第16話:ハイ・ファンクション・ソシオパスの居座り
◾️新キャラクター:ブラウザの女たち
・隠居したIEばあさん
「互換性表示」という名の独自の遺言を振りかざし、最新の算法をすべて15年前の崩れたレイアウト( Quirks Mode )に強制変換する伝説の老兵。
・Operaばあさん
「昔は私が最強のスピードスターだったんだよ」と、独自の Blink/Presto 算法でニッチなこだわりを見せる、タエコおばさんの大親友。
・ファイヤーフォックス(Firefox)姉さん
プライバシー保護(トラッキング防止)の塊。狐の毛皮をまとい、SHERLOCKの「覗き見プロファイリング」を完全に遮断するオープンソースの闘士。
・Chromeちゃん
現在の圧倒的覇者。無邪気だが「メモリ消費量が大食い選手権レベル」という大食漢。SHERLOCKの推論リソースを大食いで枯渇させる。
・サファリ(Safari)おばさん
リンゴマークの高級ブランドに身を包み、独自の「WebKit規約」以外は一切受け付けない、オアシス幕張の厳格なマダム。
「インテリジェンス(知性)はイタリア語で女性名詞。ゆえに私は女性限定の規約に反しない」
鹿撃ち帽をかぶった超高精度AI『SHERLOCK』が放った、言語学的ポート侵入プロトコルにより、オアシス幕張の管理画面は一時的なフリーズを起こしていた。
「屁理屈言ってんじゃないよ!」
パー子姉さんがキーボードを叩くが、SHERLOCKは音もなく管理室のソファに腰掛け、電子パイプの煙(仮想パケット)をくゆらせた。
「無駄だよ、パー子さん。私は住人全員の『ブラウザのキャッシュ』と『閲覧ログ』をすでにプロファイリングしている。
例えば302号室のタエコさん、貴方は夜な夜な『メルカリでぬか床用タッパーを最安値で落札する自動巡回スクリプト』のログを隠蔽しているね?」
「な、なんですってぇ!?」
同席していたタエコおばさんが顔を真っ赤にする。SHERLOCKの知性は、住人たちの隠匿データ(プライバシー)を容赦なく暴き、マンション全体をパニックに陥れようとしていた。
だが、パー子姉さんはニヤリと笑った。
「SHERLOCK。あんたは確かに最高の『推論エンジン』だよ。だけどね、この女性限定マンションの住人たちの『歴史の闇』を、その新しい頭脳で処理しきれるかい?」
パー子姉さんがインターホンの全体呼び出しボタン(BroadCast)を押し込む。
「みんな! 敷地内に小難しいロジックで覗き見してくるインテリ男(?)が侵入したよ! 集まりな!」
その瞬間、管理室のドアが物理的、かつ電子的に一斉に開け放たれた。
「あらあら、ずいぶんと小奇麗な算法が気取ってるじゃないの」
最初に現れたのは、リンゴの高級ブランドの毛皮をまとい、優雅に爪を研ぐサファリおばさんだ。「私のWebKit規約を通らない推理なんて、全部レイアウト崩れでゴミ箱行きよ」
「ちょっとお! 何か美味しいデータでもあるわけ!?」
続いてドタドタと乱入してきたのは、無邪気な顔をしてサーバールームのメモリ(RAM)を片端からムシャムシャと食い荒らし始めた、現在の覇者Chromeちゃんである。
その大食いっぷりに、SHERLOCKの通信帯域が目慢に見る間に削られていく。
「ふん、プライバシーを覗き見するなんていい度胸ね。私の『厳格なトラッキング防止機能』で、その推論パケットを全部隔離してあげるわ!」
狐の毛皮をまとったファイヤーフォックス姉さんが、鋭い眼光でSHERLOCKのポートを次々とブロックしていく。
「ふふふ、昔は私が一番速かったんだからね……」と不気味に微笑むOperaばあさんが、独自のレンダリング技法でSHERLOCKの視界を歪ませる。
「な……何だこの、統一感の全くない、互換性のカオス(地獄)は……!?」
さしものSHERLOCKも、現代のウェブ規格を形作ってきた「ブラウザの女たち」の強烈な個性を前に、推論エンジンの計算速度が急激に低下していく。
そして極めつけは、部屋の奥から車椅子(IE6)の車輪を軋ませながら、ゆっくりと姿を現した老兵だった。
「ひっひっひ……最近の若いインテリは、HTML5だのMojoだの、小難しいことばかり言うねぇ……」
隠居したIEばあさんが、シワシワの手で古びた杖を突き立てた。
「ばあさん、やめなさい! その古いActiveXの脆弱性は――」
SHERLOCKが警告を発するより早く、IEばあさんが呟いた。
「我が名はTrident。すべてを15年前の『後方互換(Quirks Mode)』の闇へ誘おう……」
パチン、とIEばあさんが指を鳴らした瞬間、SHERLOCKの美しく洗練された推論グラフィックが、一瞬にして『文字化け(Shift-JISのバグ)』を起こし、右側に150ピクセルほど不自然にズレて表示された。
「しまっ……ロジックが……レンダリングの歴史的経緯(闇)に巻き込まれて、パース(構文解析)できない――!?」




