EP.15 地下に続く道
低い振動音と、蒸気のうなりが地下に満ちていた。
咆哮窟の裏手には、地下配管路と続く鉄蓋の入口がある。
錆びついた取っ手を持ち上げると、熱気を帯びた白い蒸気が吹き上がった。
「くそっ、届かねぇ……」
モグラ族のノタルがレンチを片手に、バルブを押さえながら呻いた。ご自慢のゴーグルも蒸気と熱気で曇っている。
「ラティ、もう少し上、押さえててくれ!」
「これ以上はムリだって!ノタル、背が足りないんだよ」
「ちび自慢はいいから」
「勝手にちび扱いすんな!」
「はいはい、わかってるって。おい、そこ、蒸気漏れてるぞ!」
「だから、届かないんだって!」
あちこちの継ぎ目から蒸気が漏れ出し、視界が白く染まる。
熱気の渦の中、突然、誰かの手がその隙間から伸びてきた。ズレた配管を掴み、音もなく正しい位置にはめ込む。
「ん!?誰だ」
白い霧がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは、無表情のまま手を引いたゼルと、後ろで腕を組んだグレンだった。
「ゼル!グレン!助かったよ!!でも、なんでわかったんだ?」
グレンはため息をついて、袖をまくった。
「外までお前らのうるせぇ騒ぎ声が聞こえてた」
ゼルも苦笑いを浮かべ、「手伝う、指示してくれ」と、言葉を落とした。
「助かるよ、そこの継ぎ目がズレてる。ゼル、そこのパイプ押さえててくれ」
「了解」
短く答えたゼルが無言で動き、重たい鉄管を片手で支える。
「グレン、上のバルブ締めてくれ。圧が戻る前に終わらせる」
「はいよ」
グレンが肩を回しながら、錆びついた弁を力任せに締めた。
「よし!!通った、ありがとな2人とも」
安堵の息をついたノタルの横で、ゼルは周囲を見回す。湿った空気の中、錆びた鉄管が幾重にも交差し、暗闇の奥へと続いていた。
灯りの届かない先には、さらに別の通路が分岐しているようにも見える。
「この通路、どこまで続いてる」
「あぁ、」
ノタルはゴーグルを額に上げ、待ってましたとばかりに胸を張った。
「外縁の丘の下まで繋がってる。暇な時間があれば、俺が掘り進めてるんだ」
「穴掘りが趣味だったな」
「へへ、それもあるけど、いざと言う時の、ヴォルガ様の逃走通路にもなってる。内緒だけど」
ゼルは無言で通路の奥を見つめた。
「おーい、終わったかー?」
開いた通路の上から、ラティの声が降ってきた。
地上に戻ると、ラティが冷えた水の入った金属カップを持って待っていた。
「おかえり。ご苦労さん」
グレンは片手を上げて冷えたカップを受け取り、ゼルの方にもう一つを差し出した。
「ホント、助かったよ2人とも。俺らだけじゃ、なぁ」
ラティの言葉を受け、ノタルが苦笑して肩を竦めた。
「チビ2人じゃ、どうにもならなかったな」
「おい、それ俺も入ってんのか?」
ラティが目を細めると、ノタルは悪びれもせずにうなずく。
「当たり前だろ。背丈で言えば誤差の範囲だ」
「誰が誤差だ!」
ラティの抗議に、グレンが堪えきれず吹き出し、ゼルもわずかに口元を緩めた。
「なぁ、ゼル」
ラティの声は、それまで違って少し声に深刻さを帯びる。
「白蛇の奴の話、聞いた」
「そうか」
グレンは腕を組んで、喉を唸らせた。
「咆哮窟中がその話で持ちきりだな。金貨の額、正気じゃねぇ」
ノタルが低く答える。
「そんな大金を動かせるなんて、何者なんだよ」
不安を払拭するように、グレンは二つの小さな背中をドンっと叩いた。
「勝ったら、大金持ちだ。なぁ、ゼル。そんときゃ俺らに何か奢ってもらうからな、腹いっぱい食えるやつ」
ゼルは静かにカップを空にし、返した。
「負けはしない」
「ま、怪我すんなよ」
グレンはそう言って、にかっと牙を剥き出して笑う。
「あのさ、」
ラティが少し思い詰めたように口を開きかけたそのとき、通路の先に小柄な影が見えた。
リフが、汚れた水の入った桶を抱えてこちらに歩いてくる。
「みんな揃って、何やってるの」
「リフ!!」
ノタルが嬉しそうに声を上げ、作業服のポケットを探った。取り出したのは、手のひらサイズの丸い石。
「これ、以前、地下で見つけたんだ。灯石っていって、擦ると、ほら、暖かくなる。ずっと渡そうと思ってたのになかなか会えないから」
「え、いいの?」
リフは目を瞬かせ、ノタルを見返した。
「そろそろ寒くなってきたし、リフ、いつも指先冷たそうにしてるからさ」
「ありがとう。大事に使う」
ノタルが照れくさそうに笑うと、リフもつられて笑った。
「……あの……」
リフの背にしがみついていたミルミが、袖の陰からそっと顔を覗かせた。
ミルミはリフの背に寄り、ゼルの方を見上げた。
視線が合いそうになり、慌てて袖の陰に隠れる。
ゼルはそれを察し、静かに問いかけた。
「どうした」
「……その……」
言葉は続かず、ミルミはリフの背に指をかけた。
ゼルは何も言わず、ミルミの頭に手を置いた。
「……こうもりのひと」
ミルミはリフの背に身を預け、頬を押しつけた。
そのやり取りを横目で見ながら、ラティがふとゼルのほうを見た。
「なぁ……居なくならないよな。あんたも、リフも」
ゼルは少しだけ目を伏せ、言葉を探すように沈黙した。
「なんか、あんたも変わったし。他の格闘士の奴らも、最近はみんな優しいし。だから、ずっと居てほしいなって思ってて」
「……ああ」
ゼルの返事はそれだけだった。




