II-EP4 不機嫌の理由【⭐︎挿絵】
案内された廊下の突き当たりのキッチンには、吊るした薬草の束と古い木棚が並んでいた。
「好きなとこ座ってちょっと待ってろ、すぐ用意する」
ゼルは何も言わず、不機嫌を滲ませたまま席についた。
リフはゼルの険のある横顔を見て、慌ててナトカに告げる。
「あの、俺、何か手伝います。皿とかどこにありますか」
ナトカは棚を指さし、戸棚を示す。
「そこだ。上の段。二、三枚出して、ここに並べてくれれば十分だ」
「はい」
リフが並べた木皿に、ナトカは鍋からスープを注いでいく。
「あの……」
リフは戸惑った様子で、そっとゼルへ目を向けた。
「そいつ、スープは食えねぇ」
ゼルは小さく舌打ちを落とした。
ナトカは口の端だけで、かすかに笑う。
「知ってるよ」
そう言って、棚から小さな木箱を取り出し、中からコアレットらしきものを二つ、リフの皿の上にそっと置いた。
「ありがとう」
リフはコアレットを手に取り、ひと口齧る。
「ん、甘い?」
もう一度噛む。
「なにこれ、甘くて、美味しい」
ナトカの目元が優しくゆるんだ。
「花の蜜と蜂蜜を配合してる、市販のコアレットは味気ないだろ」
「俺、味があるってはじめて。美味しいってこう言うこと?」
リフの声が弾む。
心底嬉しそうに、ナトカを見つめた。
「ありがとう、ナトカ」
素直に微笑むリフは、ゼルの機嫌が急降下している理由を知らないままナトカとの会話を続ける。
「それにしても、蝙蝠と人間ってのは、また珍しい組み合わせだな」
「関係ないだろ」
ゼルは腕を組んで、口を閉ざした。
「ちょ、ゼルそんな言い方!」
リフはナトカへ向き直り、少し戸惑ってから言った。
「俺たち、マーケット・ゼロっていう街を目指してるんです。大きな商業都市って聞いて」
「マーケット・ゼロか」
ナトカはテーブルの端に手を置き、軽く指先で叩いた。
「人と物の集まる巨大都市だ。城壁の外まで露店が続く。薬草も香料も、武具も衣も、人も獣も。買えない物も、売れない物もない」
「そんなに、大きい街なんだ」
リフが呟いた直後、
「敵が味方か分からないような奴に、いちいち行き先なんて言わなくていいだろ」
ゼルの声がピシャリと落ちた。
リフは驚きを隠せず、ゼルを見上げた。
「え、ゼル?」
ナトカは二人の間を一度だけ見やり、深い息を吐いた。
「どこへ向かうにしても、今夜はここで休め。体力が戻らなきゃ話にならん」
背を向けて無言でキッチンを出ようとしたゼルの背中へ、ナトカの声が飛んだ。
「おい」
ゼルの足が止まる。
「俺が作ったルーメンは、効いてるか」
ゼルは振り返らず、扉に手をかけたまま答えた。
「さぁな」
それだけ言い残して、振り返らないまま立ち去ってしまった。
ゼルの足が消えたあと、ナトカは静かに息を落とし、口を開いた。
「やつは知ってるのか」
「なにを?」
「左肩の、それ」
「知らない」
即答だった。
「わかってるんだ。誰かと長く過ごしたらどうなるか、ちゃんと分かってるつもりだから」
リフはナトカをまっすぐ見つめた。
「奴が不機嫌な理由、わかるか」
リフは軽く瞬きをする。
ゼルの不機嫌は、リフにはまだ輪郭を持たない。
ナトカはリフの左肩に視線を落とす。
「それだよ、やつの不機嫌な理由」
リフの喉がかすかに鳴った。
「それでも、知ってしまえば酷い結果になるって、
知ってるから」
リフは曖昧に笑む。
せつなさが滲む横顔。
「今日はもう休めよ」
ナトカの言葉は、低く柔らかく、優しかった。
「ありがとう、ナトカ」
森の夜は、静かに深まっていった。




