29 僕の因縁①
「【強化種】ですわよね……。2匹とも異様な変化をしていますし。ギルドの等級は確実に私たちより上に決まっていますわぁ。1匹でも厳しいのに、2匹なんて。ああ! どうしたらいいんですのっ」
赫樹熊の通常種〈大樹熊〉で【Dランク】、水晶蟹の通常種〈岩蟹〉で【Eランク】。ランクが全てではないとはいえ、通常種でさえ僕らと同等か、それ以上の力を有しているのだ。存在進化した現在となってはその力は計り知れない。
「ハルカとムゥであの蟹の相手をしてほしい。倒そうとしないで時間を稼いでほしいんだ。その間に、僕があっちの熊の方を倒す」
「ひとりで戦うなんて無茶ですわっ。相手は第一階層最強が進化したモンスターなんですのよ!」
「でも、2体を同時に相手取るのは不可能だ。なんとかしてアイツらを分断して、各個撃破するのが一番いい」
「各個撃破って……。そんなことできないでしょうっ。自慢じゃありませんが、あの2匹と戦って5分と持つ気がしませんわ!」
「大丈夫、大丈夫。ハルカなら10分は戦線を維持してくれるでしょ?」
「(ぷるぷる)ロイには内緒にしてましたが、私は未だにたまにスライムにも負けるんですのよぉーー。何を根拠にそんなこと言ってるんですのっ」
「根拠はないけど……やってくれると信じてるから。ハルカの実力はわかってるし。お願い。ムゥと協力してできるだけ長く、一対一になる時間を作って。それじゃあ」
「あっ! まだ話は終わってませんわーー」
初めてダンジョンに潜ったあの日、僕は大樹熊に追いかけ回された。あの時は逃げることしか頭になかったっけ。
地下迷宮は実際に体験してみると、迷宮は想像よりもずっと複雑で怪物は本の中の挿絵よりもずっと醜悪で凶暴だった。田舎から出てきた貧相な体つきの僕が冒険者として攻略するのは無謀に思えて心が挫けかけた。
軽く精神的外傷化しているモンスター、その強化種であるクリムゾンツリーベアーが牙を剥いている。
それでも勇気をもって足を前に踏み出すと身体の奥からふつふつと力が湧いてくるのがわかった。僕の持つスキル【勇者一片】のおかげだ。
『自身よりも能力値が上の相手との戦闘時、逃走成功確率が30%減少する代わりに全ステータスが20%上昇する。』
スキルが僕の背中を押してくれる。
赫樹熊を越えて僕は次の階に行く!!
臆せずに接近してヤツが後手に回って防戦一方になるようひたすら手数を増やして連撃を続ける。攻撃から攻撃へのインターバル、0コンマ何秒を削るために極限まで集中力が研ぎ澄まされ、一つ一つの動作が洗練されていく。
それでも百戦錬磨の強化モンスターは僅かな隙を見逃さず、反撃を挿れてくる。
「——うぐわぁッ!?」
身体全体が赫に染まったジャイアントツリー・ベアー、赫樹熊がその桁違いの膂力に任せて腕を振るった。スイングが恐ろしく速い。
この熊にかかればただの横薙ぎも、荒々しく殺傷力の高い爪と強靭な筋力によって一撃必殺となり得てしまう。
顔を狙った一撃をかろうじて間に腕を滑り込ませて致命傷を回避する。ぐしゃっという音がして手甲が役目を終えてひしゃげた。今日のために造ってもらった新品なのに! 耳のすぐ近くでミシミシィと嫌な音がした。腕の骨にヒビが入ったかもしれない。
「ロイッ——!!」
ピンボールのように吹き飛ばされた僕を見てハルカが悲鳴を上げる。小さくて軽い僕に超重量級の攻撃は体重差がそのまま飛距離に反映された。受け身もまともに取れず、地面に何バウンドかして叩きつけられる。
『グルルグワァァァァ!!」
砂煙の向こうでヤツが勝ち誇ったように雄叫びを上げている。
「……大丈夫だよ。まだやれる」
あんなに啖呵を切っておいて呆気ない幕切れじゃ情けなさすぎる。
目を開けると視界は真っ赤に染まっていた。目の血管が切れたみたいに目の奥がズキズキと痛む。でも、まだ戦うべき相手の姿は見える。頭部を庇ってついた腕の裂傷に急いでポーションをかけて回復を図った。痛いけど我慢。グーパーを繰り返して負傷した手が使い物になるか確認する。うん、イケる。
今は痛いとかそんな泣き言は言ってられない。
もう一方の強化種、水晶でできた巨大な蟹のモンスター、水晶蟹をハルカとムゥが抑えてくれている。
早く僕がコイツを倒さないと。




