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30 僕の因縁②

 跳ね起きて余裕の構えで立つクリムゾンツリー・ベアーに向かって再度突撃する。五月蝿い小虫を潰すような右前脚での叩きつけ攻撃を身を翻して躱すとその勢いのまま地面に着いた脚に回転斬りをお見舞いする。


 ブシャッ。


『グルゥワ!?』


「うわっ。すっごい切れ味!」


 親父さんに新調してもらった小鬼の小剣(ゴブリン・ソード)・参式はクリムゾンツリー・ベアー相手でも折れることなく、硬い毛に覆われたその下のぶ厚い筋肉までもなんなく切り裂くことができる。


 【小鬼の小剣(ゴブリン・ソード)・参式】はゴブリンが手にするありふれた武器(アイテム)である小鬼の小剣(ゴブリン・ソード)を二段階強化したものだ。武器は強化して一段階位階が上がるだけで大幅に性能が上昇するという。何段階強化できるかは武器にもよるらしいけど、腕の良い鍛治師にかかれば凡庸な剣も業物へと変貌する。


 僕はスピードを緩めることなく背後の大樹に手を伸ばして、背中に飛びつく。

 奴の凶手の届かない背中は安全な場所(セーフ・ポイント)にしてあの熊の最大の弱点だ。安全圏から容赦なく連続で剣を突き立てる。


『ギャワアアアァァァァァァ!!!』


 クリムゾンツリー・ベアーは激痛に身を捩って、背中から僕を振り落とそうとする。それでも身体に突き立てた剣をストック代わりに必死にしがみつく。


「熱ッ! 熱ッ〜〜!?」


 突然の高温に握っていた剣から反射的に手を離して振り返る。


 クリムゾンツリー・ベアーの背中から生えた樹が激しく燃えていた。背中に張り付いた僕に大量の火の粉が降りかかる。衣服が溶けて穴が空く。これにはたまらず離脱する。


「通常種のジャイアントツリー・ベアーと攻撃動作が変わらないから、何かあるとは思ってたけどまさか背中が燃えるとはね……」


 これでアイツに弱点らしい弱点は無くなった。

 戦力が分散されている状況じゃ、長期戦になればこちらの分が悪い。


 スキル【勇者一片(ブレイブ・ドロップ)】によるステータス上昇補正があるからなんとかやり合えているけど、それでも全体的な能力値は向こうの方が高そうだ。


(何かこのステータスの差を覆す方法はないか?)


 構えを解き、だらりと腕を下げる。一度攻撃の手を緩め、ひたすら回避、回避、回避。


「避けてばっかりで何してるんですの! こっちももう長くは持ちませんわーーー」


 遠くからハルカの余裕のない声が飛ぶ。

 いや、これでいい。あれが起こるはずなんだ。僕は知っている。一度、あれを体験している。


 大樹熊《ジャイアントツリー・ベアー》よりもさらに強力な膂力(パワー)を得た赫樹熊《クリムゾンツリー・ベアー》の叩きつけ爪攻撃(ベアー・クロー)。それを受け続けた地下迷宮の地面が誰よりも先に耐え切れなくなり悲鳴をあげる。


 ピシィッ。ピシピシィッ。


 ——来たッ!


 崩落する地盤。俊敏なクリムゾンツリー・ベアーと予めこの状況を予期していた僕はお互いに大穴に嵌ることなく回避する。それも予想済みだ。


「ハルカッ! その蟹を落としてッ!!」


「ッ!!」


 ハルカが僕の言葉の意味を理解して即座に反応する。


「はああぁぁぁ! 少し脱落してくださいなッ。【衝撃反射《ダメージリフレクション》】!!」


 盾を蟹に押し当てて弾き飛ばす。

 大盾で受けた攻撃を蓄え、一気に放出する重戦士(タンク)の技だ。


 七色に輝く巨体が宙を舞い、流星のように煌めきながら穴底へと落下していく。

 蟹の脚じゃ陸地で踏ん張るのにも、垂直の壁を登ることにも向いていないだろう。落下ダメージも稼げたはずだ。


 そしてなにより一匹に集中できる。

 対岸の燃え盛る熊が怒りを露わにして身を震わせ、火の粉を飛ばしていた。


『フシュー、フシュー。グルルルルゥ』


 大穴が空いたフィールドで第二ラウンドと行こうじゃないか。


「ロイ、貴方大丈夫ですの?」


「何がさっ!」


「その血まみれですけど」


「かおがまっかだよ?」


 前髪をかき上げると手にべっとりと血がついている。視界が赤いのは実際に流血していたからだったらしい。

 頭からポーションを被ってプルプルと水気を飛ばす。

 もうどこが痛くて痛くないのか麻痺していて傷口がどこかわかったもんじゃない。


「大丈夫だよっ。駄目だって音を上げたところでハイ、そうですかって見逃してくれないだろ。倒れるのはアイツに勝ってからだ」


「じゃあ、死ぬんじゃありませんわよ!」


 冒険者の救出に来たことを忘れてがむしゃらに目の前の宿敵を倒すことだけに集中していた。愚直な直進。あまりに無謀な捨て身の疾走だ。


「うりゃあぁぁぁーー」


『グルワァァァ』


 先に動いたクリムゾンツリーベアーの引っかき攻撃。


 パッと鮮血が飛び散る。凶爪が僕の胸当てを貫通して胸を浅く捉えていた。


 攻撃を受けるのは織り込み済みだ。確実に攻撃を当てるにはダメージも厭わない。攻撃を喰らい、崩れた体勢のまま強引に剣を切り上げる。僕は無理な体勢のまま地面に倒れ込んだ。


 バッ——。どうだ?


『ウグルガァ!!』


 僕の放った剣戟はクリムゾンツリー・ベアーの鼻から右目の上にかけてを抉っていた。


「そして本命はこっちだ!!」


 5メートル以上離れて制限を超えたことでムゥが僕の元へ飛んでくる。


「やあぁぁぁ! シャボン玉ぁぁぁ」


 ムゥが大きく魔法杖(ステッキ)を振り、あの泡爆弾(バブルボム)を大量に放つ。浮遊したシャボンがクリムゾンツリーベアーに触れると一瞬の閃光ののち、耳をつんざくのような爆音と立っていられないような振動を伴って大爆発を起こした。

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