第13話:神殺しの手術(オペ)
夜が明け、聖域の偽りの空が、白み始めた。
世界樹の根元には、荘厳な、それでいて異様な光景が広がっていた。
祭壇のように設えられた岩の上には、僕が開発した三種類の「薬」が並べられている。その周囲では、三体のゴーレムたちが、静かにその時を待っている。
そして、僕と、固唾を飲んで成り行きを見守るミリ。
まるで、古代の儀式のような光景だった。だが、これから行われるのは、祈りではない。僕という人間による、神への、一方的な外科手術だ。
「……世界樹様……どうか、ご無事で……」
ミリが、震える声で祈りを捧げている。
俺は、そんな彼女を一瞥すると、冷静に告げた。
「祈るな。僕の邪魔になる。君は、僕の助手の助手として、僕の指示にだけ従え」
「じょ、助手……?」
「ああ。君には、世界樹の魔力の状態を、内側から感じ取ってもらう。僕の分析と、君の感覚。その二つを組み合わせることで、オペの精度は格段に上がる」
俺は、ミリに、世界樹の幹に手を触れておくよう指示した。彼女は戸惑いながらも、その指示に従う。
俺は、最終確認を終えると、シェルとマッシュに合図を送った。
「オペを開始する。フェーズ1、全身麻酔を執行」
シェルが、青白い光を放つ麻酔用の苔を、その頑丈な顎で抱え、世界樹の根元にいくつも空けられた穴の中へと、慎重に配置していく。
そして、俺がスキルで合図を送ると、苔は一斉に、特殊な胞子を放出し始めた。胞子は、樹の根から、樹液と共に吸収され、ゆっくりと、だが確実に、その巨体に行き渡っていく。
「ミリ、何か変化はあるか?」
「……はい。世界樹様の……意識が……とても、穏やかに……眠っていくような……感じです……」
ミリが、途切れ途切れに報告してくる。
俺のスキルによる外部からのモニタリングでも、樹全体の魔力活動が、穏やかに低下していくのが見て取れた。
「……よし。麻酔は、効いているな」
数十分後、世界樹の魔力活動は、完全に安定した。生命活動を維持する、最低限のレベルで。
患者は、眠った。
「フェーズ2、腫瘍の摘出に移行する」
俺はマッシュに、黒く蠢く分解菌の培養液が入った容器を運ばせた。
「僕とマッシュで、内部に入る。シェルは、入り口の確保。フロートは、上空から結界の状態を監視。ミリは、そのまま、外部から世界樹の状態をモニタリングし続けろ」
俺は、シェルが確保した、幹のうろ(洞)から、マッシュと共に、世界樹の体内へと侵入した。
内部は、巨大な聖堂のようだった。壁面を、川のように、穏やかな光を放つ魔力の樹液が流れている。神秘的で、荘厳な光景だ。
俺たちは、その魔力の流れを遡るように、樹の中心、核のある場所を目指して、登っていく。
やがて、俺たちは、目的地にたどり着いた。
そこは、広大なドーム状の空間になっていた。そして、その中央に、奴はいた。
「……これが、『魔力結石』か」
直径10メートルはあろうかという、巨大な、脈動する黒水晶。
それは、周囲の壁面から伸びる無数の魔力導管に寄生し、樹の生命力である魔力を、貪欲に吸い続けていた。ドクン、ドクン、と、まるで邪悪な心臓のように、不気味な光を放っている。
「……悍ましい光景だな。だが、これほどの高純度の魔力結晶、研究サンプルとしては、最高級品だ」
俺は、不敵な笑みを浮かべると、マッシュに指示を出した。
「マッシュ、菌のメスを、腫瘍と、正常な組織との境界線に、正確に注入しろ。一滴でも、正常な組織に触れさせるなよ」
マッシュは、その体の一部を、注射針のように細く、鋭く変形させると、慎重に、黒水晶の根元に突き立てた。
そして、分解菌の培養液を、ゆっくりと、だが確実に、注入していく。
―――ジュウウウウウウッ!!
注入された箇所から、黒い煙が上がり、結晶が、まるで酸をかけられたように、急速に溶け始めた。
瞬間、世界樹の巨体が、ゴゴゴゴゴ……!と、大きく揺れた。
外部にいるミリから、菌糸ネットワークを通じて、悲鳴のような思念が届く。
『レンさん! 世界樹様が、とても苦しんで……!』
『問題ない! 麻酔は効いている。ただの反射運動だ。オペを続行する!』
俺は、冷静に指示を飛ばす。
分解菌は、凄まじい勢いで、黒水晶を侵食していく。
巨大だった結晶の塊が、見る見るうちに小さくなっていく。
だが、その時だった。
断末魔の抵抗か、黒水晶が、最後の魔力を振り絞るように、閃光を放った。
その魔力衝撃波が、俺とマッシュを、壁面へと叩きつける。
「ぐっ……!」
衝撃で、呼吸が一瞬、止まる。
だが、それも、奴の最後の足掻きだった。
光を失った黒水晶は、もはやただの脆い炭素の塊だ。数秒後には、跡形もなく、完全に分解され、消滅した。
「……ふぅ。摘出、完了だ」
俺は、体を起こし、宣言した。
目の前には、腫瘍が消え去った後に残された、巨大な、空洞が、ぽっかりと口を開けていた。
「急ぐぞ、マッシュ。フェーズ3、縫合と再生を開始する!」
俺は、黄金色に輝く再生菌の菌糸体を、躊躇なく、その大穴へと投げ込んだ。
菌糸体は、傷口に触れた瞬間、爆発的に増殖を開始した。
黄金色の菌糸が、縦横無尽に走り、絡み合い、空洞を埋め尽くしていく。そして、周囲の正常な組織と、滑らかに融合していく。その光景は、まるで、神話のワンシーンのようだった。
やがて、巨大だった傷口は、完全に塞がった。
魔力の流れも、滞ることなく、新しい組織の中を、スムーズに流れ始めている。
「……完璧だ」
俺は、満足げに呟いた。
俺とマッシュは、樹の外部へと脱出した。
俺は、疲労困憊のミリに、告げた。
「主要なオペは、成功だ。あとは……患者が、麻酔から目を覚ますのを待つだけだ」
俺が、そう言った、瞬間だった。
ゴオオオオオオオオッ!!
聖域全体が、地震のように、激しく揺れ動いた。
見上げると、偽りの青空が、まるでガラスのように、バキバキと音を立てて、ヒビ割れていく。
結界が、弱まっている……!
「な、何が……起こって……!?」
ミリが、悲鳴を上げた。
どうやら、麻酔と、大掛かりな手術の影響で、世界樹の、結界を維持するコントロールが、一時的に不安定になっているらしい。
俺たちの、本当の戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。
俺は、崩壊を始めた偽りの空を見上げながら、次の実験計画を、思考し始めていた。




