28 2度目の邂逅
樹々が絡み合ってできた天然の大広間。
そこに数えきれないほどのモンスターが密集していた。素早く視線を左右に動かして周囲を確認する。ダークエルフの少女の仲間だというヒューマンふたりの姿は……ない。うまく逃げおおせていたらいいのだけど。怪物の群れの中に入って探すしかないか。
「これはやはり怪物氾濫ですわよね? この数のモンスターを見るのは私でも初めてなのですわ。さすがに躊躇してしまいますわ……」
「モンスターがいっぱい!」
モンスターハウス。うっ……頭が。植物乙女【強化種】との厳しかった戦闘が思い起こされる。
大広間に入った途端、狭い空間に篭った生暖かい空気に思わず顔を顰める。圧倒的に充満した死の香り。足下の地面は血を吸って微妙にぬかるんでいる。すでに相当な回数の怪物同士の殺し合いが行われ、怪物氾濫の段階はずいぶんと進行しているように思われた。
たぶんこの中に存在進化して【強化種】となったモンスターがいるはずだ。
「モンスターハウスはロイがこの前、解消したんじゃなかったんですのッ?」
「そうだよ! でも前とは発生したのとは規模も場所も全然ちがうんだっ。モンスターハウスってこんなに頻繁に発生するものなの?」
新人で溢れる第一階層にばかり致死率の高い罠が仕掛けられていたら、おちおちとダンジョンに挑戦できない。
「滅多に発生しないはずですのよ。完全に異常事態ですわぁ!」
「僕、もう二回目なんだけど!?」
「それはもう……ロイ、あなたがダンジョンに呪われてるんではなくてッ?」
「うわっと。そんなこと言ってる場合じゃないかもっ! 【防御】! ムゥはルビィを召喚して僕らの後ろに隠れて!」
「ルビィちゃん、お願い」
『ピューーイ』
「ハルカ来るよっ」
「はいはい、任せてくださいなっ」
怪物氾濫内のモンスターでもハルカのスキル【怪物餌食】が発動するのは便利だ。集まったモンスターすべてが真っ先にハルカを狙う。頑丈な大盾と馬鹿げた耐久力を持つハルカなら十分は持ちこたえられるだろう。彼女にとって大量のモンスターに群がられることは日常茶飯事だ。
飛び掛かるのは鈴鳴犬や枝角鹿といった第一階層でも中位に位置付けられるモンスターで、前回の怪物氾濫よりも総じてレベルが高い。
上階最速を誇るサウンドベルドッグの集団が先陣を切って襲いかかる。無駄な筋肉のない、細身の身体が一陣の風のように疾走する。艶のある影のような真っ黒な毛並みが瞬間的に光を反射して白く輝いた。
『ガルルァッ』
「——フッ!」
腰を落として敵の懐に潜り込む。余計な手数をかけず、頸筋だけを狙って剣を走らせる。
第一陣の黒犬の群れを凌いでウッドホーンディアに対峙しようと身構えると、地面から小さなキノコの兵隊が溢れ出してあっという間に辺りがキノコでいっぱいになる。僕らもモンスターもまともに身動きが取れず戦いどころじゃない。
「あわわっ! なんですのっ」
見れば怪物の集団の後方に醜悪な大茸の姿。ここ最近、よく見かける厄介モンスターだ。希少種なのにもう全然レアな感じはしない。まったくありがたみがないよ。
「茸親分までいるのかっ。ルビィちゃん! あのキノコを燃やして!」
『ピュイッ! ピュピューー』
甲冑虫を踏み台にしてルビィちゃんの進路の障害になりそうな空泳蛇を排除する。
空を飛行するルビィちゃんならモンスターを飛び越えて後方に陣取るドン・マッシュルムに直接攻撃できる。炎の塊を吐き出して、空から火の雨を降らせていく。
「ロイッ! 終わったらこっちに集中してくださいな」
ウッドホーンディアの突進を受け止めた盾が鈍い音を立てる。ハルカは拮抗した力比べを演じてみせ、大盾でいなすように押し返す。
ハルカが時間を稼いでくれている間に団子状態の怪物たちの群れの中を走り回り、持ち前の敏捷で目についたところから切り裂いていく。致命傷にならなくてもいい。後々こちらが有利になるように大小傷を負わせる。
「ゔあぁぁぁ! せいやぁーー!!」
——バキィィンッ。
「そんなっ!?」
戦場の喧騒の中で悲鳴にも似た高い音が耳朶を打つ。ここまで攻撃を受け続け、耐久値がゼロになった大盾が砕けた。僕らを守護してくれていた堅牢な砦が突破されたことになる。モンスターに囲まれたハルカは剣一本でほとんど丸腰だ。
「ハルカッ! これを使って!!」
ドロップしていた足下の〈岩蟹の甲羅〉を放り投げる。大盾ほどの大きさはないけども、それなりの硬度はある。非常事態における間に合わせの盾としては申し分ない。
「どうもですわっ。どっせい!!」
受け取った岩甲羅でモンスターの側頭部を殴りつける。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「はぁはぁ……。終わりましたの?」
静かになった大広間に僕らの荒い呼吸がこだまする。戦場は死屍累々といった有様で見るも無惨だ。
「いや、まだだ。むしろここからが本番だよ。さあ、【強化種】のお出ましだ」
暗闇から姿を現す岩蟹の5倍はあろうかという巨大な蟹。その体を構成しているは無骨な岩石でなく、七色に輝くクリスタルだ。
「大き過ぎるのですわ。どうやって倒すんですの?」
そしてその後ろからやって来る背中に大きな樹の生えた熊。ジャイアントツリーベアーとはまた違う。その体は全身が燃えるような赫をしている。
「【強化種】が二体……」
絶望しそうなふたつの巨悪が立ち塞がっていた。




