村が火事になる話
その日の夜。森の入り口に何人かの人影があった。人影は松明を持ち、森を見つめていた。
「…こんな森、無くなってしまえば良い…」
先頭の人影は言った。それは村長だった。
「何がイフリートだ…何がウンディーネだ…。子供騙しにまんまと騙されてたまるか…」
「…本当に良いんですか?これで村は大丈夫なんですか?」
村長と一緒にいた村人は恐る恐る言う。
「あんなまやかしに侵された村を救うんだ…バケモノの巣窟と化したこんな森…必要ない」
村長は森に少しだけ入り、1本の木に松明の火を近づけた。木はすぐに火を受け入れ、大きな炎となった。炎は瞬く間に他の木に燃え移る。
「何をしておる!」
激しい声に全員が振り返った。そこにはヴィッスンが鬼の様な形相で立っていた。
「『悪魔の森』を焼き払うんだ!
何が精霊だ!そんなバケモノは焼き払ってしまえ!」
村長は狂った様に言い笑った。
「何と言う事…!こんな乾燥した時期に火など付けたら森どころか村まで火の海じゃぞ!
おい!男たち総出で火を消すのじゃ!水じゃ水じゃ!」
ヴィッスンは叫んだ。
「止めろ!救うんだ!魔物に侵された村を救うんだ!」
「戯け者め!魔物に侵されておるのはお前じゃ!我々の命が脅かされているのが分からんのか!」
ヴィッスンの言う通り、乾燥した葉や樹木は簡単に火を受け入れ燃え上がる。炎はあっという間に持ち一面に広がった。
「まずいぞ!村が囲まれた!」
火を消していたテールが叫ぶ。
「ゲリンゼル!女・子供・老人・怪我人を集会場に集めるのじゃ!あそこは村の中央じゃ!少しでも火から遠ざけるのじゃ!」
「分かりました!」
ゲリンゼルはヴィッスンの言う通り、集会場に走った。
「テール!あの大馬鹿者を縛り上げてぐるぐる巻きにしておきなさい!これ以上暴れられるのは迷惑じゃ!」
「はい!」
テールは村長を捜す。
しかしその姿が見当たらない。
「おい!村長は何処にいるんだ!」
テールは近くの村人を捕まえて聞く。
「分からん!村長の考えてる事がまるで分からん!」
村人は叫ぶ。そして我先にと逃げて行ってしまった。
「クッソ!…そうだ!」
テールは首から下げていたブリーザにもらったネックレスを握る。
「ブリーザ…頼む、助けてくれ…」
テールの言葉はシルフたちを介してブリーザに伝わった。
『ブリーザ!』
森で暮らすシルフたちとエルフたちが窓からブリーザの寝室に駆け込んで来た。
「どうしたの?」
ブリーザは驚いて起き上がった。
『森が火事になってるの!火の勢いが強すぎてあっという間に広がっちゃってる!』
『人間だけの力じゃない!悪魔の力も加わってる!私たちでは押さえきれん!』
窓の外を見ると、煙が城の方まで来ていた。
「大変!」
ブリーザは急いで寝室を出た。
「ウンディーネ!ウンディーネ!」
『分かってるわよ!今、雨降らせるから待って!』
廊下に出て来たウンディーネは言った。
「オーガ、オーク、ゴブリン、ジャック・オ・ランタン、ノーム、ホビット、ヘルハウンドは城をお願い!他全員で村に行くよ!」
ブリーザは急いで着替えた。
『どうやら村長が火をつけたらしい!村長に悪魔が取り憑いたらしい!』
キマイラは言う。
「ユニコーン!乗せて!ペガサスはヴェントを!サラマンダーとイフリートはペガサスとユニコーンに別れて乗ろう!ケット・シーとコロボックルは私と一緒に!トロール、ドワーフはキマイラお願い!他は自分で移動出来るね?」
『大丈夫だ!行くぞ!』
ガルダは言った。
炎は勢いを留めず、増す一方だった。
「このままじゃあ村が焼けるぞ!」
ゲリンゼルは水を炎に水をかけながら言う。
「悪い方に考えるでない!良い方に考えるのじゃ!」
ヴィッスンは活を入れる。
かつて領土を求めて戦った戦士でもあるヴィッスンは知っていた。戦う力以上に、困難に打ち勝つ力が上まった方が勝つのだと。平穏な暮らしを手に入れた今でもそれは変わらなかった。
すると突然雲行きが怪しくなって来た。
「おい、これって…」
「…ウンディーネが…」
テールとゲリンゼルが顔を見合わせた。すぐに雨が降り出す。
「恵みの雨だ…」
「これで助かるぞ!」
村人たちは口々に言った。
「あれは…」
ヴィッスンは空を見上げて目を細める。雨の中、曇天に沢さんの影が見えた。
「ブリーザ!ヴェント!」
ゲリンゼルは目を見開いた。
「こんだけ大雨降ってるのに消えないなんて…!」
ヴェントは眉根を寄せる。
『範囲が広すぎる…。この状況じゃあ、延焼を押さえるくらいだな』
ユニコーンが言う。
『とにかく早く何とかしないと…』
ペガサスは言った。
すると矢がユニコーンに向かって飛んで来た。
『おっと!』
ユニコーンはサッと避けた。
『あの矢…』
キマイラは矢が飛んで来た先を見つめる。
「親父!」
キマイラの視線の先には村長がいた。弓を引き、ブリーザたちの方に向けている。
『これはまずいのお。魔物たちが引き寄せられておる』
ケット・シーは魔物たちと戦うガルダを見ながら唸る。
『しかもあれは破魔の矢だ…。当たったら死ぬぞ!』
ユニコーンは言う。
『地上に降りたいね…。空にいても対策取れないし、村人たちを庇わないといけないし』
コロボックルはブリーザの肩で言う。
『あの人から悪魔を出さないと!』
ペガサスは言う。
「…やってみよう」
ヴェントは目を閉じた。
「…悪しき者…太陽神フレイの名のもとに命ずる…悪しき者…招かれざる客…立ち去れ…」
村長は苦しいのか弓矢を下ろして膝から崩れた。村人たちが一斉に村長に駆け寄る。
『今だ!降りるぞ!』
ガルダの一言で一行は地上に降りた。
「キマイラ!魔物たちから集会場を守って!」
『分かった!』
キマイラとトロール、ドワーフは村の真ん中にある集会場に向かった。
「サラマンダーとイフリートは火の延焼を押さえて!」
『御意のままに』
サラマンダーとイフリートは森の炎に力を送り始めた。
「親父!」
ヴェントは走って森の入口にいる村長の元に向かった。
『待って!1人は危険よ!』
ペガサスが慌てて追いかける。村長は村人たちの制止を振り払って、持っている松明を更に森の中に放り込もうとしている。
「親父止めろ!」
ヴェントは松明に向って手を差し出す。松明の炎は直ぐに消し飛んだ。
「燃やすんだ!森を!焼き払うんだ!」
完全に目はイッてしまっている。
「止せ!村まで焼けちまうだろ!」
近くにあった丸太を振り回す村長を必死に止めようとする。
しかし、完全におかしくなってしまっている大の大人を止めるのは至難の業だ。近くにいたエルフは呪文を唱え始める。
『汚れし者…出て行け…太陽神フレイの祝福を受けし者の肉親から…』
村長は苦しそうにもがき苦しむ。この世の憎しみや怒りを全て背負っているかの様な、まさに鬼の様な形相だ。
「…親父から出て行け…!」
ヴェントは村長の目を見て言う。村長はうつろな目でヴェントを見る。口から黒い煙のようなものが出て来る。
「ヴェント離れて!」
ブリーザは剣を抜いて言った。
「聖剣よ…力を与えたまえ…!」
念じる様に呟くと、剣が輝く。月の光を吸収した様に、銀色の鋼が金色に輝き始める。剣を振りかざし、振り下ろす。感触があった。
しかし村長の身体は傷付いていない。代わりに、黒い煙が真っ二つに切れた。悪魔の力が失われて行くのが分かった。一瞬父親としての表情が見えた。
「親父…」
ヴェントも気が付いた様で、ブリーザの背後でボソッと呟く。次の瞬間、村長はフラフラと燃え盛る炎の中に突っ込んで行った。
「親父!」
追いかけようとしたヴェントをペガサスが遮る。
「ペガサス…!」
『…もう無理よ。悪魔を出しても、助けられないわ。人間が取り憑かれると身体に大きな負担がかかるし、命を食い荒らされるから』
ペガサスの静かな声が聞こえる。炎の中で大の字になり断末魔を上げている父親の陰をヴェントは黙って見つめている。少しすると陰は崩れる様に消えた。村人たちも為す術もなく呆然と見ている。
『…一度は取り憑かれた身体…神の元に行く前に炎で焼いて浄化した方が良いかも知れないわね』
側に寄って来たエルフは村長の向かった先を見つめて言う。
「…そうかも、知れないな」
ヴェントは静かに言う。
「…ヴェント…」
いつの間にかブリーザが来ていた。
「…あんな親父だったけど…それでも…俺の親父だった…お袋のこと…大切にしてくれてた…」
「…うん」
「俺のことだって…大事にしてくれた…」
「…うん」
「でも…どんだけ償っても…償い切れない事…沢山してた…」
「…うん」
「これで…良かったんだよな…」
「…うん」
「…お袋の所、行って来る」
「…うん」
ヴェントは村の中に向かって行った。
『しばらく1人にさせた方が良いな』
ガルダはヴェントの背中を見つめて言う。
「…そうだね」
父親を失った。しかも二度も。受け入れるまでには時間が必要だろう。
ブリーザは剣を仕舞い、勢いが弱くなった炎をサラマンダーとイフリートに任せ、村に向かう。
『森の近くにあった家は燃えたようじゃのお』
ケット・シーは辺りを見回して言う。炭の様に真っ黒になった家の慣れ果ては、見るも無惨な形で太い柱のみを残し頼りなく立っていた。
「うん。新しく建てるの、大変そうだね」
『木造だったしね』
ブリーザの肩に乗っかっているコロボックルは言った。
「そろそろ石造りの家にした方が良いのかな…」
村の集会でも議題には出ていたのだ。遠い異国の地では石造りの家が主流である。
しかし、石でどのようにして家を建てるのかが分からなかった。
『その方が良いかもな。ドワーフたちに頼もう』
ガルダは言う。ドワーフならば石切り場を持っている。オーガたちに頼めば大きな石だって簡単に運べてしまう。
集会場の前には傷だらけになったキマイラとトロールとドワーフが立っていた。
『ここに逃げた人間たちは全員無事だ。ともに戦った人間たちの中には怪我を負った者もいるがな。炎もここまで来る前に消えたからな』
キマイラは言う。
「良かった…皆は大丈夫?」
『このくらいはすぐに治る』
ドワーフはキマイラの背中に乗って微笑む。
『さっきヴェントが来た。…村長、死んだんだな』
トロールは静かに言う。
「うん…自ら炎の中に入って行っちゃって。正確には悪魔に突っ込まされたって言う方が正しいけど」
『取り憑かれたら、自分の意志とは関係なしだからな』
ドワーフは唸った。ブリーザは黙って中に入った。中には沢さんの村人が集まっていた。
「ブリーザ…」
怪我人の手当をしていたゲリンゼルは、立ち上がりブリーザたちを迎え入れる。小さい子供たちは母親の腕に抱かれ、怯えるようにしている。キマイラたちと共に戦い怪我をしている者もいる。火傷を負っている者も、逃げる途中で転んだのか足を怪我している者もいた。
「被害はどのくらいになったの?」
ブリーザは部屋の一番奥で母親を宥めているヴェントを見ながら聞いた。
「死人は村長以外は出ていない。家は確認しただけでも10軒が全焼してる。15軒が半焼だけど、住める状態じゃないね」
ゲリンゼルは言った。
「この際だから、全ての家を建て替えたらどう?こんなことが二度と起きないように、石造りの家を建てた方が良いかも…」
「確かにな…石だったら外で起きた火事のもらい火の被害は少ないだろうし、何と言っても頑丈だ」
テールがゲリンゼルの後ろから言っている。
「話しには聞いたことはあるのお。石で出来た家…この村も昔は石で出来た家に暮らしていたそうじゃがな。侵略の時代で伝承の一部が残ってはおらん。異邦の地ではむしろ木の家が珍しいと聞くがのお」
ヴィッスンは椅子に座り、杖にもたれ掛かりながら言う。
「石はドワーフに頼みます。あとはトロールとかオーガに頼みたいと思います」
ブリーザは言う。
「そうじゃな。若いもんに任せるとしよう」
やはり疲れたのか、一気に老けた様な印象がある。
「一度、城に戻って話し合おう。家作るのに使う石を採掘してもらわないといけないし」
ブリーザはそう言って集会場を出て行った。
今回はここまで!
恐らく、次で第一話は完結します。
では!




