2-2.パレード潰し(2回目)
前回と要領は同じ。四人、小象を連れ、同じ場所に向けて黙々峠道を歩いていく。
パレードが出没するのは無論、ここだけではない。だけど、やはり人里を幾らか離れ、静かな場所の方が敵の信号を見つけやすいし、それに戦いやすい。一種の、形なきものに触れやすい磁場というのもある。峠は、もってこいの場所でもあった。
「どう?」
わたしは緊張を解く意味でも、声に出して反応を聞いてみる。
「うん……来てるな」
やはり、草里にも緊張は見てとれるが前ほどでない。
わたしたちはすでに、白い地平を歩いている。白い空、そしてかすかに聴こえる明るい音楽。
瑠備姉妹はとくに反応を見せない。だけど、郡さんがそうだったようなピリピリ感もないし、落ち着いて相手の出方を待っている、といったふうだ。
「だけどちょっと軸を変えよう。後ろのは、でかすぎるな。前に小さいのがいるんだが、このまま行くと後ろのに先飲み込まれる」
草里は今度は相手を選んでいるらしい。
後ろのがでかい、とは言ったけど、前のと同じか少し小さいくらいだ。わたしにも、感じられる。草里はまずは一つ、確実にパレードを潰したいのだろう。
「そう……ね」
言ったのはシヲリさんかカヲリさんか。落ち着きのある声。今日は、十分戦える気がする。
「あ、だめだ」
草里が発する。
「えっ。何、何が」
当然わたしは不安になる。
「後ろのが、速い。追いつかれる」
言うなり、草里はぴょんっと飛び上がる。
「カヲリ、抜け」
「了解ですわっ」
「そっ、そんなあ!」
わたしは弱気な声を吐く。カヲリさんがピエロ斬りの柄に手をつける。
「シヲリはソラミミを敵に触れさせるな!」
「任せなさい」
シヲリさんは右手を身体に垂直に突き出し身構える。だけど次の瞬間、
「きゃあ!」
「えっ」
「カ、カヲリ?!」
少し前でピエロ斬りを握ったままのカヲリさんの頭がふっとなくなった。一瞬だった。なくなった? どういうこと……
辺りは白い霧に包まれ、その姿がたちまち影絵になっていく。
カヲリさんは依然、突っ立ったままだ。あれ、頭が、ある。でもそれは随分と小さく……うはうは、とカヲリさんが発する。
「カヲリ……さん?」
霧が流れ、カヲリさんがこちらを見ているのだとわかる。だけどこちらを見ているのは、カヲリさんの千切れた首の上に乗っかるピエロだ。うはうは、とおどけて見せた。
「い、いや……」
草里は、さっき飛び上がったきりまだ、どこにも下りてくる気配もない。消えてしまった?
はあ、はあ。わたしの息。荒くなる。動けない。回りでは物音一つしない。わたしの息の音だけ。どさ、っと頭をなくしたカヲリさんが倒れる。いや、カヲリさんは立っている。わたしの隣で、シヲリさんが倒れている。
ちょっ……なんでこんな展開。全然、だめじゃない。だめだ。わたし、何が今日は戦えるだ。
「シ、シヲリ……さん」
わたしの足はがくがくとして、倒れるシヲリさんの横にへたり込んだ。ああ。こんな間近で見たくなかった。霧のなかでもぞもぞと動き、影絵のなかでシヲリさんの顔面がまるでカーテンを開くようにぱかっと開き、そこからうはうはっと言って小さなピエロが飛び出す。いち、に、さん、よん……どれだけ。シヲリさんの身体のなかに住んでいましたとばかりに、ピエロがうはうはシヲリさんの顔を開けて行進してくる。
霧が流れて視界が開ける。するとピエロたちは皆一様に、シヲリさんの顔を模したお面を付けている。シヲリさんの顔が十、二十、と陽気に行進してどこかへ去っていく。
どぷっ。
「えっ」
最後のピエロが行進について行ってしまうと、待ってーとばかりに、シヲリさんの頭そのものが千切れて、千切れた部分から足が生えて、ひょこひょこと行進についていく。残された身体から、どぷどぷと血が流れだし、地面を影に染めていく。
「シヲリさん、行っちゃだめ……あ、あはは」
わたしは立ち上がろうとするけれど、足がしびれて、笑けて、涙が出てきてどうしょうもなかった。
誰もいなくなった。シヲリとカヲリの胴体があるだけ。どぷどぷと血が流れているだけ。ピエロももういない。
草里は、一体どこで戦っているのだ。
ひらひらと、何か落ちてくる。紙のピエロだ。随分壮絶な死に様の絵。でもやっと、一体……だけ? 見れば、周りのあちこちで、紙のピエロが舞っている。はっ。小象は。後ろを振り返ると、紙の山がある。そこにどんどん紙のピエロが降り積もっている。これは、草里の殺したピエロ? もうこんなに、殺していたのか。さすがは、草里だ。
「ソラミミ! 何をしている」
随分と高いところから声が聴こえ、一分くらい落ちる音が聴こえつづけ、ようやく草里が降ってきた。
「小象を出せ!」
降り積もったピエロの死体の紙の山がばさっと捌けて、小象が出てくる。
同じだ。模型だ。
同じだ。わたしは近くに転がっているカヲリさんのピエロ斬りをどっと持ち上げる。同じだよ。
どぷっ。
「ひっ」
なくなっていたはずのカヲリさんの本物の頭があった。それが今、シヲリさんと同じように随分遅れちゃったぁとでも言いたげに、胴体を離れたのだ。どぷどぷ流れる血のなか、頭はてけてけとどこかに駆けていく。一度立ち止まってきょろきょろとするそれに、わたしはピエロ斬りをぶちかました。外れた。カヲリさんの頭は、きょきょろしながらどこかへ行ってしまった。
「……うっ。うっ。あんまりだよ……」
「ったくソラミミ何をしているんだ。そんなのは放っておいていいから、早く」
わたしは、小象の模型に向き合い、そこからひょこっと顔を出したピエロ目がけて、今度は外さない。ピエロ斬りに切り開かれたピエロのなかから、小象の鼻を掴み、小象を引っ張り出す。抱きしめる。ぱぽー。
「よし。ピエロはあらかたオーケーよ。鍵はほら」
チャリン。草里の手にはすでに黄色の鍵。
「ああっいや」
小象の無邪気な突進。パレードの象がずしん、ずしんとこちらに来ている。
「行けえ!」
草里は拳に力を入れる。
だめ。だめ……!
ぱぽーくしゅん
ああ。
ああー……
「ちっ。だめか」
小象の姿はもうどこにもない。こちらにずしんずしんと向かってくる巨象の姿だけ。
「ああうう……あんまりだ、あんまりだ……」
「ソラミミ。泣くんじゃない。前よりは、がんばったよ」
どこが。どこかだ。前とまるっきり同じじゃないか。いや前よりわるいよ。二人死んでるよほら……
わたしはもう何も言わなかった。草里もしばらく何も言わずに佇んでいるようだ。
ずしん。ずしん。ああ、巨象の足音が心地いい。わたしの小象を踏み消した巨象の足音。
「……もう、いいな。行くぞ」
「うん……」
草里がわたしの肩をしかっと掴む。鍵を、廻した。