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【コミカライズ連載中】アラフォー男の令和ダンジョン生活  作者: 朝倉一二三


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141話 聖女降臨


 異世界に飛ばされてしまった俺は、テツオの屋敷で暮らし始めた。

 俺の身の回りの世話をしてくれる、獣人のニーニャという女の子も一緒だ。

 彼女との生活は楽しく、突然の異世界での生活にも潤いをもたらしてくれた。


 異世界での生活も悪くはなかったが、俺は日本に帰るつもりだった。

 そのために、異世界の情報を収集しつつ、帰還の方法を探ったのだが――結果は芳しくなかった。


 ――そんなある日。

 テツオが俺の部屋に飛び込んできた。

 どこぞの貴族が禁呪を使って、アンデッドの大群を作り出し、この都市を襲撃してきたのだ。


 彼の話では――元々この世界は別の神さまが信仰されていたのだが、テツオ一人でひっくり返してしまい、イザルの神さまがメインの宗教になってしまったようだ。

 それに不満を持つ貴族たちの仕業じゃないかとのことだが……。


 日本に帰る前に、暮らす場所がなくなるのは困る。

 俺もアンデッド退治に参加したのだが――あまりに数が多いアンデッドの群れ。

 多勢に無勢という言葉がこんなぴったりな状況も珍しい。


 泥沼のように長引く戦闘に、兵士たちの顔は土埃よりも暗く沈んでいた。

 剣を振るう腕は重く、仲間の息遣いも荒い。

 どこを見ても、押し寄せるアンデッドの群れが黒い影の塊となって迫ってくる。

 絶望がじわじわと胸元までせり上がり、誰もが「このまま押し潰されるのか」と思い始めていた――その瞬間だった。


 天を割るように眩い光柱が降り注いだ。

 まるで水面に波紋が広がるように光が奔り、アンデッドたちの影を一瞬でのみ込む。


『ダイスケさん!』

 光の中から聞こえた、遠い日本に置いてきてしまった声。


「え?!」

 俺は驚きの声を上げてしまった。


 光柱がゆっくりと収束していく。

 その眩い光の中心に、ぼんやりと人影が浮かび上がった。


 最初は幻かと思うほど儚く、しかし次第に輪郭が明確になり、光の粒がその姿を縁取っていく。

 現れたのは、一人の少女――。


 雪のように白いドレスが彼女の身体を包み、豊満な胸元は大胆に開いている。

 柔らかな光に照らされることで神聖さすら感じさせ、豊かな胸の曲線が優雅に、自然に際立って見えた。


 ドレスの裾や袖から伸びる薄布は、光の余韻を受けてふわりと舞い上がる。

 その動きは風に揺らぐ羽のようで、白い布がひらめくたび、まるで背中に天使の翼が広がったかのような錯覚すら覚える。


 静まり返った戦場に、彼女が降り立つ音はほとんどなかった。

 ただ、光がスッと消えたあとに残ったのは、白と銀の織りなす幻想的な姿と、誰もが息を呑む静寂だった。


 兵士たちは声を失い、目の前の存在が現実なのか夢なのか、判断がつかずに立ち尽くした――。

 そこに立つ少女は、まるで本当に天から使わされた救いそのもののようだ。


「ダイスケさん!」

 少女がそのまま俺の胸の中に飛び込んできた。


「サナ?! ど、どうしてここに?!」

「きちゃいました……」

 彼女が顔を上げて、ちょっといたずらっぽい表情を見せたのだが、俺が知っている彼女よりちょっと大人びている気がする。

 身長も、ちょっと伸びたようだ。

 そりゃ、2年もあれば成長もするか。


「きちゃったか~」

 そう簡単に来れるはずがないんだが。


 そこにシャザームの手に乗ったテツオが降りてきた。

 白い光が、近くのアンデッドを退けたので、多少の余裕ができたようだ。


「ダイスケ、この仕業は間違いなく神さまだろ?」

「あ~、確かにそれしかないとは思うが……」

「いきなりで悪いが、サナちゃん、あいつらを頼めるか?」

 彼が、押し寄せる亡者の群れを指した。


「はい! 神さまから、あらましは……」

「よっしゃ!」

 抱き合う俺とサナを横目に見ながら、テツオがシャザームの手に乗って上昇した。


「皆のもの! 喜べ! 我が神、イザルによって、この地に聖女が召喚された!」

「「「……」」」

 突然のテツオの言葉に、周りの皆が顔を見合わせていたのだが……。


「聖女……?」「聖女さま……?」

 最初、周囲の空気にはまだ困惑のざわめきが残っていた。

 眩い光が収まってなお、人々はただ呆然と、白いドレスの少女を見つめていた。

 誰もが「本当に見ていいものなのか」とでも言いたげに息を呑み、声を発することすらためらっている。


「聖女だ! 聖女さまだ!」「聖女さま!」

 まるで抑えていた感情が一気に決壊するように、その呼び声は次第に波紋を広げていく。

 戸惑いは歓喜へ、恐れは熱狂へと変わっていき、誰もが互いの顔を見合わせながら頷き合った。


「聖女! 聖女さま!」

 声は重なり合い、そして膨れ上がり、ついには広場全体を揺らすほどの大合唱となった。

 それは救いを求める叫びであり、希望を取り戻した者たちの歓声でもあった。


「「「うぉぉぉぉ!」」」

「……」

 言葉は聞こえなかったが、テツオが上から、サナに向かって手を合わせた。


「あの~、ダイスケさんには言いたいことが山程あるんですけどぉ……とりあえず、お仕事をします」

 ここにやって来た彼女は、おおよその事態は把握できているようだった。


「野郎ども! ここにおわす聖女さまが、あの亡者どもに退魔(ターンアンデッド)をぶちかます! その時間を稼げ!」

「「「うぉぉぉぉぉ!」」」

 さっきまで人々の顔には諦めと絶望の表情が浮かび、まるで骨の抜けた影のようだった。

 足取りは重く、武器を握る手には力が入らず、互いの顔には不安が濃い影を落としていたのだが――。


 聖女の出現と共に、そのすべてが一変した。


 胸の奥に灯がともったように、疲れ切っていた目に再び光が宿る。

 膝を震わせていた兵士が、ふっと短く息を吐いて立ち上がり、腰を抜かしていた者が、まるで恥ずかしそうに砂を払って武器を拾い上げる。


「俺はやるぜ!」「俺たちも続け!」

 誰からともなく声が上がり、その声は次々と周囲へ伝染していく。


 さっきまで沈黙していた群れが、たった一瞬で沸騰したように活気づき、血の通った人の波となって、前へ、さらに前へと押し出されていく。


 その背中には、すでに迷いがない。

 恐怖にかき消されていた士気は、一度取り戻した途端、まるで炎のように燃え上がり、守るべき希望が目の前にあることで全身に力が満ちあふれていた。


「行くぞ! 押し返せ!」

 誰かの叫びに呼応して、全員が一斉に駆けだす。


「テツオ! 俺たちも行くぞ!」

「応!」

 テツオがシャザームの手に乗って、上っていく。


 皆が飛び出した後ろで、サナが亡者どもを退ける準備に入った。


「……神よ……」

 彼女が胸の前でそっと指を絡めるように手を合わせた瞬間――。

 まるでその仕草に呼応するかのように、周囲の静寂がひときわ深くなる。


 彼女は瞳を閉じ、息を整える。

 か細い祈りの声が、ひと筋の風のように漏れ出すと同時に、彼女の身体の輪郭に淡い光がにじんだ。

 金とも銀ともつかない温かな光。

 見ているだけで背筋が伸び、心が浄化されていくような神聖さがある。


 彼女の足元にも光が広がり、小さな花が咲くように円形の紋様が浮かび上がった。

 その中心に立つ彼女は、まるでこの世と神々の世界をつなぐ媒介者そのもの。

 まさに神の奇跡だ。


「岩召喚!」

 俺のアイテムBOXから出した、軽自動車ぐらいの岩を巨大な黒い手が鷲掴みにした。


「シャザーム、行けぇ!」

 彼女が下手で投げた巨大な岩がゴロゴロと転がっていくと、まるでボウリングのピンのように、アンデッドを薙ぎ払っていく。

 ターンアンデッドが発動すれば、全部粉になるから、いくら潰しても心配ない。


「武器召喚!」

 アイテムBOXに入っていた武器を全部出した。

 いままでのダンジョン攻略で集めた武器だ。

 売るのが面倒で溜め込んでいた。


「武器が必要なら、全部持っていけ!」

「おお~っ!」「もらったぁ!」「俺にもよこせ!」

 筋肉ムキムキマッチョマンの猫獣人の男たちが、デカい剣を取ると、敵の群れの中に突っ込んでいく。

 獣人は猫型だけで、犬はいない。

 犬獣人に似た魔物はいるのだが、それは人ではなく、魔物だ。


「おっしゃ! 俺も行くぞ!」

 アイテムBOXから剣を取り出し地面を蹴ると、魔物の群れの中に突っ込み、横に一閃して薙ぎ払う。

 場所を確保すると、剣を天に向けて突き出した。

 掲げる武器に魔力を注ぎ込んでいく。


『グロロロロロ……』

 迫りくる亡者に向けて、剣の能力を解放した。


「おらぁぁ! ナムサンダー!!」

 俺が剣を高く掲げた瞬間、青白い光が剣身の内部から押し上げられるように湧き上がる。


 その光は一気に膨れ上がり、剣の輪郭を覆うように眩いオーラとなって迸った。

 青白い輝きはただの光ではない――空気を震わせ、金属的な唸りを伴う雷の気配。


 光は鋭い閃光へと変わり、剣先から鎖のように伸びた。

 細く、連なるプラズマの流れが空気を焼き、青白い線が奔ったと思った途端——。

 それは蛇のようにうねりながら、前方のアンデッドたちへ一斉に襲いかかった。


 プラズマの鎖は一体だけを狙うのではなく、群れごとまとめて絡め取っていく。

 骸骨の腕や腐った肉が帯びた体をまとめ上げるように締めつけ、逃れようとするほど光の鎖は強く光を増す。


 アンデッドたちの身体が触れた部分から、火花が弾け、焼け付くような紫の煙が立ちのぼる。

 その度に光はさらに勢いを増し、まるで獲物を逃がすまいと意思を持っているかのように締め付けていく。


 青白い輝きは群れ全体を蜘蛛の巣のように包み込み、唸り声を上げるものも、まとめて光の網の中に引きずり込んだ。


「「うぉぉぉ!」」「すげぇぇぇぇ!」

 一緒に戦っている街の住民からも歓声が上がる。


「ダイスケさん! いきます!!」

「みんな! さがれぇぇぇぇ! 聖女さまがぶちかますぞ!」

「「おおおっ!」」

 亡者たちを押し戻していた戦士や魔導師たちが一気に引くと、それに合わせてアンデッドも怒涛の如く押し寄せてきた。


退魔(ターンアンデッド)!!!」

 聖女の身体を包む輝きは、彼女の言葉と同時に透明な膜が弾けるように拡がった。

 足元から解き放たれた光は、地面に沿って静かに――だが確かな速度で――走り出し、同心円状の波紋となって大地を滑っていく。

 砂や石の上を通るたび、表面に薄い金の膜が張りつくようにちらりと光を返し、その光の波が触れた場所は一瞬だけ昼間のように明るくなる。


 亡者の群れに光が到達すると、腐敗した皮膚の表面から煙のように白い粒子が浮き上がり、ついで骨や肉の輪郭が揺らぎ始める。

 苦悶の声も、咆哮も上げる暇もない。

 光に触れた部分からさらさらと崩れ、灰のような微細な粒子となって空中に舞い上がっていく。


 倒れ伏していた死体も、巨人に踏み潰された肉塊でさえ、例外ではなかった。

 ぬめりや腐臭を放っていたはずの残骸が、光の前ではまるで固形であることを許されないかのように、輪郭を保ったまま一瞬だけ淡く輝き、それから小さな光の粒へとほどけて散る。

 聖女の光に触れた瞬間、本来あるべき姿――死という安寧――へと還されていく。


 光の波紋は静かだが、その浄化の力は圧倒的だ。

 広がり続ける同心円は、戦場に蓄積した負の気配を一掃し、焼けた土や腐臭をまとった空気までも浄めるように澄ませていく。

 その中心に立つ聖女は、ただ一点の灯台のように輝いていた。


「「「うぉぉぉぉ!」」」「「「聖女さまぁぁ!!」」」

 街の住民たちが、一斉にサナの下に集まってくる。


「!」

 彼女を守らなければ! と、ちょっと構えたのだが――。

 皆が突然動きを止めると、彼女の下に跪いた。


「「「「……」」」」

 皆が黙って手を合わせ、サナに祈りを捧げている。

 血と亡者の臓物にまみれた兵士も、民兵も、駆けつけた街の住人たちも、誰一人として声を上げない。

 それぞれが言葉にならない祈りを胸に抱きながら、ただ聖女の存在に身を預けていた。


 耳を澄ませば、風の音さえ遠のいたかのように思える。

 沈黙は重苦しくもなく、むしろ温かい。

 聖女の放つ微かな残光が、祈りを捧げる人々の頭上にそっと降り注ぎ、誰の心にも柔らかな灯がともっていくように見える。


 厚く垂れ込めていた雲が、まるで上空から誰かが静かに手を差し入れたかのようにわずかに裂け、その隙間から鋭い光の束が地上へと落ちてきた。

 灰色に沈んだ世界に、その一筋の光だけが鮮烈な白金の線を描く。

 光はゆっくりと角度を変えながら広がり、まるで迷うことなく聖女の立つ場所へと吸い寄せられるかのように、彼女の全身を包み込んだ。


 影は彼女の足元だけに柔らかく伸び、周囲の荒れ果てた大地や折れた武具の残骸さえも、その光の前では色褪せたセットの一部のようにぼやけていく。

 サナだけが、空に選ばれた主人公のようにそこに立っていた。


 雲間からの光は一定の太さを保ったまま、まるで一本のサーチライトのように彼女を照らし続ける。

 荒れた戦場であることを一瞬忘れさせるほど、静かで、荘厳で、完璧――まさに映画のワンシーンをそのまま切り取ったような、完璧な光景がそこにあった。


「ふう……」

 俺が剣をアイテムBOXに収納すると、そこにシャザームの手に乗ってテツオが降りてきた。


「サナちゃん、助かったぜ~。神さまに言われて来たんだろ?」

「それもありますけど、ダイスケさんに会いたいと言ったら、ここに飛ばされました」

「あ~あ、聖女になったってことは、こういうことが度々あるかもしれないぞ?」

「ダイスケさんとなら……それでも構いません」

 彼女が恥ずかしそうに、そう呟いたのだが……。


「「「!!!」」」

 彼女に跪いていた人たちの視線が一斉に俺のほうを向く。

 なんだか、敵意がこもっているように感じるのだが……気のせいだろうか?


「ごめんな~サナ、いきなりいなくなって」

「ダイスケさんの居場所は、神さまから聞いていたので、心配はしてませんでしたが……みんな怒ってましたよ!」

「まぁ、そうだろうなぁ」

「私たちを置いていくなんて!」

「そうは言うが、俺たちオッサンズとしては、若い子たちにあんな目に遭ってほしくなかったんだよ」

「それでもです!!」

「スマン」

 彼女にそう言われると、返す言葉もない。

 要はオッサンのわがままなのだ。


「サナちゃん、いいかい?」

 テツオが割り込んできた。


「は、はい」

「おそらく、他の都市もこんな状況になってると思うんだ。悪いが、シャザームに乗って他の都市にもつき合ってくれねぇか?」

「わかりました」

 彼女にも躊躇がない。

 それを含めて、神さまから与えれた試練なのだろうし、他の都市を見捨てるわけにもいかない。


「よし、俺もつき合うぞ」

「そりゃそうよ! ダイスケも使徒だからな。わはは! ――と、言いたいところだが」

「なにかあるのか?」

「敵の聖女や天使がいるかもしれないから、そのときには覚悟を決めてくれよな」

「わ……わかった」

 テツオが心配しているのは、最後のダンジョンの攻略の際に、俺がレンを逃がしたからだろう。

 敵側に堕ちていたとはいえ、彼女は元仲間だったしなぁ――。


 確かに、ここは日本ではなく、異世界だ。

 甘い考えを捨てないと、サナを守れないかもしれん。


「その前に、いいですか?」

「なんだい、サナちゃん」

「けが人の治療をしてあげたいのですが……魔石はありませんか?」

「お~、あるある」

 テツオが魔石を出そうとしたのだが……。


「で、できれば、ダイスケさんの魔石で……」

「あ~、はいはい、わはは!」

 彼が、俺の脇腹を肘打ちしてくるし、周りの男たちからの視線が突き刺さる。


「ほい、サナ」

 アイテムBOXから出した、青い光が灯る魔石を彼女に手渡した。

 この世界にやってきて魔力がアップしているので、テツオと同じぐらいの魔力を込められるようになっている。


「ありがとうございます……む~」

 彼女が両手で魔石を握りしめ、静かに祝詞を唱え始める。

 澄んだ声は波紋のように広がり、言葉一つひとつが世界のことわりに触れていく。

 魔石の奥で眠っていた力が呼応するように脈動し、淡い輝きが彼女の指の隙間から漏れ出した。


 やがて光は彼女の胸元へと集まり、呼吸に合わせて鼓動する。

 白金色の光が肌を透かして浮かび上がり、まるで内側から清められていくかのようだ。


範囲回復!!(エリアヒール)

 光が一気に溢れ出す。

 背後から差す朝日のように、しかしそれよりも澄み切った輝きが彼女の身体を包み、衣の縁や髪の先で細かな粒子となって舞う。

 彼女を中心として広がった聖なる光が、跪いたけが人たちを包みこんだ。


「「「おおお~っ!」」」

 人々から歓声が上がる。

 ゲームの回復のように、傷がすぐに塞がったりしないし、失った手足が生えることもないが――。

 血は止まるし、治りもかなり早くなる。


 この魔法を見ても、サナのパワーもかなり上がっているようだ。


「おお~い、魔法の塔の魔導師はいるか~」

 テツオが魔導師を探している。


「は、はい」

 黒いロングワンピースと、黒い帽子を被った女の子が返事をした。


「ミスラと王女殿下に伝言を頼む」

「はい」

「俺たちは、聖女さまと一緒に他の都市を回ってくる。もしかして、帝都もこんな感じになっているかもしれないからな」

「かしこまりました」

 彼女が深々と礼をした。

 テツオは、イザルの使徒――つまり聖者で、ミスラとも懇意なのだから、当然敬われている。


「詳しくは聞いてなかったが、王女さまってのは?」

「ああ、昔ここら辺一帯を治めていた、王国の末裔なんよ」

 もう帝国に併合されてしまって、国はないから王女ではないのだが、皆から王女と呼ばれている。

 帝国からの身分は公爵ということになっているらしい。

 ここら周辺の自治を任されている。


「シャザーム!」

 テツオの声で黒い巨体が黒い穴に吸い込まれて、手だけが残った。

 皆でそいつに飛び乗る。


「「「うぉぉぉ!」」」「「「聖女さま~っ!!」」」

 戦場にいた戦士や魔導師、獣人たちが集まって、サナに向かって手を振っている。


「ははは、随分と人気になってしまったな」

「そりゃ、聖女さまだからな」

「……」

 そう言われて、サナが顔を赤くして恥ずかしそうにしている。


「ハイヨ~シルバー!」

 彼の掛け声で、シャザームは空高く飛び上がった。


「わわわ! 高い!」

 サナが飛行高度に驚いているが、飛行機ほど高く飛んでいない。

 せいぜい数百メートルといった感じだ。


「ふたりとも、悪いが最初に帝都に向かう」

「帝都になにかあると――やっぱり、治安などが悪化するか?」

「まぁ、そうだな。貴族たちの小国が乱立して、小競り合いが続くだろうな」

 それでなくても、今回のように騒ぎを起こす貴族がいるぐらいだ。


 帝国も、貴族同士の争いにあまり介入しないらしい。

 無論、帝国への反旗なら国軍が投入されるが、それ以外なら静観の構えだ。


「正直、帝都なんてどうでもいいんだが、自分の住んでいる場所を守りたいからな」

 国が不安定になれば、俺たちが住んでいるあの都市にも影響が出る。


 シャザームは空を切り裂くように、ひたすら帝国の首都を目指して飛び続けた。

 俺やサナの胸には言葉にできない不安が濃く沈殿している。


 正直、日本がどうなったか聞きたいところだが、今はそんな気分ではない。

 眼の前にある危機をなんとかしなくては。


 眼下には、いくつもの小都市や集落が黒い闇に沈んで広がる。

 時折その闇を破って、赤黒い混乱の光景がのぞいた。


 ある街では、崩れた城壁の隙間からアンデッドが雪崩れ込み、逃げ惑う住民の悲鳴が風に乗って薄く届いてくる。

広場に積まれた火の粉が乱れて舞い、兵士たちが必死に槍を構えて応戦していたが、数の暴力は明らかだった。


「助けたいが……」「は、はい」

 その場へ降りて救うことはいくらでもできたが、シャザームの軌道は揺らがない。

 操者であるテツオの一念に従い、魔力の翼をさらに強く震わせる。


「悪いな……帝都が落ちれば、より混乱が酷くなるんだ」

 その冷徹な判断が、胸の奥でずしりと重みを増す。


 高度が上がるにつれ、大地は徐々に赤い傷跡のような光に点々と照らされていった。

 炎に包まれた区画、倒れた防壁、途切れた街道。

 まるで帝都へ続く道筋すべてが戦乱の跡を示しているかのように見えた。


 ------◇◇◇------


 ――飛び続けて、帝都上空に到達。

 案の定、帝都もアンデッドの群れに襲われていた。

 ここには国軍がいるので、他の都市よりは持ちこたえていたのだが、なにせ帝都には人が多い。

 アンデッドに襲われて、さらにアンデッドが誕生して、指数関数的に敵が増える。


「やっぱりか!」

「帝都が一番ひどくないか?」

「なにせ人が多いからな――行くぞ!」


 急降下して、フルパワーのシャザームを出すと、亡者の群れを薙ぎ払う。

 当然、俺の「ナムサンダー」もフルパワーだ。


「ダイスケさん! まだ魔石はありませんか?!」

「あるぞ! 好きなだけ使え!」

 俺はアイテムBOXからデカい魔石を取り出すとサナに手渡した。

 魔石の中は、青い光が渦を巻き、魔力がパンパンに詰まっている。


退魔!!(ターンアンデッド)

 サナの奇跡の光に巻き込まれたアンデッドが、次々と灰になる。

 さすがに量が多すぎて、一発では決まらないようだ。


 幸い魔石の在庫はたっぷりとある。

 俺の魔石がなくなれば、テツオの魔石もあるしな。


 結局、3発ほどターンアンデッドをぶちかまして、亡者の群れを全部灰にした。


「「「助かったぞぉぉ!」」」「「「うぉぉぉぉ!」」」

 あちこちから、歓喜の声が上がるが、これで終わりではない。

 他の都市も腐った敵に襲われているのだ。


「ダイスケさん! 他の所も助けにいきましょう!」

「サナは大丈夫なのか?」

 魔石で魔力は足りているとはいえ、身体に疲労は蓄積されているはず。

 その証拠に彼女の顔には疲労の色が滲んでいる。


「神さまとの約束です」

「……わかった」

 おそらく、彼女がこの世界にやってくるための条件だったのだろう。


 俺たちは、再びシャザームに飛び乗ると、他の都市に急いだ。



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