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この世界で、君だけが獣を王にした  作者: そよら
フェーズI 裏路地で、獣は奪う
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EP.10 咆哮窟の蝙蝠

「……またお前かよ、蝙蝠の坊や」


 黒鉄の檻に囲まれた闘技場。

 中央に立つ熊族の男が、両手に棍を構えながら口角を吊り上げた。

 全身の筋肉が盛り上がり、鋼のような体躯がリングのマットを踏みしめるたびに、低く鈍い音が響く。


「懲りねぇな。何回負けた? 七回? 八回?」


 ふてぶてしく近づきながら、片眉を上げて口を歪める。


「お前、俺にわざと負けるように金貰ってるって噂もあるぜ。はは、図星か?」


 観客席からは笑いと罵声が飛ぶ。

 だが、ゼルは何も言わず冷めた双眸のまま、前髪を指先で軽く払っただけだった。


 試合開始の合図が響いた。


 熊族が吠えるように棍を振り下ろした。


 だが、棍は空を切り、ゼルの姿はその一瞬で、視界の真横に消えた。


 鋭い踵が熊族の膝に打ち込まれ、巨体がよろけた瞬間、

 喉元に正確に掌底を打ち込む。

 巨体がたたらを踏む。


 間髪おかず回し蹴りが、熊族の脇腹に突き刺さる。

 ごつい肉体がたわみ、息が漏れる。 


 さらにゼルは背後に回りこみ、巨体の脳天めがけて、

 真上から踵を振り下ろした。


「がっ……あ……っ」


 檻の中に低い呻きが響き、巨体が前のめりに崩れ落ちた。

 リングマットが揺れ、観客の声が一瞬止まる。


 静寂。


「しょ、勝者!蝙蝠族ゼル!!!」


 檻の外の観客席から、爆発するような大歓声が巻き起こった。


 リングの外では、群衆が総立ちになり、怒号と歓声が飛び交う。

 外れた賭け券が叩きつけられ、ひらひらと宙を舞った。


 そのなかに、フードを深く被ったリフの姿があった。

 群衆の熱に押されながらも、リフは小さく拍手を送っている。


 ゼルはその姿を、リングの上から視界の端にとらえ、静かにリングを降りた。


 *


 次の試合が始まる直前、観客席には先ほどの熊族戦の余韻がまだ残っていた。


「次、猿族の格闘士、入場!」


 檻の反対側の扉が軋む音を立てて開き、身軽な体躯の猿族が現れる。

 手足の長い、しなやかな肉体。

 鋭い目つきでゼルを一瞥すると、口元を吊り上げた。


「見てたぜ。あのデカブツをぶっ倒したの」


 片手で肩を軽く回しながら、もう片方の手で指先を伸ばし、跳ねるようにリングに上がる猿族。


 動きは滑らかで俊敏。


「でも、派手に一発当てただけで調子乗ると、すぐに足元すくわれるぞ、蝙蝠」


 ──カァンッ!


 金属の音とともに、第二試合が始まった。


 ゼルが前に一歩出る。

 猿族はその瞬間、既に動いていた。


「速ッ!!」


 ゼルが言葉を漏らすより早く、風のような横薙ぎの蹴りが飛ぶ。


 身を逸らしてかわすと、猿族は檻の壁を蹴って反動をつけ、背後から跳びかかってくる。


 ゼルは反射的に振り返る。

 猿族の指先には鋼で作られた鉤爪が装着され、喉元を狙って閃いた。

 それを横に捌き、間合いを一気に詰める。


「っ、ゔあっ!」


 脇腹に打ち込まれた膝蹴りが、猿族の身体を浮かせた。


 空中でバランスを崩した相手の首元を、ゼルは逃さず右腕で絡め取る。

 そのまま背後へと倒れ込み、背中ごとマットに叩きつけた。


 檻の床が鈍く揺れ、観客席からは「おおっ!」と歓声が上がった。


 猿族は即座に転がって距離を取ろうとするが、ゼルの足がそれを許さない。


 ──ドン!


 腹に深く蹴りが入る。

 くぐもった息が漏れ、猿族は苦悶に顔を歪めた。


 そのまま投げ飛ばされ、長い手足が檻の壁に激突する。


 しばしの沈黙のあと、響き渡る声。


「勝者ゼル!二連勝!!」


 割れんばかりの歓声。


 空気が沸騰するかのような熱気の中、ゼルは立ち上がり、汗を拭うこともなくリング中央に立った。


 その視線が、客席の一角に向けられる。


 リフ。


 ゼルの目元がゆるみ、わずかに笑みが浮かんだ。




 三戦目も、あっさりと勝敗はついた。


 豹族の身体が、檻の床に崩れ落ちる。


「勝者、ゼル!」


 鋭く響く審判の声。


 ゼルは三連勝の記録とともに、倒れた対戦相手の豹族を前にし、静かに檻の中央に立っていた。


 歓声はもはや爆音のように鳴り響き、誰もが目の前の変化を信じられずにいた。


 連敗続きだった蝙蝠族が、今日一日で、別人のような存在へと変貌を遂げた。


 ゼルは観客席を見渡すと、リングを降り、騒ぎ立てる観客をかき分けるようにして、一直線に観客席のリフを目指した。


 リフが立ち上がり、嬉しそうに近づいた。


「ゼル、すごかった!!圧勝だった!」


 ゼルは思わず目を見開いた。

 名を、呼ばれた?


「今、俺の名前……」


 かすかに呟くと、リフは戸惑った顔で首を傾げる。


「ゼル、だよね?リングでそう呼ばれてたし……違った?」


「いや、合ってる」


 ゼルは少しだけ目を逸らした。

 これまで何度も顔を合わせていたというのに、互いの名前すら、まだ、交わしてなかった。


「初めて呼ばれたな。名前」


 リフは一瞬ぽかんとしてから、ふっと笑った。


「じゃあ、これからはちゃんと呼ぶよ。ゼル」


「……なぁ、お前の、」


 ゼルがリフに名を尋ねようとした瞬間、人混みの奥から、重たい気配が近づいてきた。


 現れたのは、巨大な虎族の用心棒。

 ゼルを見下ろすように無表情で口を開いた。


「総元締がお呼びだ」


 ゼルは一瞬だけリフを見たのち、ふっと息をついて静かに頷いた。


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