1-5.きっと何かが変わり始めている
その翌日のホームルーム。担任の赤居が入ってくる。
「ええっと」一息だけおいて、「四副さんが亡くなりました」
そん……な。
わたしは一瞬、言葉も出ない。あんな酷い有り様にされた四副さんのあのときの光景が浮かび、次にその四副さんがそのまま紙のなかに浮かぶ。
草里!
わたしは隣の席を見据える。
草里は少しむっとして、小声で、
わたしも手は打った。どうしょうもなかったんだ。と伝えてくる。
「なんで……学校には言ったの?」
一時限目が終わるとわたしは草里に詰め寄る。
「や、それこそなんで。パレード潰しに行ってたなんて言えないだろう」
わたしはまた、言葉をなくした。そこまでしてわたしたちがしないといけないことだったのだろうか。しかも草里は馴らしとか実験段階のように言っていた。それで四副さんは死んでしまった。
その放課後に、郡さんを見かけた。
わたしはショックでいたが、はっと、謝らなきゃ、ということを思い出す。
「郡さん……ごめん。こないだ、あんな危ないことに付き合わせてしまって」
「いいえ。行くって言ったのはわたしだし。付き合わされたのは四副の方でしょう。気の毒だったけど。昨日……」
と、郡さんは切り出した。
「草里と、永眠画廊へ行ってきた。ちょうど画家たちが集まってて、四副の死体の絵を皆でまじまじ眺めていたけれど、これじゃちょっともうどうしょうもないってね。どうしょうもない上で、どうしようかと。
一人の画家は、せめて絵として修復することを提案したのだけど、すると一人がすぐさま却下して、いやこの絵はこれでなかなかいい、と。若くてけっこうカッコいい画家で……結局四副の絵はその画家が買い取ってくれることになった」
「ちょっ……そんな!」
郡さんは慌て驚くわたしに何故? という表情を向け、
「この世界での死なんて、そんなもんでしょう? わたしたちはこの学園に預けられときからもう、親からは切り離された存在なんだし、死んだって誰が悲しむでもない。四副は草里が言うにはクラスでもぼっちだったってことだし、さきの画家が買い取ったお金は四副の親に宛てて送金すると草里は言っていた。お金になっただけ、ましな方じゃないかな」
草里は画家に絵を譲る代わりに、と話を付け、偶然峠で見つけたことにしてもらったのだと。四副さんは峠で野良ピエロにでもやられたということになっている。学園にも、そう伝わっているだろう。
「でも、そんな言い方……」
戦系の子たちはそうやって覚悟を決めているってこと? それともわたしが寝ている間の授業でそういうふうに教えられているの? そう言えば、先生もただ淡々としていた……でもこの一年、今までに誰かが戦いで亡くなったっていうことは、なかったけれど。
「戦いで初めて泣いてしまってね」
えっ。郡さんは話題を変えて、話を続けた。泣いた、って、郡さんのこと?
「泣いて、草里に勝ち目はない、早く逃げましょう、って言ったのだけど。草里は、笑っていた」
戦いでの草里の顔をわたしも思い出す。普通だった。学園にいるときと同じに、そうだ、笑ってた。
「わたしは羨ましい」
「えっ」
「草里みたいに強くあれることが、ね」
郡さんはふっと笑って、
「まあ、でも仕方ない。わたしはピエロ斬りが専科ではないし。一匹も斬れなかったのは、情けないけど」
諦めと自嘲の入り混じった声で、言った。卒業後、プロとしてやっていくのは容易ではないと草里は言っていた。けどわたしたちには学園で習ったことが全て。学園はわたしたちが卒業するとき、ほぼ強制的にわたしたちをそれぞれに見合った仕事先へと送り出す。それができなければ、山を下りるか、野垂れ死にしかない。
「……郡さんは、その、幻斬りが……専科だっけ?」
「わたしは、夢追い斬り専」
「そ、そっか」
「だからわかるけど」
郡さんはわたしの方をじっと見る。
えっ……何。
郡さんが指差す。
わたしの後ろに……小象。
「えっ、なんで! でもちょっ、ちょっと、こんな学園でまで出られたら困るんだけどっ……」
一体いつの間に?
放課後だけど、辺りに先生がいないかきょろきょろ見回す。何人か残っていた生徒が一体何? と注目してくる。
あはは……とごまかしながら、小象を動かす。一応、素直に動いてはくれるので助かる。助かるけどこんな……
「ね、ねえ。なんで学園にまで来たの! わたし、今日昼寝はしていないはずだけど、どこから……あ、郡さん?」
あなたは、パレードからは逃れられない運命ね。
そう郡さんの声がしたように思えた。けど……彼女の姿は、もうなかった。
「どういうこと……パレードからは、逃れられない、って」
ぱぽー。と小象が鳴く。
「し、静かにしてお願い。先生に見つかったらぁ」
だけど一方で、安堵感があった。小象、死んだと思ったけど、戻ってきてくれた。あのとき潰れて消された子とは違うのかもしれない。けど、あの子が少し成長して戻ってきてくれたみたいに、前よりも少し大きくなっていた。
どうにか先生には見つからず小象をせきたて学園を出る。
「この子、乗っかれるかな。どうしよう」
そう思ったが乗らずに、一緒に歩く。歩くのはなかなか速い。
草里は今日もいない。
もしかしたら、さき郡さんが言ったように、四副さんの両親に送金に行っているのだろうか。わたしは少し、四副さんの死体……絵のその後のことを思うと、胸が痛んだ。今頃、感性の狂った町画家の一人が、家にあの四副さんの奇妙な、裸体の、死体の絵を飾っているのだろうか。
ぱぽー。ぱぽー。小象が鳴く。
「気遣ってくれてる? わたしのことなんか……」
草里に、この小象のことを言うべきか迷った。
言ったらまたすぐに、パレード潰しに行くというのだろう。けど、草里はそもそもまた象がわたしのとこに来るって言い切っていたし、隠し通せはしないか。
「はあ」
わたしはため息つく。
……パレード潰しのことも、いっそ象のことも、それに四副さんのことも、学園に言おうか。象だってその方が、保護されることになるから安全かもしれない。わたしたちなんてまだまだ子どもなんだし。そうしたら、草里は怒るだろうか。でもわたしは別に草里を恐いとは思わない。草里はあれだけ強いけど、それでもなぜか、わたしが、今こんな才能に恵まれないわたしだけど不思議と草里よりも弱いというふうには思えない。
何だろう。自信や思いあがり……じゃない。
それに、草里は怒らないとも思う。怒らないけど、でも今それを言うことは、わたしたちにとって必要なことという気もまたしなかった。なぜか……わたしは草里と友達でいたい。あんな草里だけど。対等な友達として。今は……。
ぱぽー。わたしの隣を行く小象。パレードの象に比べれば儚いくらいに思える存在だけど、この小象にも、不思議な安堵感があった。
***
「ソラミミ」
草里楓の声。わたしは……
「……ん」
このシチュエーション、また学園で昼寝か。いいや。もう少しだけ……えっ。今何か。
「ソラミミ」
この声は、草里の声じゃない?
「……えっ」
「どう?」
隣に、草里のいつもの顔。やっぱり、ここは学園だ。だけど、
「……聴こえた」
「おっ。本当?」
初めて、聴こえた。ソラミミ、わたしに、空耳が。夢のなかでは、音が聴こえたってことはほとんどなかった。けど、今さっき、わたしを呼ぶ声が。誰だろう。人ではない。それはわかった。小象でもないし……
何かがわたしの夢のなかから、わたしを呼んでいる?