第21話:リアルモードの逆襲! 5.25インチのパケット偽装バッチ
ジョーさん率いるネオHeavenからの『死のピン(Ping of Death)』による最大サイズパケット爆撃の余波で、オアシス幕張の管理室の液晶モニターは激しく同期を乱し、明滅を繰り返していた。
だが、イザベラさんの電動車いすに搭載されたブラウン管(CRT)モニターだけは、キーンという高周波の電子音を立てながら、頑なにグリーンのプロンプトを維持していた。
C:\>
「はぁ、はぁ……バカな……! 最大サイズ(65500バイト)のパケットをこれだけの高密度で叩き込んだのだぞ! なぜお前のシステムはクラッシュ(即死)しない!?」
通信スピーカーから聞こえるジョーさんの声には、先ほどまでのスマートな余裕は一切消え失せ、本気の焦りと驚愕が混じっていた。
「ジョーさん、だから言ったろう」
イザベラさんは、ドレスの袖で額の汗を優雅に拭いながら、不敵に微笑んだ。
「あんたの放った濁流はね、HIMEM.SYSで拡張したハイメモリの領域へすべてそのまま素通り(スルー)させてやったのさ。640KBの聖域に触れられない算法なんぞ、ただの電気の無駄遣いだよ」
「くっ……! 防御が完璧だというなら、このままパケットを撃ち続け、お前たちのルーターの帯域を物理的に焼き切ってくれる!」
「そうはさせないよ。やられっぱなしじゃ、DOS/Vの現役マダムの名が廃るからね」
イザベラさんは車いすのサイドデッキにある、今の若者が存在すら知らない「巨大なスロット」へ手を伸ばした。
それは、現代のSDカードやM.2 SSDはおろか、3.5インチのフロッピーすら過去にする遺物――『5.25インチ・フロッピーディスクドライブ』だった。
「タエコさん! 例の『スタックデータ』をここにマウントしておくれ!」
「任せなさい! 昔、うちの旦那が会社の倉庫から『これからはIBMの時代だ』って持って帰ってきた家宝の黒いペラペラなやつね!」
タエコおばさんが買い物袋からガサゴソと取り出したのは、ペラペラに薄く、四角い大きな5.25インチのフロッピーディスクだった。タエコおばさんはそれをイザベラさんのドライブへ差し込み、パチンと物理的なレバーをロックした。
カシャコン……カシャコン……カシャコン……。
管理室に、磁気ディスクを泥臭く読み取る、力強いレガシーな駆動音が響き渡る。
「さあ、お返しのカウンターさ、ジョーさん。あんたのMojoシステムは、最新の暗号化や高度なセキュリティレイヤー(WAF)でガチガチに身を固めているね。だが……OSが起動する前の、剥き出しの『リアルモード』から、ルーティングテーブルの根本へ直接パケットを偽装して割り込まれたら、どうなるかね?」
イザベラさんの指が、IBM製メカニカルキーボードをマシンガンの如き速度で叩く。
A:\> COPY NEOSMAS.BAT C:\
C:\> NEOSMAS.EXE /ARP_SPOOF /FORCE
「バッチファイル実行(GO)だよ!!」
イザベラさんがエンターキーをブチ抜く音と同時に、5.25インチの磁気層から読み出された原始的な「パケット偽装バッチ(CUIコード)」が、光回線のIP網を逆流してネオHeavenの基幹サーバーへとダイレクトに突入した。
それは、最新のAIが「データとして高度すぎてスルーする」ほど単純で、それゆえにセキュリティのバリデーションにすら引っかからない、剥き出しのネットワークレイヤーへの直接書き換え命令(ARPスプーフィング)だった。
ジョーさんのMojoシステムが事態を認識するより早く、ネオHeavenの全ルーターのゲートウェイアドレスが、イザベラさんの打ったコマンドによって「存在しないダミーのアドレス(127.0.0.1の無限ループ)」へと強制的に書き換え(上書き)されていく。
『エラー、エ、エラー……! ネットワークの根本の地図が……上書きされました……! 外部へのパケットが、自らのサーバールーム内で無限に衝突を起こしています! 処理速度3万5000倍のパワーが……すべて身内への自爆トラフィックに――』
「な、何だと……!? 私のMojoが……ネオHeavenのサーバー群が、インターネットから完全に孤立していく……!?」
ジョウさんの悲鳴がスピーカーのノイズに紛れる。
次の瞬間、窓の外に見える真っ黒な算法の城『ネオHeaven』の、あのミラーガラスの奥で不気味に点滅していたLEDの明かりが一斉に、フッ……と静かに消灯した。
超高速の自動生成AIたちも、ネットワークという血管を根底から締め出され、完全に窒息してブラックアウト(沈黙)したのだ。
「ふぅ……」
イザベラさんは、愛車のCRTモニターに表示されたC:\>のプロンプトを見つめながら、エレガントにキーボードから手を離した。
「贅肉だらけの最新鋭が、1枚のペラペラなディスクに締め出される。デジタルってのは、いつの時代も上を見すぎて足元がお留守なんだよ」




