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第14話:崩壊の序曲と、科学者の処方箋

 世界樹の体内から俺とマッシュが脱出した直後、聖域は、まるで世界の終末を告げるかのように、激しく鳴動した。

 ゴゴゴゴゴ……!と、地響きが足元から突き上げ、ミリは立っていることもできずに、その場にへたり込んだ。


「きゃああっ!」

「騒ぐな。予測された事態だ」

 俺は、揺れの震源である世界樹を見上げながら、冷静に言い放った。

 頭上では、偽りの青空に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ガラスの破片のような光の欠片が、音もなく降り注いでくる。亀裂の向こうには、禍々しい紫色の空と、枯れた木々が広がる、〈滅びの森〉の真の姿が見え隠れしていた。

 聖域内の、清浄で暖かかった空気は急速に冷え、結界の裂け目から、あの鼻を突く異臭と、肌を刺すような魔力瘴気が、じわじわと侵入し始めている。


 ミリは、変わり果てていく自らの故郷を、絶望の目で見つめていた。

「あ……ああ……! そんな……! あなたが、世界樹様を傷つけたから……! この聖域が、壊れていく……!」

 その震える指先が、非難するように、俺に向けられる。まあ、無理もない反応だろう。


「誤りだ」

 俺は、彼女の非難を、一言で切り捨てた。

「これは、失敗ではない。予測可能な、術後の経過だ。大手術を終えた患者の自律神経が、再起動リブートしているに過ぎん。末梢神経――この場合、結界だな――への接続が、一時的に不安定になっているだけだ。パニックに陥るのは、非合理的というものだ」

「で、でも……!」

「それよりも、問題は別にある」


 俺は、上空を旋回させていたフロートからの報告に、意識を集中させる。

 問題は、この視覚的な崩壊ではない。聖域を物理的に守っている、不可視の魔力障壁。その拒絶フィールドの出力が、急激に低下していることだ。

 このままでは、あと数時間もすれば、結界は完全に消滅する。そうなれば、この聖域は、外部の汚染された大気と、飢えた魔獣たちの群れに、一瞬で飲み込まれるだろう。


「……僕の研究室が、汚されるのは我慢ならんな」

 俺の呟きは、もはやミリには聞こえていなかったかもしれない。

「世界樹が、自力で目覚めるのを待っていては、手遅れになる。こちらから、結界に、外部的な生命維持装置(バイパス)を接続する」


生命維持……装置……(バイパス)?」

「ああ。僕の菌類ネットワークと、ゴーレムたちを使って、弱まった結界の代わりを、一時的に構築する。急ぐぞ!」

 俺は、思考を高速で回転させ、矢継ぎ早に指示を飛ばした

「シェル! 結界の最も弱まっている東側へ向かえ! 地面を掘り起こし、物理的な防壁(バリケード)を築け! 一体たりとも、内側に入れるな!」

 緑の魔力石を輝かせ、シェルは巨体を揺らし、凄まじい速度で東へと走り出した。


「フロート! この胞子を、聖域の上空、全域に散布しろ! 侵入してくる汚染大気を、濾過・無害化するための、広域フィルター網を形成するんだ!」

 俺が、新たに開発した空気清浄菌の胞子が入った袋を投げ渡すと、フロートはそれを器用に受け取り、再び上空へと舞い上がった。


「そして、マッシュ! 君は僕と来い! 結界のエネルギーラインに、直接、僕たちの力を接続する!」

 俺は、まだ座り込んでいるミリの腕を、強引に掴んで立たせた。

「君もだ、ミリ! 君の力も必要になる!」

「わ、私……?」

「そうだ。ぐずぐずするな! 君の故郷が、完全に消滅するのを、黙って見ているつもりか!」


 俺の叱咤に、ミリは、はっと顔を上げた。

 そうだ。絶望している暇などない。自分に何ができるかは分からない。だが、この男は、まだ諦めていない。

 ミリの瞳に、再び、弱いながらも、意志の光が灯った。


「……はい!」

 彼女は、力強く頷いた。

 俺は、ミリとマッシュを伴い、聖域が崩壊を始めた、その最前線へと、走り出した。

 これは、英雄的な行為などではない。

 ただ、僕の最高の研究室と、そこにいる貴重なサンプルたちを、汚染から守るための、合理的な、そして、必死の防衛戦だった。

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