15 初勝利
初勝利
勝男が十八歳の時に反乱は起きた。
地方の軍が鎮圧に送られる。
しかし、逐次投入という最悪の展開で鎮圧が先延ばしになっていた。
ようやく、重い腰を上げた中央政府。
そして、千人長を起用した。
千人長の下に集められた地方軍。
その中に勝男はいた。
送られた戦場では勝男の村の者たちは雑役にまわされ主戦場には送られなかった。
その中で勝男は伝令と斥候の役目を受けていたので乗馬が許可されていた。
部下たちも同様だ。
あちこちの戦況を調べて情報を集める役を割り振られていた。
この時代に珍しく情報をうまく扱う勝男は便利だったからだ。
そして、その情報を元に戦場が決められた。
ある意味、戦場を一番良く知っているのは勝男だとも言えた。
しかし、今回の戦いに斥候はいらないということで城の留守部隊預かりだった。
千人長の出陣に反乱軍も乾坤一滴の勝負を挑んできた。
集めた兵数は賊軍が二倍というところだ。
ただ、反乱軍は装備や錬度は落ちるが、数と戦いに長けていた。
中央からおくられてきた千人長は金によって位を買ったものだ。
今回の戦いで功績を挙げてその地位を固める予定だった。
当然、このような戦い方を知らない。
いつもの演習では卑怯な急襲という概念さえなかった。
正攻法で対陣したところを背後に回った敵軍に少数で追い立てられ殺された。
戦いにおいて、背後の守りを固めるのは当然なのだ。
その基本さえ出来ていない素人だった。
もっとも、初めてに近い内乱に実戦の経験が少ないのは当然ともいえた。
指揮官をなくした軍は弱くただ城に引き上げるのみだ。
指揮系統を統一して置かなかったのが原因だ。
自分が殺される可能性を考慮に入れていなかった指揮官の責任ともいえた。
なにしろ、演習では指揮官が囲まれればそこで戦いは終了だからだ。
殺された後のことなど検討したこともなかったに違いない。
反乱軍の勢いは強く寄せ集めの討伐軍はたちまち城に追い立てられてしまう。
殿を引き受けた五百人長はよく善戦していたともいえる。
総崩れ寸前を立て直して戦っていた。
しかし、一番の問題は直接指揮ではない者たちが多いので伝令がうまく伝わらない。
なまじ余分な味方がいなければ、遙かに有利に戦えるのに苦戦していた。
勢いに乗った賊軍は多少の犠牲を物ともせず攻めてくるからだ。
いつものセオリーはつかえなかったのが痛い。
これに勝たなければ後がないと覚悟した賊軍は死に物狂いで戦ってくるからだ。
必死に足止めするのが精一杯というところだ。
城に半数が入ったところでついに敵の本隊が追いついた。
勝利を確信して大将が出てきたのだ。
城の前で虐殺が始まろうとしていた時だ。
城の守将はその勢力の多さに驚いて、門を閉めて仲間を見捨てようとした。
砦から見れば、視界が賊に埋まっているような印象だ。
守将がびびって門を閉めようとしたのは本能だ。
遅れると味方と一緒に敵が雪崩れ込んできそうだったからだ。
殿で頑張っていた将と部隊を見捨てて門を閉めようとしていた。
勝男はかつてあの老人が言っていた仲間を見捨てるなという言葉を思い返してい
た。
いま自分がこの場に居合わせるのが天命ならここが勝負と声を出した。
「これから味方を救いに行くが、付いてきてくれる仲間はいるか!」
伝令もやっているので声がよく通る。
怒号が渦巻く中に勝男の声が響き渡った。
振り返ると自分の手下はみんな来てくれるようだ。
だがその声を放った瞬間場内は静まり返った。
乱戦の中、少数が飛び込んでも死ぬだけだ。
そんな馬鹿なことをいうのは誰かというように。
馬に乗って一際高い所に上がった勝男は改めて声を掛けた。
「あらためていう、味方を救いにいくが付いてこれるものは来てくれ」
それだけ言うと門に向かって突撃していく。
騎馬の一団が味方あふれる城門出口に向かう。
参加はしないが、声を掛けて声援を送る者もいる。
閉まりそうだった門はそれを見て止まった。
門に向かって外から追い立てられていた仲間の兵士達。
門が閉まりかけて絶望的になっていた。
すると、閉まるのが止まったのだ。
なにがおきたにしろ希望がわいてきた。
そこに城内から新手の一群が飛び出してきたのだ。
逃げ惑っていたものたちは城から援軍がきたと信じた。
絶望の中に希望を見て勇気が湧いてきたのだ。
その数は知らされない。
しかし、味方が叫ぶ「援軍だ!」という声に勇気が湧いた。
城から飛び出した二十一騎(同調して10騎増えた)
真っ直ぐ敵の本隊に突撃していく。
狩をするつもりの油断していた追撃隊の将たち。
門が閉まりかけたので完全勝利を信じていた。
このケースで門が閉まるのは味方を見捨てた時だと経験しているからだ。
手遅れになれば、敗残兵と一緒になだれ込んで城を落とせる。
そうしないだけ、敵軍に理性がある。
逆に言えば、外に残った敵は自分達の獲物だ。
味方がいるので、城から矢などの攻撃はこない。
狩りをするようなもので、完全勝利そのものだった。
突然の「援軍だ!」という叫びと怒涛の勢いの一群に驚いた。
こんな場合に敵に余裕のあったことなどないからだ。
急ぎ陣容を固めようと奔走する。
だが水を裂くように進軍してくる一団を防げない。
そして、先頭の男が振る剣にあっさり沈んだ。
後には立場を同じにした右往左往する兵がいるだけだ。
冷静に状況を判断した将軍もいた。
援軍が少ないことを見抜いた。
通り過ぎた後を襲おうと追いかける。
直後に今まで逃げ惑っていた敵が意思を持ったように突撃してきたのだ。
その勢いは最初の一群に引けをとらない。
振り返った直後を襲われる形になり総崩れだ。
敗軍と思っていたが、実は勘違いだ。
単に指揮官が居なくなってどう動いたら判らない迷軍だったのだ。
あの混乱の中、迷いを断ち切るように駆け抜けた男にすべてを預けた精鋭に変わった
時だ。
反乱軍は流れは止められないまま本陣まで押される。
反乱主将は逃げる間もないまま勝男のまん前に飛び出す格好になった。
それだけ、勝男の進撃が速かったのだ。
主将は、剣を構えて一撃を受け流して相手と反対方向に逃げるつもりだ。
剣構えて一撃に備える。
しかし、事態は一瞬で終わった。
構えた剣を鎧ごと一刀で切捨てられた。
反乱軍の首謀者は勝男の一撃で一蹴されてしまったのだ。
主将を斬ったと思わない勝男は勢いのまま通り過ぎていく。
皮肉なことに手柄を吹聴したのは敵軍の方だった。
「公が斬られた」「大将が死んだ」などの声が上がる。
反乱軍の戦意は一気に下がった。
勝男はそれらの声を聞き、まさか自分が切り捨てたと思わない。
「勝利は近いぞ」と掛け声を上げながら縦横にはしりまわった。
やがて戦場の敵が引き上げていく。
その様子は最初の勢いを失って蜘蛛の子を散らすようなものだ。
ようやく落ち着いたところで城から本格的な援軍が到着した。
しかし、やることは戦うことではなく戦場の後始末といった所だ。
反乱軍首謀者の亡骸は馬に踏まれて見るも無残だった。
しかし、斬り口から勝男が斬ったものと判断された。
近くに落ちていた刀の斬り口と鎧の斬り口を見たものはみな驚きの声を上げる。
剣と鎧がまるで藁人形同様に斬られていたからだ。
戦場にはいつの間にか勝男をたたえる声が響き渡っていた。