嵐未だ来ず ー2ー
ったく面倒くせぇ。
今日皆切羽詰って仕事してるのだって、会長が石見先生に渡された書類の存在を忘れてたからだってのに。
提出期限は今日って鬼か。悪魔か。
一言皆に詫びればいいものの、プライドが高い会長はそんなことしないし。まぁ今回一番仕事してんの会長だけどなー。
俺はヤカンに水を入れ、お湯を沸かそうとコンロの火を点けた。
お茶を淹れるのは実は嫌いじゃない。よく喜美花に淹れていたし。
しかも喜美花はお茶の知識はないよりあった方がいい、って色々淹れ方を書いた本を俺にくれたからそれも読んでいた。
俺はカップにお湯を入れ温めながら、それぞれの好みのお茶の準備をする。
「よし、っと」
全員分のお茶が淹れ終わると俺はそれをお盆に乗せ、皆のところへと戻る。
皆仕事が一段落したのか、先程よりも空気が明るかった。
「はぁーい、甲斐ちゃん特製コーヒーですよーん」
俺はにこりと微笑みながら会長の席へとコーヒーを置く、ちなみにブラックだ。
そして次は副会長の席にダージリン。隣り合っている双子の席にはミルクティーとそれぞれの机に置いていく。
「ありがとう、甲斐」
ふんわりと優しく微笑み副会長。ああ、この笑みに皆は落ちて王子様と呼ぶんだな。
「僕等の分まで」
「ありがとー!」
いつもは俺に文句ばっかいう双子もこんな時は素直だ。ピリピリした雰囲気がそんなに嫌だったのか。
まぁ俺も嫌だったけどよ。
「はぁーい、日向にはこれねぇー」
「……え」
日向の机の上に置いたのは湯呑み――緑茶だ。
その湯呑みを見て日向は驚いたのか顔を上げ、俺を見た。
まぁ表情があまり読み取れないので驚いているのかは謎だが、多分そう。
「君ってばいっつも俺の入れた紅茶とかコーヒー残すでしょー?だから日本茶なら大丈夫かなーなんて思ってさぁー」
そう。日向はいつも俺が出したコーヒーや紅茶を残していた。
それがいつも気になっていたのだ。いつも会長達に合わせたお茶を入れていたので洋風なお茶しか淹れてなかったし。
なら日本茶なら大丈夫なのだろうか、と思い淹れてみた。日向だけ急須でお茶を淹れたんだ。ありがたく思え。
そう思いながらにっこりと笑ってみせる。
「……あり、がとう」
ぼそぼそと呟く様に日向は俺に礼を言い、湯呑みに入っているお茶を飲む。
お、大丈夫みたいだな。
「会長ー美味しいですかぁー?」
一番最初に俺にコーヒーを要求して来た会長に感想を聞いてみる。
俺がコーヒーを持っていっても何も言わねぇしな。何だこの会長。
「不味けりゃ飲んでねぇよ」
しかも美味しいのかって聞いてんのに答えてねぇし。まぁ不味いって言ってないからいいか。
それにちゃんと淹れたコーヒー飲んでるし。
会長はカップを机に置くと、一つ息を吐いた。
「――悪かったな、俺のミスだ」
「はぁー?」
唐突に言われたその言葉に、すぐ理解することが出来なかったがあぁ、謝っているのかと分かる。
あの会長が、自分のミスの所為で皆に仕事をさせていることを詫びたのだ。
仕事も終わり、コーヒーを飲んで落ち着いたのだろうか。
まぁ新入生歓迎会だのなんだの色々仕事が詰まってたから、ミスするのも仕方ないんだけど。
人間誰でもミスはするし。会長も疲れた顔をしている。そんな無理すんなっての。
「別にぃー、終わったからいいんじゃないですかぁー?」
俺がへらへらした顔でお盆の縁を肩に乗せながら笑うと、それぞれのメンバーもフォローをする。
「そうだよ貴一、謝るなんて君らしくない」
「「そうだよ会長!」」
「別に……気にして、ない……」
何だかんだで皆会長のことを心配したり、気を遣ったりしてるんだろう。
副会長は微笑み、双子は心配そうな顔をしていた。日向はどんな顔をしているかは分からないが微かに口の端が上がっている気がする。
会長はそんなメンバーを見るとニィッといつもの不敵で――一般生徒曰く、エロい笑みを浮かべ
「なら、次の仕事はこれだ」
会長が机の下に両手を入れ取り出し、机の上に置いたのは高さ三十センチ程に積み重なった書類の山。
書類を見た途端、皆の顔が変わる。
双子は目を丸くし、副会長は笑みを深めながら背後から黒い雰囲気を漂わせた。日向は、机に突っ伏し寝ようとしている。
「「はぁ?!何コレー!」」
「まだこんなに仕事を残していたのかな?貴一」
「違う、これは今日来た書類だ和泉――新入生歓迎会の感想アンケートをまとめろだとよ」
「……無理……帰り、たい……」
(あーあ、めんどくせーなぁ)
俺はいつになったら帰れるのかと腕時計の針を見つめながら、再び自分の席へと座った。
ま、こんな日もたまはいいか――皆で仕事するのもいいもんだし。
たまには、だけどな!
......end