緑のリトール、忘年会と新年会
男祭りとは、大晦日の朝から元日の朝まで続く、男だけの秘密の忘新年会だ。でも女性陣にバレたくないので、アントレンはプランを立てた。まず、朝に突然の魔物の襲来…。慌てて対応する僕達…。強敵との戦いで長引く…。そして翌日の昼過ぎに、傷付き疲れ果てて帰る…。この一連の嘘が、アントレンの考えた天才的プランだ。
「いやー、良く思い付きましたね。流石ですアントレンさん」
「エレーカシ…男だけで飲み食いしたいんだよ…俺はマイが好きだ。でもたまには、男だけでバカみたいに騒ぎたいんだよ!」
「わかるぞ、わかるぞアントレン!俺もいつも見張られてるみたいで…折角、王様を辞めたのに…自由がもっと欲しい!」
「私達もリトールに来て、貴族じゃ無くなったせいか…ターチルドが生活を満喫し過ぎてて…あいつは自由なんだけど、何故か私に自由が少ない…」
「元王様や貴族でも、嫁には逆らえないってか!はっはっは!」
「俺なんて、こっちと向こうに嫁がいたんだぜ?なのにこっちで一緒に住みだして、いつの間にか仲良くなって、俺が孤立してんの…何だったんだよこの十年…」
皆、色々と溜まってんだな…。でも男だけでこういう話も楽しいよね。元貴族だろうが平民だろうが関係無く、わいわいするのは良い。年齢も気にならないし、リトール皆の関係性が出来てる証拠だ。
「でもこんな事が出来る様になるなんて、去年は思って無かったよ…毎日が大変だったからな…」
「俺もさ…まさかザドー王国の皆と…また会えるなんてな…」
「皆、無理して笑ったりしてたもんな…」
元々リトールや、この近くの集落で暮らしていた者達が、去年を懐かしむ。この一年で劇的変化だったからなぁ…。
「私もエレーカシやストムさん達に、会えるとは思って無かったよ…絶対に死んでると思ってたからな…」
「俺もまさか、死んだと思ってた娘と再会するなんてな…これっぽっちも思って無かったさ…それに砂障壁が無くなるとも思って無かった…」
ワーンズさんやタイーフンさんも、感慨深く喋る。お酒も入ってるせいか、皆が少し涙ぐむ。
「キクチ!ありがとう!お前達が来てくれて、本当に助かった!」
「僕も言わせて下さい!ありがとう!そして抱き締めさせて下さい!」
「俺も!」
皆が僕に感謝をしてくる。嬉しいけど、少し面倒臭い…。酒臭いおじさん達に囲まれ、抱き付かれる。挙げ句の果てに、キスまでしやがった…。まぁ、今日くらいは許してやるか!
※※※
まだ昼過ぎなのに、完全に出来上がる。まさに、どんちゃん騒ぎだ。
「ったくさ、うちの嫁はいつまで経っても、痩せねぇんだ」
「うちもさ。お酒を減らせとか言うくせに、自分の体重は減らす気が無いんだ」
「俺達が苦労してるのを、全く見ようとしないんだよな」
「そうだっ!」
いつの間にか、嫁達の悪口合戦になってた…。こんな日ぐらいは、許してやって欲しい。
「最近キクチさんに髪切って貰って、なんか色気付いたのか…痩せる努力するんだとさ」
「俺んちもだ。先に胸を大きくしろっつーの」
「作物が豊富になったせいか、皆太ったよな…」
「わかるわかる!昔は皆がむしろ痩せてたのにな!」
確かに体型は、皆変わったと思う。良い意味でね。作物不足で栄養が足りなかった体に、充分な栄養が渡ってるんだろう。皆、太った…というより、普通の体型になった。
「砂塵を浴びてたせいか、肌はガサガサだけどな」
「どっちにしろ、オバサンさ!」
「シワも増えてるしな!」
「俺んちはもう、ババアだ!ストムも三十過ぎて行き遅れてるしな」
「マイも心なしか年を取ったよな…」
「ナナセさんもですよ…ていうか僕もかな?」
「どっちにしろ、リトールには年増な女が多いのさ!」
「「「「「あっはっは!」」」」」
大盛り上がりだ。でもそんな時に、皆が慌てだす。僕には何もわからない…。
「すぐに鎧を着ろ!」
「手の空いてる者は、素早く片付けろ!」
「早くしろっ!」
何だ?戦闘か?まさか…本当に魔物が現れた?
「よしっ、お互いを殴り合え!」
「仕方無い、やるぞっ!」
えっ?皆が急に殴り合う。軽く血を流す者も多い…。
「囲まれてるぞ!」
「慌てるなっ!声を抑えろ!危険範囲に入ってくる!」
何が起きてるの?囲まれてる?皆が真剣な顔付きで、静かになっていく…。
「こっちに来るぞ…」
「わかってる…皆…落ち着け…今俺達は、魔物に逃げられ休憩中なんだ…」
「ああ…わかってるさ…」
そんな事を言い出すって事は…。来たのは…奴等って事か…。マズイぞ…。そして、入口のドアが開かれる…。
「皆さんお揃いで、何をしてたのかしら?」
「すっストムじゃないか…俺達は少し傷の手当てを兼ねて、休憩をしてたんだ…魔物が結構強くてな…」
「へぇ…アントレン…その魔物はどこに…?」
「まっマイ…ちょっと、逃げられてな…少ししたら追うつもりだ…」
「エレーカシ…あなた達がいても勝てなかったの?」
「みっミスレン…!そっそうだよ!中々手強くてね…」
「元騎士団長のあなたでも歯が立たないの…?」
「あっああ、ターチルド…あんなに強いとは…」
「タイーフン…あなたは必要なの…?」
「モーンスン、もっ勿論だ!元国王として、出来る事も多いしな…!」
気が付くと、皆の奥さん達が揃っていた。こちらの男性陣は、全員ヒビってる…。もしかして完全にバレてないか?皆の声と目が、何も信じていないよ…。
「店長は、アドバイザーとして何をしたんですか?」
「キクチくん…私も詳しく聞きたいわね…」
「ナナセさん、マイさん…いやっ色々と…」
ヤバイ!何も思い浮かばないよ!まさかあなた達まで…。そして後ろから、マリーちゃんが現れる…。
「全部バレてますよ!ていうか何を喋ってたかも、知ってます!」
「「「「「えっ!?」」」」」
驚愕の発言だ。さっきの話も?一体どうやって…。
「これは、私とオースリー王国のサイトウさんと協力して作った、受信機です」
「受信機?」
「で、アントレンの持っているマジックバッグに、付けてある金属の金具が送信機です…こっそりと付けたんですよ…更に…」
「まっまさか…!」
「キクチさん…そのまさかですよ!そうです、盗聴機です!」
「盗聴機?」
まさか…そんな魔道具が発明されているとは…。サイトウさんの馬鹿野郎!
「きっキクチ!何だその盗聴機って!」
「僕達の声を拾って、離れた所でも聞けるんです…」
「うっ嘘だろ…」
「終わった…」
皆は後悔をし始めた…。そして自分の発言を思い出し、言い訳も考えている…。
「ダウンジングもあるし、何でバレないと思ったんですか?」
「簡単に見付けられるもんね…」
「それにずっと怪しかったよね。この何日か…ずっとソワソワしてるし…」
「何年も一緒にいて、何で気付かれないと思ったの?」
皆はそんな事にも気付けなかった…。確かに浮かれてたけど…。
「それはともかく…誰がババアだって?」
「誰がデブだって?」
「誰がペチャパイだって?」
「誰がシワクチャだって?」
「誰が行き遅れだって?」
「「「「「……」」」」」
もう、抵抗も出来ない。何も出来ないんだ。僕でも良くわかる…。凄まじい殺気だ。鬼神が多勢に無勢だよ…。
「アントレンも私を年増と思ってるのね…」
「店長も私を年増扱いですか…」
「「……」」
さあ、終わりの瞬間だ。
「「「「「死ねっ!」」」」」
「「「「「ギャーッ!」」」」」
※※※
僕達は予定よりも大分ボロボロになって、街に帰る事になった。街に戻ると、皆から白い目で見られる。男達からは同情の目で見られたが、この中に情報を売った奴がいる気もするよ…。
「さあ、残りの酒や料理を出しなさい!」
「はっはいっ!」
僕達は慌てて、マジックバッグから残りの飲食物を出す。これが街の皆に配られるのだ…。
「なにやってるんですか!店長とアントレンは、買い出しに行ってきて下さい!」
「「えっ?」」
「これから、宴会は再開ですから!パシリは準備して下さい!」
結局、街全体で宴会は続けられた…。だが僕達男性陣は、全員からパシリとして扱われ、皆のお酌や配膳をさせられた…。買い出しにも何回も行ったよ。でも年が明ける頃には、また関係無く皆でワイワイと飲む事が出来た。
※※※
「自分達だけで楽しもうとするから、いつもこうなるんですよ!」
「ナナセさん…わかってるんだけど…僕達は過ちを繰り返すのさ…」
「…最初から私も呼んで欲しいのに…男の人とばっかり…しかもキスまでして…」
「えっ?」
「なっ何でも無いです!」
「まぁ、良いけど…今年もよろしくね…」
「はい!今年もよろしくお願いします!」
そして僕達の四年目も、もう終わる。丸四年経ち、五年目はやる事も増える。こちらの大陸にオシャレ文化を、作り上げる事もしたい。オースリー王国に戻って確認もしたい。これからどうなるかは、まだ誰にも予想出来ない。
少し休んでから、再開します。ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。