に汚れた白銀の髪、裂けた純白の外套。

 イサリスの部下の片割れ。


「あの時の、白蛇族!」


 リフは檻の前へ膝を落とし、鉄格子へ手を伸ばす。


「なんでこんな所に、ゼルは?!」


 檻の中の男の唇が動く。乾いた皮膚がひび割れ、かすかな音が漏れかけた、その時だった。


「おい、何やってる。そんなとこで、しゃがみ込んで」


 追いついたルシアーナが、顔をしかめた。

 檻の中の男を見て、眉間を寄せる。


「白蛇か。薄汚れてんな、知り合いか?」


 檻の中の男は答えない。ただ、乾いた瞳でリフを見返していた。


「おいおい、そいつに触るなよ」


 背後からかけられた声に、リフはゆっくりと振り返る。

 すぐ後ろに、黒猪族の半獣人が立っていた。鼻先は前へ突き出し、口の端からは、黄ばんだ牙が覗いている。粗末な外套の胸元には、鉄の鍵束がいくつも吊られていた。


「まさか人間が獣族を買いたいのか?人間は売られる側だろ」


 黒猪族はリフと檻の間へ視線を滑らせ、愉快そうに鼻を鳴らす。


「そいつは門の外でぶっ倒れてたんだよ。最初は死体かと思ったがな。まだ息があった。声かけても、何聞いてもだんまり」


 肩をすくめると、腹の肉が外套の下で揺れた。


「登録証もなし。そう言う奴は罪人か、厄介者か。身元不明で暴れるやつは、どっちにしろ、市場行きだ」


「だからって、こんなひどい扱い」


「文句があるなら、買い取ればいい」


 言葉を遮るように、黒猪族は即座に返す。


「市場はそういう場所だろ」


 合図が飛び、数人の獣族が檻の脇に回り込んだ。

 金属が鳴り、檻が持ち上げられる。


「待って、」


 リフの声が、途中で切れた。

 檻はそのまま天幕の奥へ、運ばれていく。


 *


 ざわめきが一段落ち、視線が一斉に上へ集まる。

 競り台に上げられた獣族や人間たちを、リフは見つめていた。


 横一列に並ばされ、番号を呼ばれるたび、ひとりずつ引き出されていく。

 競り落とされた先で、何が待っているか。

 拒めず、命令され、壊れるまで終わらない。


 リフの指が、いつの間にか強く握られていた。

 爪が掌に食い込む。

 思い出そうとしたわけじゃない。

 痛みを感じる前に、ただ、体が先に思い出してしまった。


「これで、」


 視線を逸らさないまま、ルシアーナの袖を引いた。


「これ全部で、あそこにいる人間と獣族、誰にも踏みにじられずに済むと思う?」


 ルシアーナは一瞬、何を言われたのか分からない顔をして、リフの手にある布袋へ目を落とす。

 握られた布袋。その口がわずかに開き、重なった金貨の縁が光を受けていた。


「全部、使う気か」


 リフは、短く頷いた。


「バカだな、お前」


 口端を軽く上げルシアーナは、競り台の方へ一歩踏み出し、胸いっぱいに息を吸う。


「聞け!!」


 広場に、よく通る声が響いた。


「人間も、獣族も、まとめて、この場に出てるやつら、私らが買う!」


 視線が一斉に集まる。


「こいつら、全部だ!!」


 *


「本当に全部、買い取る気か」


 競り台の喧噪から一歩外れた天幕の裏、黒猪族の奴隷商人は腕を組んだまま、値踏みするようにリフの全身をゆっくり見回した。


 リフは布袋の口をほどき、台の上に金貨を置いた。


「これで登録証も、出してもらえるよね。みんな、きちんと解放してほしい」


 黒猪族は、並べられた金貨に視線を落とした。

 鼻先を鳴らし、短く笑う。


「気前がいいな、人間」


 外した鍵束を、黒猪族は無造作に卓の上へ滑らせた。


「ほら、檻と鎖の鍵だ。登録証の手続きもして、間違いなく解放してやろう。約束は必ず守る」


 ルシアーナは受け取った鍵を指先で弄び、檻へ向かう。金属が鳴り、扉と鎖が次々に外されていく。

 鎖を外す開錠音が続く中、リフは黒猪族へと視線を戻した。


「もう一つだけ、いいかな」


 黒猪族が鼻を鳴らし、続きを促す。


「俺と連れの女性は、それぞれ獣人を探してて。何か耳に入ることがあれば、知らせてもらえると嬉しいんだ」


「保証はできん。だが、入る噂は拾ってやろう。後で名や特徴があるなら、聞かせろ」


「ありがとう」


「獣を売り買いする連中は、案外、口が軽い。仲間連中に知らせておいてやるよ」


 その言葉を聞いてから、リフはその場を離れた。

 イサリスの部下が囚われている檻の前へ立つ。

 リフは何も言わず、鍵を差し込み、回した。


 低い音がして、扉が開く。


 鉄格子の向こうで、白蛇族の男が顔を上げた。

 その目を見た瞬間、リフは確信した。

 あのとき見た白蛇族──イサリスの部下。

 双子の片割れ、アルベルク。


 リフはアルベルクの手首に手を伸ばし、鎖の留め具に鍵を差し込み、短く捻った。

 留め具が外れ、鎖は支えを失ったように床へ落ちた。


「何のつもりだ」


 アルベルクは、自由を取り戻した両手を見つめ、それから、ゆっくりとリフを見た。


「助かって、よかった」


「くだらない」


 それだけを吐き捨て、傷ついた身体を引きずるようにして踵を返す。  


「あっ、あの」


「恩に着るつもりはない」


 歩きかけたアルベルクが、わずかに止まる。


「やつは、生きてる」


「えっ……」


 次の瞬間には、人の流れの中へ紛れ、白蛇族の背中は見えなくなりそうになる。


「待って!!」


「おい、リフ!」


 背後から叩き割るような声が飛んできて、振り返る。広場の端で、ルシアーナが腕をぶんぶん振っている。

 開け放たれた檻のそば、解かれた鎖の近くに人間と獣族が固まって、こちらを見ていた。


「こいつらが礼言いてぇってよ、さっさと来い!」


「う、うん」


 リフが背後に視線を戻した時には、白蛇族の影はどこにもない。人の流れだけが、何事もなかったように続いている。


「さっきの、知り合いか?」


「……少しだけ」


 リフは短く答えた。


「あの白いの、どこかで見た覚えがあるんだよな」


 去っていった方向を睨むように見たまま、ルシアーナは舌打ちを飲み込む。


「……この姿のままじゃ、気配がうまく掴めねぇ」


 ルシアーナはすぐに表情を戻し、肩を竦める。


「まあいいや。さっさと来いよ」


 リフは小さく頷き、解放された奴隷たちの方へ向き直った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ