17 死神・駿
死神・駿
数日後、勝男が訓練をしていると伝令が勝男の出頭を伝えてきた。
衣服を整えると急ぎ城長のところに出頭する。
そこには城主まで出席して百人長まで全員そろっているではないか。
「城長、勝男出頭しました」
「おう、すまんな、朝早くから」
城長というのは城に配備された長で大体中央の五百人長と同格だ。
しかし、中央の五百人長とちがい上司は城主のみ。
城によっては城長といっても万人長があたることもある。
実際には田舎の城では多くて8百ほどなのだ。
城長は城主のほうに目をやる。
「勝男とやら、先日はよくやってくれた、感謝するぞ」
「はい、恐れ入ります。自分の役目を全力でやっただけです」
「まあ、謙遜はそれぐらいで。この度中央の万人長から顔を見たいと言ってきたの
でそなたに出頭してもらえないか。との、打診じゃ」
「はい、万人長のおさそいということなら、万難をはいしていきます」
「たいしたことではない、そなたの活躍は中央に報告しておいたのだが、一部情報
がいきわたらなかった様でその件について聞きたいとのことだ。けっして、そな
たの活躍を報告しなかったわけじゃないから、あらかじめそなたに言っておくぞ」
「そうなのですか?、今回の呼び出しは?、ではその件に関しての報告を兼ねるの
ですね。了解しました。うまくやりますよ」
「ああ、たのむ。おそらく報告が途中で捻じ曲げられたのだろうな。あまりにすご
い内容だったのでな。けっしてそなたの活躍を書かなかったわけじゃないからな」
部屋の隅にいた男が突然声を出す。
勝男の論功行賞の申請と言うより戦闘記録に大幅な改竄の責任をつきつけられた城
代。
勝男の戦功審査の召喚に真っ青になっていた。
「城代、いい加減にしたらどうだ。報告は正確に送っていたのではないのか?勝男
殿のことは一言も書かれてなかったぞ。おかげで万人長の正勝様に叱られてしま
ったのだ!」
城代は必死にあやまる。
この時点、城代はこの男が単なる使いの者と思っているからだ。
「すみません、けっして隠すつもりはなかったのですが」
「まあいい、勝男とやら、これから出かけるがいいな」
そういっていきなり連れていこうとする。
だが勝男は突然、
「駿様、ちょっと部下にだけ断ってきますのでお待ちいただけますか」
そう言って、断ったのだ。
駿と呼ばれた男は驚いて目を見張る。
「そなた、なぜ私の名前を知っているのだ? 城代にも話していないのに、そも
そもその名前はこちらの者には誰にも伝えてないはずだ!」
そういわれた勝男は、きょとんとして返事をする。
「そういわれれば、なぜ知っているのでしょう。見たとき駿様が来たのか、と頭
の中に閃いたのでつい」
「不思議なものだな、ここに来た使いの者達も私の名前を知らずただ正勝様か
らの使いの者としか教えていないのだ。一応名前を知っていたなら、私の事を
知っていると思うのだが」
「はい、正勝様の直属の方で、参謀長をやっている方だと」
「ふむ、不思議な男だな。わたしのことを知っている者がそんなにいないのに、
こんな片田舎の十人長がそれを知っていたとは、誰から聞いたのだ」
「誰からも、ただ知っていたのです」
「まあいい、そのへんは後で聞くから、用事を済ませてくるがいい。私は城代と、
もう少し話をしていくから、待ってるぞ」
「はい、ありがとうございます。すぐにいってまいります」
そういって勝男は部屋から退室する。
残された城代と城長はすでに顔色が変わっていた。
駿という名前は聞いたことがあるのだ。
『死神・駿』という名前を。
『彼が名前を明かして行動するときは粛清の時だ』と言うのを。
ただ顔を誰も知らない。
そのため、噂だけが先行していた。
その本人が目の前にいるのだ。
「そなたたち、いい部下をもって幸せでしたね。本来万人長からはお前たちの粛
清も検討してこいとの仰せだったので。だがここでそなたたちを粛清すれば、
私のしわざというのが決まってしまうのでね。こちらの正体がばれた時点で命
令は撤回されました。あの若造に感謝しておくのですね。わたしもあの勝男を
敵にしたくなくなったのでね」
城代と城長の二人は自分たちの身の安全を保障されたのでほっとしていた。
戦報告の改竄は最悪死罪でも適用される重罪だ。
それを、不問としてもらえた二人だった。
やがて戻ってきた勝男は二人に挨拶して駿の後について城を後にした。
二人から感謝の言葉を送られる勝男にはその意味がわからなかった。
駿は白都へ戻る道で勝男と話をしていく。
駿は父親が無いために苦労した。
母親に聞いても行きずりの男で名を知らないという。
『もう戦地に出て戦死したから』としか教えられていない。
なぜか、出世は順調で今の地位に昇ってきた。
しかし、父親の居ない駿には茨の道ではあった。
親がいないというだけで差別されてきたのだ。
その復讐とも言うべき形で他人に厳しく接してきたのだ。
巧みな話術でいろいろな情報を仕入れていく。
驚くことは勝男が白都の情報に驚くほど詳しいことであった。
白都に住む駿も知らないことを知っていることだ。
だがいくら調べてもなぜ勝男がそのことを知っているのか?
ついに聞き出すことは出来なかった。
勝男自身知らないので当然とも言えた。
まだ、二十歳の若輩と舐めてかかれば手痛い目にあうことは判る。
駿自身が出した結論は、勝男自身とは生涯の友人となることだ。
そして、それはうまくいった。
こうして旅は無事に済み、駿にとって思わぬ収穫のあった旅路だった。
駿は正勝将軍の許に急ぎ報告に上がる。
それと共に確認したいことがあったのだ。
「正勝様、ただいま帰りました。」
部屋にはさいわい正勝将軍一人が書類の山を相手に苦戦していた。
「おう、やっとかえってきたな、といってもずいぶん早いな」
「はい、馬車を急がせましたので」
「なにかあったのか、急がせるなんて、普通はのんびりしてくるものなのだろう」
「はい、正勝様に確認したいことが出来まして」
「まあいい、それよりあの勝男というのはどうだ、使い物になりそうか」
「とんでもない掘り出し物でしたよ、おそらくいまいるどの人材よりも優秀です、
すみやかに部下よいうより友人として迎えておくことをお勧めします」
「どういう意味だ、部下ではなく友人というのは、相手は田舎の十人長なのだろ
う」
「はい、今はたかがその程度です。でも将来は確実に正勝様より上になる人です」
「どういう意味だ、私の立場を追い抜く危険人物なのか」
「いえ、危険人物どころか人畜無害な男です。だけど将来陛下が接触するような
ことがあれば一躍側近に取り入れるほどの情報をもっています」
「情報だと、そんなものでどうして側近になれるのだ、あの辺境では知っている
こともたかが知れているだろう」
「いえ、彼はおそらく神と接しているのではないかと思われるほどの知識を持っ
ていました。」
「大げさな、そんな馬鹿なことがあるか」
この時代、神という存在を知られていた。
神に選ばれた男は確実に国の根幹にかかわる存在だという伝説。
神に出会った男の特徴は知識と情報に優れていることだ。
駿は勝男が神に選ばれた男と確信していた。
そうでなければ、駿が大臣の落胤だと知るわけが無いからだ。
母親も秘密にしていたことだ。
街に帰って最初に確認したことだった。
逆に母から問い詰められて困ったぐらいだ。
『愛する人の妨げになるなら命を捨てる』と言われて宥めるのに苦労した。
駿の昇格に大臣の後押しがあったからと勝男に知らされたのだ。
母親の態度と父親も駿を気に掛けていることを知らされてうれしかった。
身分上、正体を明かせば駿に危険が及ぶと今ならわかった。
自分が二人に望まれて産まれたことを知ったからだ。
決して、父無し子ではなかった。
『死神・駿』が消えたときだった。