II-EP.1 雨に濡れる森の片隅で
深い森に降る秋の雨は冷たく、息を潜めるふたりの頭上へ静かに落ち続けていた。
ゼルは背後の巨木にもたれたまま、深く息を吐いた。
ルーメンの不足で、全身は重く、胸の奥がじわりと痛む。
呼吸を整え、ゆっくりと頭上に皮膜の翼を広げた。
包み込む様に、胸にもたれかかる細い身体を、雨から守る。
「おい、大丈夫か」
返事が返るまでに、ひと呼吸分の間があった。
「……だい、じょうぶ」
熱を含んだ声は無理に平静を装っていたが、身体はゼルに預けたまま、ほとんど動けなかった。
ゼルはその横顔を一度だけ見下ろし、視線をそらす。
さっきのことが、まだ、頭の奥に重たく残っていた。
咆哮窟を抜け、地下配管路を必死に走り、森へ出た直後。
両膝に手を付いて息を整えているリフの背中に、赤い血がにじんでいるのが見えた。
「おい、背中、見せてみろ」
そう言って左肩へ手をかけた瞬間だった。
リフの身体が、跳ねるように強張った。
怯えるように左肩を庇いながら身を捻り、ゼルの手を跳ね除ける。
「……は?」
一瞬のことだった。
けれど、ゼルの指先は、その場で固まった。
一拍置いて、苦しそうな声が落ちた。
「ごめん……」
ゼルは手を引いたまま固まり、続いた小さな声に息を飲んだ。
「触られたくない、ごめん」
リフは俯いたまま、小さく呟く。
「大丈夫だから、先を急ごう」
「……あぁ」
触れたのは、ほんの一瞬。
それでも、その拒絶はあまりにも強く、思った以上に痛かった。
森の雨はしだいに弱まり、しとしとと木々の葉を濡らすだけになっていた。
ゼルは深く息を吐き、地面に手をついて立ち上がろうとした。
「行くぞ、」
声をかけかけて、動きが止まる。
「おい!!」
既に意識はなかった。
リフは、寄りかかるようにして座ったまま、ぐったりと項垂れている。
細い身体は動きを失い、頬にはじんわりとした熱が滲んでいた。
ゼルは、リフの身体をそっと抱え込み、そのまま立ち上がろうとした。
だが、力が入らず膝から崩れ落ち、支えきれず、そのまま濡れた地面へゆっくりと沈んだ。
視界が、にわかに霞む。
「クソッ」
ルーメン不足による症状。
喉奥が焼けつくように乾き、鼓動だけが不規則に鳴る。
視界がぼやけていく。
暗くなる視界の端、
何か、大きなものが揺れた気がした。
「…誰だ、……」
誰かが近づいてくる気配。
『おいおい、マジか』
ぼやくような低い声が、すぐ近くで響いた。
それが誰のものか確かめる前に、ゼルの意識はふっと途切れて、闇に呑まれた。




