目覚め
ほどなく駅前になろうという歓楽街の中ザワザワと声がしている場所があった
(何か、あったんだろうか?)
今日の健一は苦手な得意先との仕事で疲れ果てていた、一刻も早く家路に着きたかった
次第に人だかりが見える
電柱に前から突っ込んでいる車が見えてきた
その近くで倒れている人影も見える
どうやらすぐ近くで事故でも起きたらしい
野次馬が右往左往しながら叫んでいた
「車に乗ってる方は息してないぞ!」
「早く誰か救急車呼んで!」
「あ、今私が電話で呼んでます!」
どうやら事故が起きて間もないようだ
人ごみの脇をする抜けるように歩く
チラリと事故現場に目をやると若い男性が倒れていた
20代後半くらいのサラリーマンだろうか頭や口から血を流し右側の腕
そして足が折れて明後日の方向を向いている
「まだ息があるぞ」
「しっかりしてください、わかりますか?」
周りにいる数人の男性が倒れて動かない男性にしきりに声をかけている
(見た感じ・・・もう無理だろう・・・)
健一でなくてもこの場にいた人間は皆そう思っている程の怪我であった
電柱に突っ込んでいる車に目をやるがそちらはすでに絶望的な状況
男が乗っているであろうというのが辛うじて見て取れたがほぼ全身を潰されてしまっているようだ
おそらくすでに死んでしまっているだろう事は近くにいる人々の表情や行動から見て取れた
あまりにも悲惨な光景にその場からすぐに離れたい気持ちでいっぱいになり
健一は自然と早足でそこを通り過ぎようとしていた
(とんでもないもん見ちまったな)
健一が丁度彼のそばを歩いた時「目を開けたぞ!」「聞こえますかー!?」
なんとか助けようとしている人々のの怒声にも似た声に健一は再び視線そこへを向けてしまった
彼が眼を見開いている・・・眼球は微少に動き健一と惹かれあうように目が合う
その瞬間!健一の脳裏に見た事もない景色が眼前に広がった
突然の現象に健一は立ち止まり眼を見開いた
(何だよ、これ!)
目の前には両親と小学生くらいの男の子が楽しそうに食事をしている
(オレは今どこにいるんだ?家の中みたいだがオレは外にいたはずだしこんな家族も知りもしない!)
「オ、オイ!お前らはなんだ!?ここはどこなんだ!!」
当然のように健一は声を荒げる
・・・が反応は無い
「無視すんなって!」
座っている父親の肩に掴みかかった健一の手は無情にもすり抜けてしまった
「ッ・・・・・」
あまりのできごとの連続に健一の頭は真っ白になり声を出すこともできない
明らかに自分はこの家族には見えていないし存在すら認識されていないと感じた
「オレは・・・気づかない内に死んで・・・」
しばらく(ほんの数分だが健一には何時間にも感じられるようだった)呆然と目の前のできごとを観ていると
誕生日なのだろうか少年は父から手渡されたプレゼントを幸せそうな顔をしながら受け取っていた
健一があれこれ考える間もなくまたもや一瞬で流れるように景色が変ってしまう
キョロキョロと辺りを見回す事しかできない健一の後ろから制服を着た高校生が追い抜いていった
(ここは・・・高校?)
校門には誰かを待っているのだろうか男子高校生が時計とにらめっこをしながら神妙な面持ちで立っていた
「ゴメンなさい、遅くなって」
そう言いながら先ほど健一を追い抜いていった彼女が彼の元へ駆けていく
「あ、いや!全然!全然へーきだよ!」
彼が顔を少し赤くしながらあわてたように取り繕う
「フフフ、何それ。で、話って何?」
「いや、そのー。えーとー」
少しの沈黙の後意を決したように彼は言った
「今度の日曜さ、暇?」
「それってもしかして」
「あ、いや用事があるなら良いんだ、うんうん」
「うーん、いいよ」
さきほどまでと打って変わって彼の顔が喜びの表情に包まれていく
(なんだってんだよ一体、オレはさっきから何を観てるんだ)
健一はただただ観る事しかできなかった
(ん!?なんだろう・・・あの男どこかで見た気が・・・)
不思議な感覚に囚われながら理解のできない状況から一刻も早く脱したいそんな気持ちであった
(目を閉じたら元の世界に戻るかもしれない)
何の根拠も無かったが何かにすがるしかない
そっと目を閉じ、そして開けると・・・
そんな願いもむなしく健一はどこかのビルのような建物だろうか階段の踊り場に立っているのだった
「どういうことか説明しろよ!」
「何を言われようがあの企画はオレの仕事だ」
健一の目の前には言い争っている二人の男がいる
言い争ってはいるが声は周りには聞こえないように抑えているような話しの仕方のように感じる
男達の顔をよく見てみるとすぐさま健一は確信する、そうそれはつい先ほど出会った人間だからだ
(あいつはさっきの高校生だ!)
しかしあの時彼ではない、数年の時を経過したであろう彼であった
顔は高校生の頃の彼よりもやや大人びており服装からしてサラリーマンであるのは間違いないだろう
(いや、違う!オレはこの男の事をもっと知っている!)
(・・・この男はさっきの事故の被害者だ!)
自分の頭が冷静になり整理されていくほど混乱しそうになっていく
「悪いがこの話はこれで終わりだ」
「まだ話は終わってねーんだよ!逃げんじゃねぇ!!」
彼はこの場から去ろうとしているのを相手の男が引きとめようとするが
彼はそれに気づいてかそそくさに上の階のフロアに戻って行ってしまった
「クソがあああ!」
健一は事の顛末を一部始終とはいえ覗き込んでしまった
それは今自分が置かれている立場を忘れさせ物語りに引き込まれるかのように目を離す事ができない
この後に自分に起こるだろう出来事に期待してしまっていた
そう、まさにその時
「あの?大丈夫ですか!?」
耳元で突然の大声に体が仰け反る
健一は振り返るとそこには女性が必死に声を掛けてきている
「・・・ッ!?」
「と、突然目の前で立ち止まったと思ったらしばらく動かなくなったんでわたしビックリしちゃって」
辺りを見回してみるとそこにはかけつけた救急隊員が事故現場にやってきたようだった
(も、戻ってきたのか?俺は)
「心肺停止してるぞ!」
「急いで搬送しろ!」
周りの空気が緊迫感に包まれているのを感じる
「あのー・・・ホントに大丈夫ですか?」
サイレンの音と共に救急車が走り出していく
警察が辺りの人を誘導し現場から皆離れていった
返事も返さずにフラフラと駅に向かって歩き出す
今は何も考えたくなかった