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第3話『立体魔法陣の効果』

「ハ、ハッサクさん……? なんでコレ、ずっと回り続けてるんです?」

 

 小さなサイドテーブルの上でクルクルと回り続ける、出来損ないの水車のようなオブジェ――立体魔法陣――に視線を固定したまま、俺はハッサクさんに問いかけた。

 

「なんでって、こういうもんですわ」

「こういうもんって……」

「立体魔法陣でっからな。でも、ここまでは前もこれたんや」

「えぇ? これだけでも充分すごいじゃないですか!!」

「いや、本番はこれからでっせ……」

 

 明らかに物理法則を無視して回り続ける、細い木で組まれた置物。

 正直これだけでも研究の価値はあるだろうし、然るべきところに出せばそれなりのカネになるのではないだろうか?

 もちろん、テーブルにモーターか何かの仕掛けがあって、クルクルと回転するような仕組みがあるのかもしれないが、はっきりいってここで俺をからかったところでハッサクさんにメリットはない。

 

「お? きたきた! きましたでぇっ!!」

 

 そんな俺の心中などお構いなしに、ハッサクさんが嬉しそうな声を上げる。

 

「か、回転が……速く……?」

 

 ゆっくりと動いていた立体魔法陣が、徐々に回転の速度を上げ始める。

 それはやがて、とんでもない高速回転へと移行していった。

 

「ハッサクさん、なんかヤバいですって! これ、シャレにならないですよっ!?」

 

 なにがヤバいのかはっきりとはわからないが、とにかくヤバい。

 これをこのまま放置するのは、非常に危険な気がするのだ。

 

「まだや! こっから……こっからが本番やでぇ!!」

 

 しかしハッサクさんにこれを止める気はないらしい。

 そもそも、ここまで回転速度が上がったコレを止めること自体が至難の業かもしれない。

 

「よっしゃ……もうちょいや……もうちょい……」

 

 ふと顔を上げてみると、ハッサクさんは血走った目を立体魔法陣に向け、口元に狂気じみた笑みを浮かべていた。

 

「きたきたきたきたぁっ!! ユージさん、きたでぇっ!!」

 

 ハッサクさんの言葉を受けて視線を落としてみると、立体魔法陣が淡い光を放ち始めた。

 

「ハッサクさん、なんか、光ってますけど……?」

「せや! これが宇宙のエネルギーですわ」

 

 立体魔法陣をうっすらと包んでいた淡い光が、徐々に強くなってくる。

 そして、魔法陣の回転もまた速度を増してきた。

 これだけの速度で回転しているにもかかわらず、風も振動も、そして音も一切発生していない。

 

「もしかして、この光がエネルギーなんですか?」

「せやでユージさん!! これこそが宇宙の神秘!! 人類が夢見た無限エネルギーですわ!! ワシが世界に革命を起こすんや!!」

「いや、ハッサクさん! 画家ですよねぇっ!?」

「へぃ」

「へぃ、じゃないが!!」

 

 そんなやり取りをしている中でも、立体魔法陣の回転は速くなり、放つ光は強くなっていく。

 そのとき、俺ははたと気づくことがあった。

 

「ハッサクさん、このエネルギーどうやって使うんですか?」

「どうって、無限に溢れ出すエネルギーなんぞ、なんぼでも使い道ありますやろ」

「そのあふれだしたエネルギーをどうやって資源にするんですか? 電池か何かに貯めておくんですか? それともこのエネルギーを保管する別の魔法陣とかがあるんですか!?」

 

 すると、ハッサクさんがふと顔を上げて俺を見た。

 そこには先ほどまであった狂喜の表情が消え、真顔になっている。

 

「それ、考えとりまへんでしたわ」

「マジか!?」

 

 人類が数億年掛けても使い切れないような無謬のエネルギーが、いままさに溢れ出そうとしている。

 そんな莫大なエネルギーがもし一気に溢れ出したら……?

 

「地球がヤバい!!」

 

 ハッサクさんの発明で地球がヤバい!!

 

「ハッサクさん!! 止めてください!! いますぐこれを止めないと……!!」

「あー、ここまで来たら止まりまへんわー。しもたなぁ……。取り出したあとのこと考えとらんかったなぁ」

「いやいやいやいや、このままだったら下手すりゃ世界が滅びますよ!?」

「ほしたら滞納分の家賃のこと考えんでええですなぁ」

「いやそれは俺が持つって言ったでしょうがっ!!」

「あ、せやった」

 

 どんどん光は強くなっていき、立体魔法陣自体は光に包まれて見えなくなった。

 どうする? 無理やり手を突っ込んで止めるか?

 そうやって悩んでいると、ドタドタと階段を上る足音が聞こえてきた。

 まさかこんなタイミングでお客さんが?

 そういや俺、表の札を『営業中』に変えてしまってたな……。

 

「おい! ホンマにここで()うてんのやろな!?」

「へい! ここが鷹山いきつけの店で間違いないっすわ」

 

 聞き覚えのある声だった。

 どうやら二人組で、店ではなく俺に用があるらしい。

 どうも物騒な気配を孕んだ会話だったが、正直あとにして欲しい。

 いまはとにかく地球がヤバい。

 

「アニキ! なんか上のほうが光ってまっせ!!」

「ほうか、ほなそこに鷹山がおるかもしれんな!!」

 

 しかし、俺の願い虚しく、その二人組は3階に続く階段を登り始めた。

 運の悪いことに、部屋のドアは開けっ放しである。

 

「おどれ鷹山ァ!! 逃さへんどぉ!!」

「辞めれる思たら大間違いやっ!!」

 

 物騒なことを言いながら部屋に入ってきたのは、会社の新しい経営者であるピンクトップとお付きのアロハデニムだった。

 そして魔法陣の光はいよいよ強くなり、視界が奪われ始める。

 

「まぶしっ!! なにしとんじゃ鷹山ァ!!」

「こないな目眩ましで逃げれる思うなやぁ!!」

「いや、目眩ましとかそんなんじゃ……ってか見りゃわかんでしょうが!! いまそれどころじゃ――」

 

 なんとかここは穏便に帰ってもらいたかったが、そうもいかず、ピンクトップは手を伸ばして俺に突進してきた。

 ただ、少しずつ光に目を慣らした俺と違って、いきなり明るい部屋に入ったピンクトップは、少し見当違いなほうへ突進していったので、俺は軽く身を捻ってひょいとかわした。

 

「ぬぉおおぉぉぉおっ? なんじゃああぁぁ!?」

 

 ピンクトップは立体魔法陣へと突っ込んだのだが、そのまま光に飲み込まれていく。

 

「なにが、どうなって……?」

 

 その光の中心には小さなサイドテーブルと出来損ないの水車のようなオブジェがあるだけのはずだ。

 にもかかわらず、ピンクトップはまるで吸い込まれるように光の中へと入っていく。

 

「ア、アニキィーッ!!」

 

 『ア』ではなく『ニ』にアクセントがある関西独特のイントネーションでピンクトップを呼びながら、アロハデニムが続けて光に突進する。

 

「ぐぉああっ!? リュウー!! 助けぇっ!!」

「アニキィー!! すぐいきますよってー!!」

 

 身体のほとんどが光に飲まれてしまったピンクトップの手を、リュウと呼ばれたアロハデニムが必死で掴む。

 

「よっしゃリュウっ!! そのまま辛抱せぇっ!!」

 

 どうやらピンクトップは光に吸い込まれるというより、落下しているという状況に近いらしく、強い力で引っ張られるようなことはないようだ。

 しかし、大人ひとりを持ち上げるというのは相当な力が必要になってくる。

 

「す、すんまへんアニキっ!! もう、これ以上は……!!」

 

 そう言ったあと、アロハデニムは縋るような目を俺に向け、そして手を伸ばしてきた。

 

「え!?」

 

 もちろん俺はその手をひょいとかわす。

 

「嘘やーんっ!!」

 

 そのことでバランスが崩れたのか、アロハデニムの足がふわりと浮いた。

 ピンクトップの身体はすでに光の中にあり、アロハデニムも半分ほど光に飲み込まれている。

 

「おぼえとけよ鷹山ぁぁぁぁっ…………!!」

 

 そしてピンクトップとアロハデニムは光の中に消えていった。

 

「くそっ! どうなるんだよ……?」

 

 まばゆい光によっていよいよ視界が閉ざされてきた。

 これが宇宙のエネルギーだというなら、とんでもない熱量をもっていそうだが、不思議と温度は感じられなかった。

 やがてすべてが光りに包まれ、何も見えなくなった。

 

「うーん、ワシらこれで終わりですかいのぅ?」

 

 目を閉じてもなお眩しいと感じる光に包まれながら、ハッサクさんがつぶやく。

 いや、正直何も考えられない。

 いよいよ世界のおしまいか、というときに、パキィッ!! と乾いた木が折れるような音が聞こえた。

 

「……っ!? 光が……」

 

 そして徐々に俺たちを包んでいた光が弱まってくる。

 

「あーあ、壊れてもうたかぁ……」

 

 何度も瞬きをし、ようやく目が慣れてきたところでテーブルを見ると、そこにあった立体魔法陣がバラバラに壊れていた。

 

「残念でしたねというべきか、よかったですねというべきか……」

 

 あのままこの立体魔法陣が暴走していればどうなっていただろうか。

 もしかすると単に光を放つだけのもので実害はなかったのかもしれないが……。

 

「そういやあのふたりは?」

 

 部屋の中を見回したが、ピンクトップとアロハデニムの姿はどこにも見当たらなかった。

 かわりに、別のものが目に飛び込んでくる。

 

「う……んん……」

 

 それは清楚な白いローブに身を包んだ、銀髪の少女だった。

 その少女は身体を起こすと、何度か瞬きを繰り返したあと、ぼんやりとした視線を俺たちに向けてきた。

 おそらく彼女もまた、例の光にやられて視界がぼやけているのだろう。

 瞳の色は髪と同じく銀色で、瞳孔がゆっくりと収縮していくのが見えた。

 

「ああ! 成功したのねっ!!」

 

 俺とハッサクさんの姿を認めたのか、少女が嬉しそうな声を上げる。

 しかしその行為を恥じたのか、彼女は少し頬を赤らめて視線をそらしたあと、コホンとひとつ咳払いをして姿勢と表情を改め、うやうやしく一礼した。

 

「わたくしはアマーリアと申します。この度は勇者召喚の儀に応じていただき誠にありがとうございます。そして突然見知らぬ世界へお喚びだてしたことを、深くお詫び申し上げます」

「勇者召喚……?」

「見知らぬ世界……?」

 

 アマーリアさんの言葉に、俺とハッサクさんは顔を合わせ、同時に首を傾げた。

 

「ここ、ハッサクさんの部屋、ですよねぇ?」

「へぃ。むっちゃ見慣れた世界ですわ」

「……………………え?」


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