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汗と涙とファイアボール ――異世界レスラー格闘記――  作者: 石和¥


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ぶつかる意思

めちゃ久しぶりですが途中まで書いてたのを上げます

 轟々と、耳を弄する波の音。オレはずっと、それを感じていた。恐怖と憎しみと怯えとを掻き立てる、怒涛の響き。故郷(ピエンテク)の浜辺で聞いていた陰鬱で無情な波浪のざわめき。


――これは、ヤベェな。


 二度目となれば、さすがに気づく。オレは、自分が気を失っているのだと理解していた。早く起きなければと、どんよりした混沌を必死で搔き分ける。


「オサーン! 戦闘不能か!」


 無理やりに目を開けると、闘技場の観客席が見えた。満場の観客たちは大声で叫びながら、全身でなにかを訴えている。“立て”か“戦え”か、それとも“殺せ”か。いずれにしても、言われるまでもない。

 身を起こすと、自分が倒れているのは試合場の端だとわかった。なんでこんなところにいるのかは、わからん。まだ頭がハッキリしていない。いまも目の前は揺れ動き、歪みつづけている。遥か彼方に、偉そうな態度で立っている仮面の男が見えた。

 最後になにを喰らったかは思い出せないが、いまの状況は理解している。あの仮面の道化師との闘いの最中だ。それさえわかっていれば、なにも問題は……


「クッククッ、クククッ……」


 まただ。あの耳障りな声と、鳥か魔物かわからん薄気味悪い動き。見ているだけで虫唾が走る。


「クッククー、……クゥッ?」


 ようやく立ち上がったオレを見て、手を後ろに組んだまま背筋を伸ばした道化野郎は、“おやおや、ご機嫌斜めか?”とばかりに小首を傾げる。


「……殺すぞ、てめぇ」


 わかってはいても込み上げる怒りが血を沸かせ、焦燥が胸を焦がす。頭を冷やせと、もうひとりの自分が警告を発する。

 認めるしかない。あの男には、とてつもない天性の才能がある。それは格闘でも、演技でもない。

 おそらく無意識に、極限まで他人をイラつかせる力だ。

 それが、対戦者にとっては最悪の結果を招く。そうだ。あのおかしな動きで膝蹴りを見舞われたオレは、ブチ切れて殴り掛かったんだ。最初の一発を叩き込んだところまでは、朧気にだが覚えている。だが思い出せるのは、そこまでだ。追撃を加えようとしたところで、なにか強烈な一撃で返り討ちに遭ったというわけだ。

 落ち着け。落ち着け。殺し合いならともかく、()()()()の戦いならば場慣れしているのは向こうだ。今回は略奪の場だ。なにもかも見て、覚えて、吸収して、自分のものにする。その力で、奴らを潰す。


「「「ビースト! ビースト!! ビースト!!!」」」

「「バロン! バロン! バロン!」」


 観客席から、地響きと歓声が降ってくる。まだ終わってねえ。本当の戦いは、これからだ。


「キイイイィィアアアァ……ッ‼」


 低く構えて突進すると、大きく振りかぶった腕で薙ぎ払うような拳撃。こちらの膂力と体力が残っているのだと、観客に示すための見せ技だ。案の定バロンは退()がりもせず、首を後ろに傾けるだけで躱した。瞬時の移動はできない、重心を落としたままの姿勢で。

 オレは空振った勢いのまま回転は止めず、見えない角度から逆の手を叩きつける。ヒューガ・タイトが“ばっくはんどぶろー”と呼んでいた技だ。いままで何百回も敵の顎を砕いてきた。外したのは、あのチビただひとり。


「ッ」


 バロンは同じ立ち位置のまま、前傾の姿勢で直撃を逃れる。やはり試合は見ていたか。クソが。回転は止めずに速度を上げ、無防備な脇腹を目掛けて全力の蹴りを放った。道化野郎は両腕を重ねて受け止めながら、勢いを逃がすように転がった。接近しかけたオレに、逆立ちしながら突き放すような蹴りを返してくる。


「「おおおおおおおおおおぉ……ッ‼」」


 一瞬の間を開けて、観客席から怒涛のようなどよめきと歓声。会場が静まり返っていたことに、いまになって気づいた。オレとバロンの攻防を見ていた連中は、息を吞んで固まっていたのだ。

 オレたちは間合いギリギリの距離を取って、試合場をゆっくりと回り始めた。獣が喰らいつく前に見せるような動きのなかで、次の動きを組み立て、動き出しの瞬間を計る。

 まどろっこしい。これがヒューガ・タイトなら、もっと端的に見極め素早く動き出せるのだろうか。そんな考えが頭を掠め、そんな自分の弱気を嗤う。

 あのチビになりたいわけでも、なれるわけでもない。オレはオレとして。オサーン・“野獣(ザ・ビースト)”として、敵を叩きのめし、観客を魅了し、勝利をつかむ。

 緊張と興奮が高まっていくのを感じる。観客席からも、目の前の覆面野郎からも。自分自身からもだ。内なる昂ぶりが胸の奥で燃え上がり、チリチリと背筋を焦がす。もう止められない。止める気もない。


「クエエエェーッ!」


 真っ直ぐに突っ込んできたバロンは、ハラワタを貫くような蹴りを放ってきた。わずかに掠めた脇腹が熱を持つが、気にせず踏み込んで拳を突き上げる。敵は身を(よじ)り躱そうとするが、逃がさない。一発や二発で仕留められるとは思っていない。何発でも何十発でも当たるまで繰り出し、倒すまで叩きつけるだけだ。


「イイイイイイイイイイ、アアァーッ!」


 全身の力を込めて、両の拳を突き出し続ける。素早さ器用さではバロンに分がある、とはいえ間合いに捕えてしまえばこっちのものだ。四発目で横っ面にキツい一撃を入れ、七発目でどてっぱらに真正面から突き刺した。こちらも相手の拳や蹴りを喰らっているが、体重と勢いの差で押し込んで距離を潰す。

 覆面の弱点か、斜め下前方と斜め上後方にバロンが反応できない死角があることに気づいた。問題があるとすれば、どちらも間合いのなかに入り込まなければ届かないということだけだ。


「キイィィアァ……ッ‼」


 耳元で叫びながら下から顎を突き上げ、同時に後頭部を刈り取るような大振りの拳を叩きつける。案の定、見えなかったようで対応が遅れ、直撃を喰らわせた手応えがあった。


「ぐッ、あ……」


 一瞬バロンが棒立ちになり、膝が崩れる。倒れるまいと(こら)えたようだが、そのせいで無防備なまま膝立ちの姿勢になっている。こいつがグンサーンの顎を砕いた、横薙ぎ膝蹴りならば良い的だ。

 オレは観客に見せつけるようにゆっくりと下がり、足踏みしながら距離を測る。観客席からは期待を込めたどよめきと、悲鳴のような声が上がる。これからなにが行われようとしているのか、見ている者たちの多くが理解していた。


「いいぞ! やっちまえ!」「仕留めろ、ビースト!」

「立て、バロン!」「負けるな、バローン!」


 これは“覆面貴族”と“野獣”の戦いだ。勝とうが敗けようが、最後まで全うしてやる。無駄な情けは互いに毒にしかなるまい。


「イイイイイイイィ、ァッ!」


 オレは全力で踏み込みながら、せいぜい身を守れと警告を込めた叫び声を掛ける。まだ意識が飛んでいるのか、必死に頭を守ろうと両腕を挙げるのが見えた。

 阿呆が。馬鹿正直なバロンは、オレの意図を読み誤った。勝敗を決める見せ場で、他人の技を盗むわけがねえだろうが。


「ごふぉッ⁉」


 全体重を込めた両足での飛び蹴りで、オレは覆面貴族の鳩尾(腹の急所)を蹴り抜いた。

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