第1話 無自覚悪人
ヴェルグレドは、必死の思いで逃げていた。
「はぁッ、はぁッ、 なぜだ! 私はただッ……ぜぇ、ぜぇ」
「黙れ!この死霊術師風情が!」
追いかけてきているのは大量の兵士。
なぜこんなことになったかというと、時は少し遡り……
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ヴェルグレドは、ドゥーレンという城塞都市を訪ねていた。
理由は、端的に金欠だ。食事は、まあなんとかなる。だがそれ以外の必需品が全く手に入らなかったし、ここしばらくベッドで寝ていない。
ドゥーレンは、この近場では一番栄えているらしいし、仕事が手に入るかもしれない。もしかしたら死霊術師としての私を必要としている人もいるかも。
そういった希望的観測を元にヴェルグレドはドゥーレンを訪れた。ヴェルグレドは、人生二度目の城塞都市にワクワクしていた。ちなみに一度目は散々な目に遭った。
だが、ヴェルグレドは都市に入れすらしなかった。城門で検問があったのだ。
城門の前に列ができているのを見た時、ヴェルグレドは「あれ?」と思ったがまあなんとかなるだろうと列に並んだ。
そして、案の定なんとかならず、今に至る。
「くそッ! なぜ私の手配書なんかが出回っているんだ!」
そりゃそうである。この国で何人アンデッドにしてきたと思っているんだヴェルグレド!
だがヴェルグレド本人はそれを悪いことと自覚していない。なぜなら全て善意による行いであるからである。それゆえに、なおさら悪質である
ヴェルグレドは己の体力の限界を感じていた。
肺と脇腹が刺されたかのように痛い。
ヴェルグレドは自分で自分をアンデッドにできないことを恨んだ。
ヴェルグレドは、急停止し、後ろに振り返って大手を上げて主張する。
「はぁ、はぁ、わかった! わかったよ、君たちはよっぽど私のことが好きみたいだな。いいだろう、サインを書いて上げようじゃないか」
「囲め!」
いつの間にかヴェルグレドは剣を突き付けられ囲まれていた。
「んん? ま、待ちたまえ君たち、私は……」
「問答無用!」
ヴェルグレドは捕らえられた。
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城塞都市ドゥーレンの中心にある城の地下、そこには罪人を留めておく牢獄があった。
その牢獄にある牢の一つ、20代半ばくらいの褐色の髪に褐色の瞳を持つ男——ヴェルグレド・ヴェルキンスがいた。
「うぅ~寒い」
パンツ一丁の彼は身を震わせる。身ぐるみを全て剝がれてしまった。アンデッドなら寒さも感じないし、やはりアンデッドこそ完全体だな。その代わり魔力のない環境じゃ滅びてしまうが。
「…た、タスケテ…………」
ヴェルグレドの耳が、微かな声を捉えた。
「なっ! 救けを求める者の声! どこだ!」
「こっ、ち」
どうやら真正面の牢にいるみたいだ。声は息絶え絶えといった具合で、すぐにでも治療が必要そうだ。
「そこか! だが私にこの格子を越えることはできない…。どうにか鉄格子の傍まで来てくれるか?」
ズリ、ズリ、という音が正面の牢から聞こえ、声の正体が姿を現す。
「なんと、魔族か…!」
そこにいたのは、角を生やした妙齢の女性。体はボロボロで、あちこちに傷跡がある。
「魔族を治療するのは初めてだが、やってみるか」
そう言ってヴェルキンスは女性に対して衰弱魔法をかけようとしたが、構築の段階で魔法は分解された。
「ふむ。魔法対策は十分か。すまない、どうにか、自分で命を絶ってくれないか?」
「ぇ」
「頼む! 必ず甦らせると約束する!」
ヴェルグレドの真剣な、しかし奇妙な訴えに、女性は一瞬の逡巡の後、諦めたかのように目を閉じ、舌を噛み切った。その瞳には、一縷の希望と、現状への絶望が入り混じっていた。
ヴェルグレドはそれを確認し、詠唱を開始した。
『死者よ、わが呼び声に応えよ。魂の安寧を妨げ、邪悪なる存在を生み出せ』
ヴェルグレドが詠唱を続けるとともに、女性の体の周りに黒い霧が集まり、女性の口から吸いこまれていく。それに伴い、女性の傷が再生していく。
黒い霧を吸い込んだ女性の体はビクンと跳ね、そして復活した。
「あれ、私……」
「やぁ、おはよう」
ヴェルグレドは前回の反省を生かし、いきなり真実を伝えないようにした。
「…そう、あなた、死霊術師だったのね」
「!? いや私は…」
「いいの、分かってるわ。魔族である私を忌まなかった時点でおかしいとは思ったもの」
「はぁ、そうかい」
「で、私は一体なんのアンデッドになったの?」
「ゾンビさ!」
「そう。ま、とりあえずここから出ましょ」
そういって女性が鉄格子を捻じ曲げて牢から出てくる。そしてヴェルグレドの牢の鉄格子も捻じ曲げてくれる。
「へ、へぇ。君、すごい腕力だね……」
ヴェルグレドは内心ビビりながら女性の後に続いて牢獄から出た。
「そうだ、君、名前は?」
「私はルクシア。ルクシア・クレイン。あなたは?」
「私はヴェルグレド・ヴェルキンスだ!」
「そう。じゃヴェルって呼ぶわね」
「ふぁっ!?」
「不満かしら?」
「いや、別に構わないのだが……」
ヴェルグレドには、女性経験がなかった。




