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27〔ライトノベル奇譚〕


27〔ライトノベル奇譚〕





「またライトノベル……」


 帰ってくるなり、ピーコートもろとも上着を脱ぎながら真子ネエ。ま、いつものことだけど。


「大橋むつお……この人、劇作家でしょ?」


「ラノベも書いてんの。エンタメで文学性もあるし……」


 と、口ごたえして、あたしは、もう後悔し始めた。真子ネエの目が本気モードになってきたから。


「文学書の百冊も読んでから言いなさいよ。せめてね、筒井康隆とか小松左京とかなら文学へのとば口になんだけどね『はるか ワケあり転校生の7カ月』……うちにも配本されてきたけど、バックヤードオキッパで返本しちゃったよ」


「中身も読まないで?」


「日に何十冊も来る新刊本なんか読んでらんないわよ。新聞とかの書評見て並べんの。良い本なら、一定の書評とかネットへの投稿とかあるもんよ。だいたい小説のくせして挿絵多すぎ。これでも読みな」


 ドン


 真子ネエが置いたのは『サラバ!』の上巻。直木賞とって本屋大賞にもノミネートされてる。あたしにも、それくらいの知識はある。だってラノベって本屋に行かなきゃ買えないもん、自然と目につく。


 真子ネエは、そのままスカートも落とした格好でお風呂に行った。ま、こうすりゃ着替えのパジャマだけ持ってればいいわけで、時間的にも空間的にも節約にはなるんだろうけど、女同士とは言え、もう少しデリカシーないと、一生独身だぞ。


 と、聞こえないように毒づく。


「ねえ、音楽は音が楽しいって書くのに、文学はなんで文を学ぶって堅苦しくかくのさ」


 風呂上がりの真子ネエに一矢報いようと、無い知恵を絞って絡んでみる。


「萌恵、ほんとバカだね。文に楽しいなんて書いたら『文楽ぶんらく』と区別つかなくなるじゃん」


「あ…………文楽なんて、年寄りくさいもの関係ないわよ」


「下手な知ったかぶり、墓穴ほるぞぉ」


「じゃ、じゃあさ、芸者って、今と昔じゃ意味が違うんだよ。知ってた( ̄^ ̄)?」


「芸者は、プロコンパニオンのことでしょうが、昔から」


「昔はね、武芸者のことを言ったんだよ。だから宮本武蔵なんかは、剣豪じゃなくて、名芸者って呼ぶべきなのよ」


「そんなの初めて聞いた。どうせライトノベルのデタラメでしょ」


「そんなこと……」


 続きを言おうとしたら、さっさとベッドに潜って、あろうことかオナラで返事。


 朝は萌恵が「オナラで返事するな!」と朝食の席で言う。たとえ親の前でも言っていいことと悪いことも区別できない。ラノベ漬け女子高生の不届きな感性にへきえき。



 今日は後期試験の合間なので、シフトをフルにしてもらって、朝からJ書店の女性スタッフ。書架から取次に返本する本の抜き取り。そのあとを本職の売り場主任が、昨日の売り上げやら情報で、本の並び替えをやっていく。大橋むつおの本も、一度は最上段に並んだけど、まあ、取次への義理。一週間でバックヤード。萌恵に言ったことと大差ない扱いだった。


 交代で遅い昼食。バイト代が安いので休憩室で業スー弁当。休憩室にはレンジもあるので、ホカホカにして食べられる。


 ちくわのテンプラといっしょに夕べ萌恵が言ったことを咀嚼する。スマホで「芸者」を引く。意外にも萌恵の説明が正しいことが分かる(*_*)。


 MMM……対抗策として、近代日本語で反論と決める。今の日本語のほとんどは、明治になってからの造語だ。明治時代には「芸者」は、すでに今の意味で使われている。よし、これでラノベ少女を言い負かせる。


 ファンファンファンファン ファンファンファンファン


 そう思った時、火災報知器が鳴った!


「え、なに?」「火災警報?」「え、マジ!?」「やだ、どこ!?」「エーー!?」


 などと言っているうちに電気が消えて非常灯になる。


「早くお客様を誘導しなくちゃ!」


「早く逃げよう」を、そう意訳した本職のあとについてバックヤードから売り場へ。火元はこの店か、その近く、非常灯もかすむほどの暗闇に煙が充満。ハンカチを口と鼻に当ててしゃがみこむ。


 書架が幾重にも重なって、いつもなら目をつぶっても歩けそうな売り場が、まるでラビリンス。


 やがて、彼方の方で火が見える。本屋は薪の山のようなもの、延焼してきたら目も当てられない。


「スプリンクラーが作動してないよ(;'∀')」


 本職のオネエサンが泣き声で言う。バイトのあたしたちはパニック寸前。


 すると、近くの書架が光りだした!


 あんなところに非常灯!?


 痛む眼で、その光を見つめる。視力はいいほうだ。光っているものの正体はすぐに分かった。ライトノベルのコーナーだ。コーナーの文庫たち、煙の中で色とりどりに光っている!


 その中で、一番強い光を放っているのが大橋むつおの『はるか ワケあり転校生の7カ月』と分かった。


「みんな、あっちの方!」


 ラノベコーナーは西出口に近い。あたしたちは、なんとか助かった。


 救急隊員に助けられながら気が付いたライトノベルのLIGHTも、明かりのLIGHTも同じスペル。


 あたしはラノベの神さまに感謝した。


 でも『はるか ワケあり転校生の7カ月』は取次に返本されて、一冊だけ社員価格で引き取った。


 その一冊は、萌恵と共用の書架、十年経った今でも常夜灯代わりに灯っている。


 


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