光の先へ
――これは、どうしたもんかな。
関係者用の立ち見席で、俺は試合場を見下ろす。オサーンとバロンの戦いは、思っていた以上の長丁場になっていた。時計がないので体感でだが、もうすぐ30分くらいになるか。
この世界で戦奴同士の試合は、ほとんどが短時間での決着だ。というか、元いた世界でも長時間での戦いなどプロレス以外にない。インターバルを挟むので少し話は違うが、ラウンド制のボクシングくらいか。それにしても30分とか60分とか、あるいは時間無制限で戦い続けるものではない。
実はプロレスラーと他の格闘技選手で最も大きな違いは、この“長時間を戦い抜く力”だったりする。短期決戦型の典型である相撲出身者などが、最初に戸惑うところだ。ずっと休まず動き続ける持久力と、その間に相手の攻撃を受け続ける耐久力。どちらが欠けても無様な結果になる。
その点、オサーンもバロンも身体能力は完全に化け物だ。魔力循環やらで嵩上していることを差し引いても、プロレスのメジャー団体でトップに立てるくらいのポテンシャルは持っている。いまのところ問題があるとすれば、まだ試合の組み立てや緩急の意識がなく、体力の温存ができていないことくらいか。
試合は白熱してダレる気配もなく、観客には気づかれていないが。ふたりとも、少し集中力と反応速度が落ちてきている。予想外の事故につながらなければいいが。
「クックククッ、クエエエエェーィイッ!」
左右の連打から飛び上がったバロンが、馬鹿鳥の鳴き声とともに羽ばたくような格好で鋭い連続蹴りを見舞う。
「キイィイァアアアァッ!」
迎え撃つ“野獣”も凄まじい剛腕を振り回すという怪獣大決戦だ。俺みたいにちっこくて小器用な選手がやったら吉本新喜劇になりそうだけど、ヘビー級のグラップラー同士がガチで激突してると説得力がハンパない。つうか当人たちが憑依し過ぎ&ハマり過ぎてて、ホントにキャラ演出なのかと思ってしまう。
ドゴンバゴンと会場に響く打撃音とか、肉を叩く音じゃねえし。バロンの跳躍力3メートル近いし。ビーストのナックルでエイダが跳ね上げられてるし。なんなんだお前ら。ホント人間じゃねえだろ。
「とりあえず、あんなやつらとは絶対やりたくねえ……」
あまりの熱戦に息を呑んでいた観客席から、甲高い歓声が上がる。何度目かの飛翔を見せた馬鹿鳥仮面が、オサーンの頭へ両脚で組み付いたのだ。ビーストが振り払う暇もなく、バロンは大きく背を反らす。
「ちょッ、おま……⁉」
マジか。ここで高角度後方回転投げかよ⁉
そんなもん、どこで覚えた……というか練習で俺が見せたウラカン・ラナか。しっかし、ここで対戦相手が初見の大技を、しかもそんな危険な角度で出すかね。
一瞬ヒヤリとしたが、キレイにぶん投げられて転がったオサーンが悔しそうな怒声とともに立ち上がったのを見て胸を撫で下ろす。
「キィイイイ、ィアアアァ……ッ!」
なんか楽しそうだな、あいつら。
ふたりは同類だけあって、どんどん息が合ってきてる。観客を巻き込んで、戦いがスイングしてきてる。
オサーンはバロンの繰り出す技をみんな受け止めて、対応して、観察して、吸収してる。驚くべきことに、試合中だというのに自分で工夫して試行錯誤して新しいものを編み出そうとすらしている。
もちろん上手くいってるところも失敗しているところも惜しいところまでいってるところもあるが、ふたりのフィジカルモンスターは互いに競い合い共鳴し合いながら高みに駆け上がっていっている。
なんだろな。見てると凡人の疎外感というか、置いてかれそうな焦燥感はある。
「なんてツラしてやがる」
気づけば呆れ顔のラックランドが隣で俺を見ていた。地下闘技場の若手をボッコボコにした後だけに、試合を見た連中から鋭い視線が刺さっているようだが本人は微塵も気にしていない。
「あの甘ちゃんのお貴族様も、いつだかお前の試合を見ながら、そんなツラしてやがったな」
「ん? エイダが? なんで?」
「知るかよ」
脳ミソまで筋肉で出来てそうな馬鹿鳥仮面にも悩みはあるということか。まあ、俺も他人ことを言えた義理ではないな。
◇ ◇
俺は、オサーンに全力の蹴りを放つ。
肉が震えて汗が飛び散り、視界の隅でキラキラと瞬く。止めようもなく噴き上げる雄叫びとともに、全身から熱が迸る。地下闘技場にいるはずなのに、空が見える。馬鹿鳥が舞うインシルリク男爵領の群青の空が。飛べと。挑めと。力の限りに羽ばたけと叫ぶ。
オレは、バロンに渾身の拳を叩き込む。
耳をつんざくほどに轟いているのは、観客席からの歓声か、夢で聞こえた波の音か。それとも、叫んでいる自分の声か。背筋を駆け抜けるゾクゾクしたものが、痛みなのか喜びなのかもわからない。
拳を振るうほどに周囲から音が消え、色が消え、試合場の熱狂も掻き消されて。目の前にいるバロン以外、なにも見えなくなってゆく。
――ああ、俺は。
――オレは。
今度こそ、届く。
「うおおおおおおおぉ……ッ!」
「りゃああああああぁ……ッ!」
目も眩むほどの光に包まれて、なにひとつ感じられなくなった。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




