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この世界で、君だけが獣を王にした  作者: そよら
フェーズII 森に棲む銀灰の獣
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II-EP.6 記憶の影

 早朝の森の空気は、冷たく湿っていた。


 枝をかき分けて進むたびに、濡れた葉がリフの肩に触れる。

 静かすぎて、なにか見えないものがこちらを窺っているような気がして、少しだけ足が重くなった。


 リフは目を凝らしながら、地面や茂みを探って歩く。


「あった!!」


 岩の隙間に、小さな薬草が揺れていた。

 ナトカに言われた特徴と合っている。


 しゃがみ込み、根を傷つけないようにそっと手折る。


 ひとつ、手の中に収めると、少しだけ呼吸が楽になる気がした。

 ナトカに頼まれた材料はまだまだある。 


 深い森の奥へ進むたび、細かい傷が手や足に増えていった。


 低い枝、鋭い葉、棘のある蔓草。

 避けたつもりでも、服の上から容赦なく擦れていく。


「痛ッ」


 声が漏れるより先に、また赤い線が小さく指先に滲んだ。


 リフは立ち止まり、切れた指先をそっと口にくわえた。


 生ぬるい血の味が、舌にじわりと広がる。

 ふっと呼吸が止まった。

 喉の奥が冷えて、脳裏に嫌な沈黙が戻ってくる。


 強烈な記憶のフラッシュバック。


 実験台の上、照明の光は容赦なく眩しくて、

 いつも目の奥が痛んだ。

 瞼を閉じても焼きついたまま、今でも消えない。


 そこにいたあいだ、 

 自分はずっと、誰のものでもなかった。


 そう、思いたかった。


 でも実際は、あそこで生まれてからずっと、

 誰かの所有物だった。


 炎のような赤と、光を帯びた金色の流れるような長い髪。

 その姿は、とてつもなく美しかった。

 ただ、どうしようもなく、恐ろしかった。


 形容し難い美しい微笑。

 いつも、優美で、気高く、優しく。


「よく耐えたね、偉い子だ」


 そう言って、リフの髪を撫でた指は、さっきまで淡々と冷酷に実験室で器具を扱っていた手だった。


 傷ついた体をなぞるのは、

 優しい声と、細くしなやかな指先。


 肉を裂かれ、神経を焼かれる痛みのあとで、

 優しく褒められるたびに、体のどこかが冷たく凍っていった。


 アーヴェント卿──


 彼の手から逃げたあとも、何度も夢に出てきた。


 リフは口から指を離す。

 血の味が、まだ舌に残っていた。

 手の中の薬草を見つめ、ゼルのことを思った。


 言えないことがたくさんある。

 誰も犠牲にしたくないし、絶対に巻き込んではいけない。

 だから、絶対に知られてはいけない。


 たぶん、言えないことがある者同士だから、

 こんなふうに隣にいられる。


 どちらかが話せば、全部崩れてしまうかもしれない。


 だから言えない。


 リフはゆっくりと目を閉じて、ひとつ息を吐いた。


 森の匂いが、血の味を少しだけ遠ざけてくれた。


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