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【コミカライズ連載中】アラフォー男の令和ダンジョン生活  作者: 朝倉一二三


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140話 禁呪


 東京のダンジョンでラスボスを倒した俺は、異世界に飛ばされてしまった。

 理由は不明だが、しばらくすると、この世界はテツオが暮らしていた世界だと解った。


 神さまからの仕事をこなして、テツオが自分の世界に戻されたとしたら、俺もそれに巻き込まれてしまったのかもしれない。


 神さまには、色々とお願いしてしまったので、文句を言うわけにもいかん。

 途方に暮れた俺だが、テツオが日本にやって来たということは、日本に帰れる可能性があるってことだ。


 その方法を見つけなくてはいけないが、どうしても見つからないのであれば、テツオのように神さまからの仕事を受けて、その報酬として日本に送ってもらう――。


 それしかないだろう。


 とりあえず、異世界での生活拠点が必要なので、テツオの所で厄介になることになった。

 案内された彼の家は、結構大きな屋敷。

 部屋に余裕はありそうで一安心――彼はこの都市でそれなりの地位にあるようだ。


 気は引けるが、背に腹は代えられない。


 彼の家族を紹介してもらうと、扉から赤いチャイナドレスを来た虎柄の毛皮が走ってきて、テツオに抱きついた。


「テツオ~! おかえり~!」

 声は女性の声だ。


 眼前に立っているその姿は、一瞬、虎の毛皮をまとっているかのように見えたのだが――。

 よく見ると、毛皮ではなく、彼女自身の身体を覆う自然の装いだった。

 光を受けて艶やかに輝く縞模様の毛は、しなやかさと力強さを同時に感じさせる。

 頭の上には大きな耳がぴんと立ち、わずかな空気の動きにも反応してくるくると回っている。


 腰のあたりから伸びた長い尻尾は、まるで意思を持つかのようにゆらりとうねり、彼女の心を映し出しているのだろう。


「うわ!」

 失礼かと思ったが、思わず声が出てしまった。


「ダイスケ、獣人だよ」

「じゅ、獣人?」

 これまた失礼かと思ったのだが、彼女の毛皮をまじまじと眺めてしまった。

 本当に全身が毛に覆われている。

 ネコをなでるように、なでなでしたい衝動に駆られるが――じっと我慢。


 いきなりそんなことをしたら、ヤバいのは、俺でも解る。


「ニャニャ、こいつはダイスケ。しばらく、俺の所で面倒をみることになったから」

「へ~! テツオにも友達がいたんだね」

「そりゃいるだろ。獣人の男たちだって、つき合いがあるだろ?」

「けど、只人の男を連れてくるのは、初めてだよ」

 彼女が俺のことをジロジロと眺めている。

 金色で、縦長の瞳孔が印象的だ。


「は~、これが獣人なのか~。へ~、スゲ~」

 ちょっと興味津々の目で見てしまったのだが、俺の言葉に彼女の耳がピンと立った。


「旦那! 獣人語解るの?! 獣人は全然平気な人?!」

「え?!」

 突然、猫の目が迫ってきてビビった。


「ダイスケは、俺と同じ言語の加護をもらってるんだよ」

「やったぁ! すごいじゃん! 旦那! 面倒見て欲しい子がいるんだけど、興味ない?!」

「え?! は?!」

「可愛い子がいるんだけど、生活に困ってるんだ」

 テツオの話では、獣人たちは知能があまり高くなく、計算も苦手らしい。

 少なからず、差別もあるようだ。

 この都市は獣人が多くて、他の都市よりは遥かにマシらしいが。


「いいじゃないか、ダイスケ。身の回りの世話をしてくれる女は必要だぞ?」

 彼の口調からすると、相手は女性で確定らしい。


「いや、俺はそういうのは……故郷に帰るつもりだし」

「まぁ、帰るまででもいいじゃん。この世界は、そういうのは普通だぞ?」

「あたい、ちょっと呼んでくる!」

 女性はテツオから離れると、すごいスピードで通りに飛び出していってしまった。


「すごいスピードだな」

「獣人ってのは、頭はよくないんだが。パワーとスピードがだんちだからな」

「へ~」

「獣人の女はオススメだぞ? いい子ばっかりだし」

「しかしなぁ……」

「郷に入っては郷に従えってな、わはは!」

 俺もそのつもりではいたが、あまりの文化の違いに、さすがに面を喰らう。


 獣人の女性が戻って来るまで、彼の屋敷に入れてもらった。

 玄関で靴を脱ぐ。


「この世界も靴を脱ぐのか?」

「いや、脱がん。ウチだけだ」

 まぁ、家の中を靴で歩いたら汚れるだろうし。

 外で、◯でも踏んだら大変なことに……。

 外国などは家の中でも靴だが、どうしているんだろう。


 そんなことより、客間に案内してもらった。


 屋敷は木造で、廊下も木造だが、上半分は白い漆喰らしきものが塗られている。

 一番近い部屋に足を踏み入れると、まず木の温もりに包まれた。

 壁も床も天井も、すべてが磨き込まれた木材でできており、年月を経た木目が柔らかな光を吸い込んでいる。


 中央には分厚い天板の低いテーブルがあり、その周囲には革製の椅子とソファー。


「ほ~」

 なんか、ファンタジーって感じがする。

 テツオと向かいあって座ると、廊下をバタバタと走ってくる音がして、扉が勢いよく開いた。


「テツオ!」

 青いワンピースを着た、黒髪の女の子が飛び込んできて、彼に抱きついた。


「ロロ、お客さんだからな」

「あ、こんにちは~」

「ダイスケだ。よろしくね」

「えへへ~」

 彼女はテツオの膝の上に乗ってニコニコしている。

 そんな様子を見て俺は、ミオのことを思い出した。


「ロロ、ダイスケと話があるから、上で待っててくれ。ちゃんとお土産を買ってきてやったから」

「う~……わかった……」

 彼女は渋々と膝の上から降りると、廊下に出て二階に戻ったようだ。


「スマンな」

「いや、元気があっていい子じゃないか」

「礼儀とか、メルティーナに教えてもらっているところなんだが……」

 外で会った金髪シニヨンの女性だろうか。


「まぁ、久しぶりに帰ってきたんだろ? 仕方ない」

 そこに女性が、飲み物を持って入ってきた。

 やっぱり、彼女がメルティーナさんらしい。


 テツオが彼女と話していたのだが、どうやら留守にしてから2ヶ月ほどたっているらしい。

 再び、彼と話す。


「特区には、もっと長い間いたよな?」

「そこら辺は、自由自在らしい。俺は、過去に行ったこともあるしな」

「マジか……」

 よく、小学生時代に戻りたいみたいな話を聞くことがあるが、俺は勘弁だな。

 ガキの頃なんかに戻りたいとは、微塵も思わないし。


 テツオと話していると、外に人の気配がする。

 扉が開くと、さっきの獣人の女性が入ってきた。

 後ろに粗末なワンピースを着た真っ黒な毛皮が見える。


 ちょっと足元を見たが、多分肉球で足音がしないのだろう。


「おまたせ~! 旦那! この子だよ!」

「……」

 紹介された女性は、ちょっと引っ込み思案な様子で、赤いチャイナドレスに隠れている。

 俺は立ち上がると、手を伸ばした。


「ダイスケだ」

 伸ばした俺の手にビクっと反応した彼女だが、おずおずと前に出てきた。


「に、ニーニャ」

「ニーニャか、よろしくな」

 俺の眼前に広がる毛皮は、淡く光を含んだような柔らかさ。

 見つめているだけで指先がむずむずする。

 近づくほどに、その毛並みは一本一本が細くしなやかで、ふわりとしているのが解る。


 思わず手を伸ばし、指先が触れた瞬間、驚くほど軽やかで、しかし確かな温もりがあった。

 なでるたびに毛皮はふわりと沈み、またゆるやかに戻ってくる。


 その感触に俺は、特区で助けた黒い猫を思い出していた。

 いや、彼女は猫っぽいが、猫ではなく、この世界の人類だ。

 それは理解しているのだが、あまりの手触りのよさにずっとなで回してしまった。


 最初はおっかなびっくりだった彼女だが、すぐにゴロゴロという大きな音が聞こえてくる。

 これは――猫の喉がゴロゴロ鳴るのと同じものなのだろうか?


 ------◇◇◇------


 そんなわけで、テツオの屋敷に居候しての、獣人――ニーニャとの同棲生活が始まった。

 彼女との生活は素晴らしいものだったのだが、俺はこの異世界に骨を埋めるつもりはない。


 姫やサナが待っている日本に帰らなくては。


 今回、異世界にやって来たのは俺だけではない。

 テツオの黒い穴に放り込まれた、迷宮教団のあの女もいる。


 彼女は強制的にイザルの信徒にされたので、テツオの命令に逆らえず、この屋敷に幽閉されている。

 少々気の毒かな――と、一瞬考えたのだが、あの女のやったことを考えれば致し方ないか。


 彼女は他神の聖女であり、強大な力を持っている。

 放置するわけにもいかず、テツオの管理の下、その力を人助けに利用されることになった。

 日本に帰ろうとしている俺が口を出せることではない。

 彼に任せるしかないだろう。


 実はもう一人、屋敷に幽閉されていた人物がいたのだが――それについては、俺からはなんとも言えん。

 異世界人の俺が口を挟めることでもない。

 ノーコメントとさせてもらう。


「さて」

 それはさておき――俺の日本への帰還計画がスタートした。

 そのための資金もちゃんとある。

 ダンジョンで倒した、黄金のドラゴンだ。


 そいつをテツオと山分けしたが、一部を売るだけでも、一生遊んで暮らせるぐらいの金になる。

 まぁ、ここで処分するより、元世界で売ったほうが金になるだろうし。

 ほんのちょっとだけ売った。


 その金を元に――俺がまず考えたのは、ダンジョンをクリアしてこの世界にやって来たのだから、またダンジョンをクリアすれば、元の世界に帰れるのではないか?


 そう考えて、この世界で有名なダンジョンをクリアして回ったのだが――結果は無駄足だった。

 まぁ、アイテムBOXは使えるので、ダンジョン産の素材を大量に回収して、生活に困ることはなかったが。


 ダンジョン攻略に出発するときには、ニーニャに十分な金を渡した。

 もしかしたら、もう屋敷には帰って来られないからだ。


 彼女は受け取ってくれなかったので、テツオの女性たちに金を預けた。

 俺が戻って来なかったら、ニーニャに渡してくれる手筈になっている。


 ダンジョン攻略と平行して、異世界の魔法技術の収集にも力を入れた。

 この世界は魔法文化が花開き、魔法の本場だ。

 大量の魔導師がおり、千年単位で研究が進んでいる。


 俺が住んでいる街には、高位魔導師が集まる「魔法の塔」という組織がある。

 組織のお偉いさんの女性は、テツオの知り合いだ。


 頼み込み、貴重な魔導書などをコピーさせてもらう。

 写本などせずとも、俺のアイテムBOXには、カメラが入っている。

 そいつで撮影すればいい。


 大量の魔法の資料を集めつつ、ダンジョンの攻略にも精を出したのだが……。

 成果なし。


「ダイスケ!」

 俺が日本帰還に失敗して、屋敷に戻ると、ニーニャが抱きついてきた。

 ネットやテクノロジーがない異世界でも、彼女との生活が潤いをもたらしてくれる。


「わはは! ダイスケ、戻ってきたか!」

 ニーニャと抱き合っていると、テツオが笑いながらやってきた。


「今回も駄目だったよ」

「まぁな、神さまの気まぐれでやって来たから、また神さまの気まぐれがないと帰れないのかもしれんぞ?」

「う~ん、やっぱりそうか……?」

「それに使徒になるって話だったんだ。それなりにイザルのために働かないと、帰らせてくれないかもしれん」

「まいったな……」

 テツオの言葉にニーニャは喜んでいるのだが、俺は困る。


 ------◇◇◇------


 ――そんな生活を続けて、2年ほど過ぎた。

 もう攻略するダンジョンも少なくなってきて、これからどうしたもんかと、考えていたある日。


 屋敷の中は、静かな昼下がりの空気に満ちていたのだが――。

 ふと、風の流れが変わったように感じた瞬間、外からざわざわ…と波紋のように騒めきが押し寄せてくる。


 窓越しに聞こえる足音や低い声の混じりあう気配は、日常のざわめきとは質が違う。

 胸の奥がかすかにざわつくような、不吉さを含んでいた。


「……ダイスケ、なんか変にゃ」


 先にそれを敏感に察したのは、ニーニャだった。

 彼女の耳が常にくるくると回り、金色の瞳が不安で揺れている。

 迷うように一歩近寄ってきて——そのまま、ぎゅっと俺の胸元に飛び込んできた。


 小さな肩が触れた瞬間、彼女の体温とわずかな震えが伝わってくる。

 細い腕で服をつかむ指先には、外の気配に対する怯えがそのまま表れていた。


「……こわいにゃ」

「大丈夫。俺がそばにいる」

 そう声をかけると、ニーニャは耳を伏せ、胸元に顔を埋めたまま、弱くこくりとうなずいた。

 その仕草はどこか幼くて、守らずにはいられないものだ。


 そのまま、外の気配を伺っていると、廊下をバタバタと走ってくる音がする。

 この走り方は、テツオだ。


「ダイスケいるか?!」

 ドアがいきなり開く。


「なんか、外が騒々しい気がするんだが?」

「ヤバいことになった!」

「ヤバい?!」

 俺に抱きついたまま、テツオの言葉を聞いたニーニャが身体を硬くする。


「マジでヤバいぜ!」

 彼の話を聞く――どうやら、大量のアンデッドの群れが街に迫っているらしい。

 すでに、魔導師や街の戦士、剣士などが、防衛に出動している。

 無給では働かない彼らだが、アンデッドに街を蹂躙されれば、住む場所がなくなってしまう。


「俺も手伝うぞ!」

「助かる!」

 テツオが部屋の中にシャザームを出したので、そいつに飛び乗った。


「ダイスケ!」

「ニーニャ! ニャニャやロロと一緒に森に逃げろ! エルフどもとも、話はついている!」

 テツオが街から離れた場所にある森の方角を指す。


 彼はエルフたちとも、交流があるからな。

 さすが、顔が広い。


 オッサン2人を乗せた黒い絨毯が、窓から飛び出して宙を舞った。

 魔法が発達しているこの世界だが、空を飛べる手段を持っているやつは少ない。


 ゆるやかに揺れながら空を飛ぶシャザームに身を預け、見上げると空は厚く雲に覆われ日の光を閉ざしている。

 これも魔法の効果なのだろうか?

 眼下へ視線を落とした瞬間、胸の奥がざわついた。


 はるか下方――街を囲む分厚い城壁。

 その外側に、闇を溶かしたような群れが、果てしない潮のように蠢いている。

 アンデッドたちの群勢だ。


 街の反対側からは、人々の脱出の人混みが長い列になっている。


「こりゃ――確かに大群だな!」

「ミスラの話では、禁呪を使ったバカがいるらしい」

 ミスラというのは、俺も世話になった「魔法の塔」のお偉いさんの女性だ。


「禁呪?!」

「ああ」

「そんなものを――いったい誰が?」

「おそらく、というか間違いなく、反イザルの貴族連中だな」

 元々この世界は別の神さまが信奉されていて、イザルは迫害されていた。

 それをテツオ一人でひっくり返したのだ。


「イザルの神さまがメインになったのが、気に入らない連中の仕業か」

「まったくよ~、クソ面倒なことだぜ。だが多分、禁呪を使った連中も巻き込まれてアンデッドになってるだろうな、わはは!」

 まぁ、因果応報か。

 そんなものを使って、ただで済むわけにはいかないだろう。

 それでなければ、禁呪なんてことにはなってないはずだし。


「つまり……これを乗り切れば、反イザルという勢力はなくなる……と」

「そういうことだな。この調子だと帝都もヤベーことになってるだろうから、皇族連中もブチ切れだろうし」


 黒い波を見つめる――形を保ちきれず崩れそうな骸骨兵が、甲高い軋みを立てて這い進む。

 肉の剥げ落ちた屍兵は、まるで糸の切れた人形のようによろめきながらも、確実に前へと進んでいた。

 遠目にも、その眼窩の奥に灯る青白い光がぞっとするほど冷たく、数が増えるほど群れ全体が不気味な輝きを帯びて見える。


 群れは止まることを知らない波。

 ひとつの方向へ、ただ本能のままに押し寄せ、重なり、崩れ、また立ち上がる。

 地面さえ黒く塗りつぶすように押し広がり、城壁へぶつかる寸前で渦を巻くように密度が濃くなっていく。


 黒い波のうねりを凝視していると――その中心部が、不意に膨れ上がった。 

 次の瞬間、鼓膜を叩くような衝撃音が空気を裂く。


 黒煙を撒き散らしながらアンデッドの群れが大きく抉れ、一帯に骨片と腐肉が四散する。

 爆風が地面を波紋のように走り、吹き飛ばされた骸骨兵が空中でバラバラに砕けていった。


 戦士や剣士、獣人たちが一緒に戦っており、数は少ないがリザードマンもいるようだ。

 彼ら獣人たちは、かつては差別の対象だったが、この街では差別も少ない。

 それに関しても、テツオの大きな尽力があったという。

 このように、只人と言われる人間と獣人たちが一緒に戦うというのも、この街ならではだ。


 続けざまに、鋭い閃光が視界を切り裂く。

 青白い魔法光――雷か、あるいは高位の霊術だろうか。


「あれは、聖撃(ホーリースマイト)だな」

「アンデッドに効果があるっていう、魔法か」

「ああ」

 その光が柱のように落ち、触れた瞬間、アンデッドたちは弾かれた石のように跳ね飛んだ。

 青白い残光が霧のように漂い、焦げた骨の匂いが風に乗って立ちのぼったのだが、光が消えると同時に、周囲の闇がすぐさまその空隙を埋め始める。


 倒れた者の倍の数が、地面のひび割れのような隙間から、沼の泥水のように湧き出してくる。

 腐った手足が折れ曲がりながらも前へ前へと進み、青白い光に焼かれた地面を踏みしめ、再び城壁へと迫ってくる。


 爆発の轟音も、魔法の閃光も――この黒い海を一瞬たじろがせるだけだ。

 魔法がどれほど強大でも、押し寄せる闇の数の前では、光が砂嵐に飲まれるように薄れていく。


 多勢に無勢――その言葉が、嫌でも頭に浮かんだ。

 まるで、希望そのものが黒い波に呑み込まれつつあるように見えた。


 ――いずれこの波に、城壁は飲み込まれる。


「テツオ、ターンアンデッドを使える魔導師か聖職者はいないのか? 聖女は?」

「今のところ、いねぇなぁ……」

 サナのターンアンデッドがあれば、この群れでも一発でなんとかなりそうなのに……。


「それじゃ、シャザームは?! フルパワーの彼女なら、なんとかなるんじゃね?」

「もちろん、出すが――」

 彼の顔は暗い。

 相手が巨大なドラゴンなどなら、シャザームは活躍してくれるだろうが……。

 こんなちまちまとしたゾンビの群れには、ちょっと分が悪そうだ。


「テツオ、俺も下ろしてくれ!」

「こんなことに巻き込んでしまって、悪いな」

「なぁに、こいつも全部神さまの思し召しってやつだろ?」

「はは……」

 彼が力なく笑う。

 珍しい表情だが、勝てるシチュエーションが思い浮かばないのだろう。

 彼の話では――アンデッドにやられた人間や獣人たちもアンデッドになってしまう。

 そうなると、どんどん数が増えて手がつけられなくなる。


 この死者の群れも、そうやって膨れ上がって、ここまでやって来たと思われる。

 まさに禁呪ってやつだが、こんな魔法を使ったんじゃ、この国が滅びてしまうんじゃないのか?


 この国は帝国だが、治めている皇族たちはなにを考えているのだろうか。

 いや、いま絶賛対策中なのかもしれない。


 この街に亡者が押し寄せているってことは、帝都にも押し寄せている可能性がある。

 もしそうなら、援護も期待できないはず。


「出てこい、シャザーム!」


 彼が開いた黒い穴はただの板だったのだが、その闇がぐにゃりと粘度を帯びて揺れた瞬間、そこから何かが押し出されてくる気配が広がった。


「おおお~っ!」

 周りで戦闘していた連中からも歓声が上がる。


 最初に出てきた太い指先――煤のように黒い皮膚は光を一切反射せず、まるで闇そのものを掬い取った形。

 その指が穴の縁を掴むと、周囲の空気が低く唸り、空間そのものが軋むような振動を発した。


 次いで、肩。

 人間のものとは比べものにならない、岩塊のような質量を帯びた肩幅が、押し広げられた穴から強引に這い出てくる。

 黒光りする筋肉が波打ち、穴の縁が裂けるように見えるほど巨大だ。


 巨人の片足が地面を踏みしめた瞬間、大地が一瞬沈み込んだかと思うほど震えが走った。

 衝撃で周囲の土埃が舞い上がり、小石が跳ね、城壁の石組みが震えてかすかな悲鳴を上げる。

 もう片方の足が続いて落ちるたび、その重みは地鳴りとなって周囲を震わせた。


「「「シャザーム! シャザーム!」」」

 戦闘をしていた連中が拳を高く突き上げた。

 あちこちで腕が天へと伸びていくと、城壁が歓声の反響で震える。


 この街の連中は、シャザームのことを知っている。

 もちろん、テツオがイザルの聖者だってことも知っていた。


 地上に下ろしてもらった俺は、ちょっと試してみたいことがある。

 アイテムBOXから剣を取り出し、迫りくるアンデッドに突進すると、一閃――薙ぎ払う。


「収納! 収納! 収納!」

 立て続けに、アンデッドをアイテムBOXに収納した。

 生き物は入らないアイテムBOXだが、死んでいるアンデッドなら、収納できるのはダンジョンと同じだ。


 30体ほどの亡者を収納しただろうか。


「よっしゃ!」

 地面を蹴ると、シャザームの黒い身体を這い登る。

 彼女の身体は柔らかいので、掴む場所はいくらでもあるのだが――まるで、蟻になった気分だ。


「ダイスケ! どうするんだ?」

「こうするんだよ! アンデッド召喚」

 アイテムBOXから放り出された亡者がそのまま落下していくと、地面に叩きつけられてバラバラになる。

 攻撃として有効だが、効率が悪すぎる。


「ダイスケ、それじゃ間に合わんぞ?」

「クソ! なにかいい方法は……」

「行け! シャザーム!」

 テツオの短い命令によって、黒い巨人がゆっくりと動き出した。

 黒曜石のように艶めく肌が光を弾き、その巨体が一歩踏み出すたび、周囲の空気が圧力に押し潰されるように波打つ。


 巨人の足が地面へ落ちる――いや、叩きつけられると言った方が正しい。

 轟音とともに地面が沈み込み、そこにいたアンデッドたちがまとめて粉砕される。

 腐肉も骨も区別なく、まるで脆い粘土を踏み荒らすように亀裂と共に潰れていった。


 確かにアンデッドは潰されているのだが――圧し潰された死肉の内部に閉じ込められていた腐敗ガスが、地面から吹き上がるように弾け出し、周囲の空気を一気に汚染した。


 鼻を刺すどころではない。

 腐り切った臓腑の臭い、発酵した血液の酸味、湿った骨髄の生臭さ――それらが一度に、濃縮された塊となって風に乗り、戦場に押し寄せてきた。

 まるで見えない濁流が一気に喉元へ流れ込んでくるような、暴力的な臭気。


「うっ……!」

 誰かが声を漏らすより早く、戦闘していた連中が反射的に口元を押さえた。

 布で覆っても意味がない。

 鼻孔が拒絶しても、肺が勝手にその悪臭を吸い込み、胃の奥をえぐられるような吐き気が込み上げる。


 耐えきれず、その場に膝をついて胃の中身を撒き散らす者が続出した。

 嘔吐の音が次々と重なり、それすらもまた臭いに混ざって、地獄のような空気を作り上げていく。


「……これじゃ、土地が腐っちまう!」

 誰かが叫んだ。


 たしかに、このままでは土壌は汚染され、井戸水にも影響が出る。

 腐敗菌や病原体が広がれば、戦いが終わった後に別の死が街を襲うことになる。


「テツオ、これが禁呪か?!」

「そうだ……」

 彼の顔が暗い理由が解ったが、潰すのを止めてしまうと、そのまま街に雪崩込まれてしまう。


「なにか、方法は――神さま……」


 俺が神に願うなんて、生まれてこの方なかったのだが、今はそうするしかなかった。

 いや、神にすがるやつの気持ちが解ったというべきか。


「おい! あれはなんだ?!」「おお?!」

 街のあちこちで混乱が広がるなか、誰かが震える指で空の一点を指した。

 その方向を見ると、薄曇った空を裂くようにして――白い光の球が浮かんでいた。


 太陽のように眩しいわけではない。

 むしろ、月光を濃縮したような、柔らかくも鋭い白さで、見つめていると胸の奥が静かに震えるような神聖さを湛えていた。

 周囲の喧騒が一瞬だけ遠のいたほどだ。


 光球はゆっくりと脈動を始めると、光は縦に伸びた。


 まるで誰かが上から引き伸ばしたかのように、球体は細長い柱となり、地上へまっすぐ降りてくる。

 その速度は緩やかでありながら、一切の躊躇がない。

 逃げようとする隙すら与えない、運命の刃のような静かな決意。


 ――光柱の底が、地面に触れる。


 そこで無音の爆発が起きた。

 轟音も衝撃波もない。

 ただ、白い閃光だけが周囲を包み、光の波が広がっていく。


 そこにいたアンデッドたちは叫びを上げる暇もなく、皮膚も骨も衣服もすべてが、まるで塩が崩れるように細かい白い粉へと変わっていく。

 黒い瘴気のかたまりだった彼らの輪郭がぼろりと崩れ、粉雪のように風へ溶ける。


 一体、また一体。

 倒れるのではなく、存在が消えていく。


 街の住民たちはその光景を呆然と見つめた。

 白い光柱はなおもゆっくりと明滅し、まるでそこだけ浄化された世界に変わってしまったかのような静けさを保っていた。


「はは……もしかして、神さまか? 出血大サービスじゃねぇか!」

 テツオのつぶやきが聞こえたのだが――。


『ダイスケさん!!』


 次に俺に届いたのは、遥か世界に置いてきてしまった懐かしい声だった。



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