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この世界で、君だけが獣を王にした  作者: そよら
フェーズII 森に棲む銀灰の獣
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II-EP.5 越えられない距離

「ふかふかだ」


 リフは毛布を胸元まで引き寄せ、幸せそうに目を細めた。


「こんな寝心地、経験したことない」


 深く沈み込む寝台に身体を預ける。


 寝台の端で、ゼルは腰を下ろしていた。

 ブーツを手に取り、無言で手入れをしている。


「そんなに嬉しいか」


「うん。こんな気持ちのいいとこで寝るなんて、信じられない。甘いコアレットも初めて食べたし」


 リフは素直に笑った。


「ゼルは、こんなベッドで寝たことある?」


 ゼルは苦笑しながら肩をすくめる。


「以前の部屋は、これよりデカくて、遥かに豪華だった」


「え、そうなの?」


「まあな」


「見栄、張らなくていいよ」


「張ってない」


 ゼルはむっとしたように顔をそらした。

 その横顔を見て、リフは声を立てずに笑う。


「ほら、真ん中占領するな、少し寄れ。」


「あっ、ご、ごめん!」


 慌てて端に寄ると、寝台がきしんだ。

 ゼルはブーツを床に置き、静かに寝台へ入る。


 毛布がふわりと広がり、ふたりの間に温かな空気がそっと流れ込む。


 毛布の中で、リフが小さく身じろぎした。


「ゼルが、前にいた場所って、どんなとこだった?」


「贅沢だった。何も不自由はない」


 声は低く、感情を含まない。


「だから、何も大事じゃなかった。守りたいものもない」


 少し間を置いて、続ける。


「俺の国に、人間はいない」


「……そっか……」


 返事はそこで途切れた。

 リフの呼吸は、すでに半ば安心して眠りの深さに落ちている。


「お前は?」


 答えは返らない。

 ゼルは天井を見つめたまま、低く呟く。


「守りたいもの、」 


 誰に向けるでもない声だった。


「とっくに出来た」


 その言葉だけが、静かに残る。

 ゼルは横を向いたまま、しばらく黙る。

 眠っているリフの顔が、すぐそばにある。


 あっという間に眠りについた隣の気配は、

 一定のリズムで、深くなっていく。


 毛布の縁から、頬がわずかに見えていた。

 そっと頬に触れた。


 柔らかい。

 指先に、かすかな熱が伝わる。


 触れていたのは、ほんの一瞬だった。

 ゼルは指を引き、何もなかったように天井へ視線を戻す。


 隣で安堵して眠る横顔。

 胸の奥で小さく疼くものから目を逸らす。


(触られたくない、か……)


 その言葉だけが、まだ重く沈んでいる。


「なんで──」


 不意を突いて出た言葉をまた飲み込む。


 やがて、ゼルの呼吸もゆっくりと深くなり、眠りへ沈んでいった。


 *


 明け方リフは違和感を感じて、隣で静かに眠るゼルの肩に、そっと触れた。


 珍しくゼルは深く眠ったまま、まったく反応しない。


  いつもなら、必ず自分より先に起きている。

 浅い眠りで何かの気配を感じると、すぐに目を覚ますゼルが眠ったまま、呼びかけに全く応じない。


「ゼル?」


 小さく名前を呼んで、体を少し揺らしながら呼びかける。

 返事は戻らず、胸の奥がざわりと逆立った。


 呼吸はある、けれど浅く、弱い。

 リフの喉がぎゅっと縮む。


「どうしよう、おかしい!」


 急いで寝台を降り、廊下へ飛び出した。


「ナトカ!!」


 リフは必死で扉を叩いた。


「どうした」


 ナトカが訝しげに中から出てくる。


「ナトカ、どうしよう!ゼルが起きない!!」


 リフに呼ばれて、ナトカは無言でゼルの元へ向かった。

 寝台へ近づくと、静かに片膝をつく。


「鼓動が浅い、呼吸も弱い。代替ルーメンが、まったく効いていない」


「どうして突然、こんなことに」


 声が震える。

 ゼルの胸の上下は、今にも止まりそうなほど弱々しい。


「こいつ、本当に蝙蝠族か?」


 ナトカの眉がわずかに寄った。

 リフはハッとして、いつかのヴォルガとの会話を思い出す。


「擬態かって、前にそう言われてたことがあった」


「擬態?なぜわざわざそんなことを」


 リフは分からないと、首を左右に振る。


「擬態できる獣族なんて、限られている。爬虫類系の一部の種族か、妖狐族、鳥族にも稀に可能な種族がいると、聞いたことがあるが」


 ナトカは言葉を切り、リフを見た。


「あとは、神獣」


 リフは何か胸の奥に引っかかったものを、思い返していた。


「分からない。でも、」


 小さく息を呑み、思案するように眉を寄せた。


「夜空いっぱいに広がってた、黒銀の、大きな鋼みたいな六枚の翼」


「はは、冗談みたいな話だ。まさか、竜か。神獣が地上をうろつくなんて、まずありえない。俺だって今まで一度も見たことがない」


 ナトカはわずかに眉を寄せ、ゼルの胸の上下を確かめながら続ける。


「だがもし本当にそうだとしたら、蝙蝠族用に調合した代替ルーメンなんて、効くわけがない」


「どうすればいい?」


「森に行けるか、取ってきてほしい材料がいくつかある」


 リフはこくりとうなずきながら、ちらりとゼルの顔を見た。


 ゼルの睫毛がわずかに揺れる。


「ゼル?!」


 寝台の上、ゼルがかすかに目を開けた。

 焦点はまだぼやけていて、表情も読めない。

 けれど口元が、わずかに動いた。


「大丈夫だ」


 かすれた声に、リフは思わず身を乗り出す。


「行くな。問題ないから、どこにも行くな·······」


 それだけ言って、ゼルはまた目を閉じた。 


 リフはしばらく見つめていたが、そっと立ち上がった。


「行ってくる。すぐ戻るから」


 扉を開けると、朝靄の冷たい空気が流れ込む。

 リフの姿は、そのまま森の奥へ消えていった。


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