間章 潮位上昇↑ 《危険度:高》
「どーする? 今日こそ階層番人のいる大広間まで行っちゃう?」
先頭を行く人間族の少女が後ろ向きで歩きながらパーティーメンバーへと語りかける。
「えぇー。アタシらにはまだ早いって。やっと全員がEランクになったばっかじゃん」
頭の後ろに両手を回したダークエルフの少女が唇を尖らせて反対する。彼女の脳裏に茸モンスターを追いかけ回した苦い記憶が甦った。誰が悪いのか、希少種とは言え一週間も遭遇できなかった経験は彼女の中で精神的外傷になっている。
「そうそう。俺ら、前衛ふたりに後衛ひとり、それも弓兵だからなぁ」
大剣を背負った人間族の青年も現在のこのパーティ構成では厳しいだろうと渋い顔をする。
「なによぉ! アタシじゃ不足だって言うのかぁ。こんな可愛いメディナちゃんを捕まえといてぇ!!」
アーチャーとして後衛を任されているダークエルフの少女が拳を振り回してむくれてみせる。
「いやいや、そうは言ってないって! ただ高火力の出せる魔術師がいてくれたら助かるだろ」
「まあ……私たちちょっと強い相手とあたるとすっごく時間がかかるもんね。持久戦も持久戦。まっずいポーション何本飲むことになってさあ」
良薬口に苦しを地で行くポーションの後味を思い出して、うぇという顔をする。
「むむむ……。それなら言うけどなぁ、アタシだって守ってくれる本職の重戦士の人が欲しいぞぉ」
「ごめんって。俺たち3人でパーティーなんだ。ささっ、この話はおしまいっ!」
青年は本格的に拗ねだした少女を宥めるように会話を切り上げる。
「それじゃあ、結局いつも通り出たとこ勝負ってことになるわけね」
たわいもないやりとりが醸し出した和やかなムードは一瞬にしてぶち壊される。ここは冒険者を恐怖のどん底に突き落とす地下迷宮だ。
「ウィンダー! 前ッ、前ッ!!」
後ろ向きで歩き続けていた少女に警告が飛ぶ。
「へっ?」
少女が振り返るとそこは魔窟だった。
暗闇に浮かぶ数多の目が不用意に足を踏み入れてしまった幼気な3人の動きを追っている。見えているだけでその数は百はくだらない。密集したモンスターたちの濃密な体臭が鼻をつく。
「嘘……。怪物氾濫……」
「なんで……」
「ふたりとも、ボサッとするなッ。逃げるぞ!!」
青年の鋭い声にハッ我に帰り、少女はこの場から逃走するために素早くUターンをする。
「駄目ッ。鈴鳴犬がいる! 逃げきれないよっ」
最速スプリンターが涎まみれの舌を出して、懸命に走る3人の背後に迫っている。
『グルル、ガルァァ!』
「きゃああ!」
「——ッ!! ウィンダー!!」
ベルサウンドドッグに飛びかかられ、最後尾を走っていたヒューマンの少女が転倒する。防具の薄い背中から血が滲んでいる。それを見て、青年は少女が追撃を喰らわないよう大剣を抜いて引き返し、モンスターの間に割って入る。
「ガッ——!!」
わらわらと後から続いてやってくる怪物行進。勇敢な青年も鈴鳴犬を追い越して突撃してきた森林猪に弾き飛ばされる。
夜でもないのに居座った骸骨騎士の軍団が最後尾のダークエルフの少女に一撃をお見舞いする。褐色肌の少女は呻き声すらあげられずに鞠のように勢いよく地面を転がって倒れた。
「メディナ、逃げろっ!」
「うぅ……。そんな! 私だけ逃げられないよ。私も戦う!」
「駄目だっ! ……。このままじゃ全滅する。俺はウィンダーを救出して上手いこと身を隠すから、メディナはこの階にいる他の冒険者に助けを求めてくれ。……頼む」
「——ッ。絶対に死なないでよっ。2人ともだかんね! 可愛いメディナちゃんの決死の助けが無駄になったら承知しないんだからっ!」
「ああ……。任せとけ。本職じゃなくともタンクの役割は果たしてみせるさ」
ふたりが同時に反対方向に駆け出す。目的はただひとつ。全員が生き残るために。




