57、城下(1)
突然ですがここで問題です。
わたしはいまどこにいるでしょう
・・・はいっ。そう、正解です!
この不肖、佐藤 識
わたくし、ただいま異世界の帝国カサランサスが王都シャルレイアの城下、
活気飛び交う表通りの溌剌とした市から逸れた裏通り、密集した石造りの建築物のおかげか日照権もなんのその、薄暗がりのほっそい路地裏、異国情緒溢れる石畳の上、
ぽつんと、はい。
ここにおります。ここですよ!
・・・・・・・・・・。
どうしてこうなった
思い返せば事の始まりは、ええ、そう言わずもがな。
もちろんあの陛下のすんばらしいお言葉でした。
「さて、サトウ シキ」
「・・・なんでしょう」
突然わたしの顔を正面から覗き込んできた陛下に、まあ、微かに嫌な予感はしたわけだ。
わたしは居住まいを正して彼を見返した。
陛下の口元が悪戯っぽく弧を描く。
・・・どうも、朝起きてからずっと陛下の機嫌がいいような気がするのだが、何故だ。
一歩後ずさったわたしに、
彼はその笑みを浮かべた口を開いて明るい声を紡いだ。
「出るぞ、外へ」
「・・・・・・・・・は?」
目が点になったわたしに、陛下は思いの外饒舌に説明してくださいました。
ええ、しっかりお話ししてくださいましたとも。
それを聞き終えて話を整理したわたしは指でこめかみを揉み解しながら、静かに口を開いた。
「つまり、こうですか。今日、これから、一国の君主という身分をぶら下げて城下街へお忍びでお出かけ
になる陛下はついでにわたくしめを一緒に城下街へ連れて行って下さる、と」
「正しくは今日、これから、一国の君主という身分をひた隠し、私が城下へ出かけるのに有無を言わせずおまえを連れて行く、だな」
「ご丁寧に添削ありがとうございます」
「どういたしまして」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・いやいやいやいやっ!おかしいでしょう!」
おかしいでしょう。おかしいよ。おかしいだろうが!
ふわんふわんしたソファに腰かけていたわたしは、そのふわんふわんを反動に勢いを付けて思わず立ち上がった。
ついでにそのままびしりと陛下を指差す。
「あなた、王様ですよね!」
そう。そうなのだ。
こちとら現代日本の平凡高校生、王様なんてものにはメディアを介してぐらいしかとんと関係がないわけで、口にするのもなんだか違和感があるが、おっそろしいことにわたしの目の前にいるこの空前絶後の美人さんは皇帝陛下なるものなのである。聞いたところそうらしい。そのはずだ。
しかし年下の小娘に指をさされた挙句、ツッコミのノリで「王様ですよね!」と叫ばれたご本人はいたって冷静沈着、平然そのもの。
こっちが勝手に盛り上がっているのに反して、陛下はなにをいまさらと言わんばかりに頷いた。
「ああ。毎日毎日飽きもせず実家の稼業をやっているな」
だろうな!
「ですよね!あなたは王様で、この国の先頭に立つ人で、国家の最高指導者であって、一国を背負う、えっと、つまりこの国のとんでもない重要人物ですよね!」
わたしの脳裏をあのテーマソングと共に浜辺を白馬で駆けるとある将軍様が過る。
ええっ?でも、あれフィクションですよね!
だって、ええ?まじで?
確かに現代の国政に携わる人間は、そりゃ狭められたプライベートと、厳重な警備はひっ付くもののそれでもまあ、買い物に行ったり市街でご飯を楽しんだり趣味に興じたりはするはずだ。人によっては。
首相が近所の古本屋に行ったとテレビで聞いたとしても、多少意外に思えど、まあ、そりゃあ、本好きなら行くだろうよ。だ。
でもそれはあくまで現代の話であって、わたしの頭にある物語のなかの王様ひいては王族についての印象といえば、
視察、式典、外交等々での盛大で格式ばった国のお仕事で外に行く以外は、その尊い御身をお城の奥でそりゃあもう大事に大事に、屈強な騎士たちに守られお暮しになっている、というものだ。
そう外れてもいないのではないかと思う。
だって王族といえば大切なのはその血筋に纏わりついて来る諸々のプレミア価値なわけで、その高貴な血液が流れる人間は存在でさえ国の重要な駒なわけだ。
平民との庶子やら不遇の末姫やらならいざ知らず、王様となったらそれこそ御身になにかあれば国の一大事。
おいそれと、そう、仮に城内であれど僅かな危険にほんのちょっとでも触れることは例え本人が良くても周りが許さない。
まあ、そんな大層な世界の住人に関わることなんてあるはずがないわたし。
ファンタジーな小説やらアニメやらで得た知識しかないわけだけど、だいたい一般的な印象ってこんな物ではなかろうか。
にも関わらず、現にこの国の主たる最重要人物はのうのうとこれからお忍びでお出かけしちゃうぞーとのたまっているわけだ。びっくりだ。
異世界よくわかんない!
二、三回水中の金魚のようにわたしは口をぱくぱくと開き、けれど結局吐き出す言葉が見つからなくてゆるゆると出してしまった指を下げた。
ああ、親愛なるお母様
人を指差しちゃいけません!というあなたのお言葉を勢いで破ってしまいましたお許しください。でもこれ、不可抗力だったと思うの。
いつまでも立って陛下を見下ろすわけにもいかないから、すとんとソファに出戻ると優秀なソファくんはふわりと受け止めてくれた。
いろいろ納得がいかないが、まあ、世の中万事納得がいくものばかりじゃあ、ない。
世の中には受け流すって言葉があるんだ。イイコトバダナー。
しかし、まあ、
「平和ですねえ」
王様がお忍びでこそこそ散歩とは、平和以外の言葉が見つからない。
・・・・・うん?いや、逆に物騒なのか?
ひとり首を捻るわたしに、陛下が小さく笑う。
「まあ、宮殿内でのろのろ歩いているよりは民を装って街に紛れた方が平和だろうな」
わたしが渋い顔を浮かべたのもしょうがない話だ。
簡単に言ってくれるぜ・・・っ
「・・・・・・・しょっぱい。話がしょっぱいです、陛下」
「安心しろ。これからおまえにも付き纏ってくる話だ」
「安心の要素が一切、まったく、これっぽっちも見当たらないわけですが!」
安心ってねえ!
心が安らかって書くんですよ、陛下!
「まあ、それくらいの心積りでいてちょうどいいということだ。用心するに越したことはない」
「今からお外に行くぞーって言ってる王様には言われたくありませんね」
「まあな」
わたしのすかさず放った嫌味も聞いているのかいないのか、軽く流す陛下になんだかこちらだけが熱くなるのも馬鹿らしくなってわたしは溜息をついた。
「陛下が良いなら、良いんでしょうけど・・・」
まあ、陛下がいいって言うんだから、それでいいんでしょうよ。
わたしにはわからないいろんなことがあるに違いない。
突きすぎて蛇に出て来てもらっても困る。
なによりこの機会を逃してうっかり街に出られなくなったりしたらそれはそれで後悔する。
望んでいなかったとはいえひょっこり異世界なんて所に来てしまったのだ。
観光気分にでもならなきゃ損ってもんだね!
貧乏人魂で貰えるもんはがっつりばっちり貰っていきますよ。
連れて行ってくれるってんなら、ええ、よろこんでお供いたしますとも!
いざ、城下!
あの、知識不足の人間が書くファンタジーですから・・・
おかしいところはあまり気にしないでやってください・・・
閲覧ありがとうございます。
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