第102話 和菓子の差し入れ。
アンナのダメ元な願いは神に聞き届けられる事はなく。
また、シュヴァリエがクラウディアの訪問を断るハズもなく。
クラウディアの訪問の了承の返答を貰った。
ただ視察で城を離れている間に溜まった書類仕事で常より多忙なのは事実なようで、今回は一時間半後にならという事である。
「ちょっと時間に余裕があるなら―――」
クラウディアは月の宮の専属シェフにお菓子を用意して貰う事にする。
このシェフ、実は乙女ゲームの舞台である隣国出身だったりする。
それも隣国のちょっと有名なパティスリーで十年間働いていたらしく、スイーツを作る腕がピカイチだった上に、乙女ゲーム舞台の国として様々なスイーツがジャンル問わずに作れた。洋菓子だけでなく和菓子まで作れるとの事で、大変重宝しているシェフだ。
月の宮のスイーツ専属シェフになってまだ日が浅く、勤め始めて二か月半という所であるが、視察で宮を不在にした時を除いて、クラウディアは前世に似たスイーツの味を堪能させて貰っていた。
頭を使う仕事の時は甘い物が美味しいのだが、シュヴァリエは甘い物はあまり得意ではないらしいから、程よい甘さがいいよね……と悩む。
甘じょっばいのならいけるかな? と、今日は“みたらし団子”はどうだろうかと思っている。
シェフにお願いすると「みたらし団子でしたら、すぐご用意出来ます」との事だったので、お願いした。
出来たてのみたらし団子と共にシュヴァリエの執務室へ向かう。
執務室に向かう回廊の先に数人の貴族令嬢が佇んでいるのが見えた。
「あれ、ご令嬢がここら辺にいるの珍しいね?」
クラウディアは不思議になりながら歩みを進める。
「ああ、各大臣の娘たちですね。」
アンナがクラウディアの視線の先にいる令嬢たちを見つめながら説明する。
「そうなんだ。お父さんの仕事場見学とかそういうのかな。」
クラウディアの呑気な返答にアンナが苦笑する。
「そういう可愛らしい目的でしたら大歓迎なんですけどね。」
アンナの声に苦いものを感じてクラウディアは首を傾げる。
「違うの?」
「そのような可愛い理由ではない。という事だけ申し上げておきます。」
「え、何か気になる……」
アンナはクラウディアの呟きを黙して流し、そのまま周囲の警戒を怠る事なくシュヴァリエの執務室の扉前へとクラウディア連れていった。
クラウディアの一歩後ろをアンナ、三歩程後ろを護衛騎士が二名控えている。
皇女殿下を見つけた貴族令嬢が「あ……」と小さな声を漏らす。
遠目でクラウディア達を視認していたのだろうが、距離が近づいてやっと“皇女殿下”だと認識出来たのだろう。
不敬な事に声をかけようとしているのか、クラウディアの方へ一歩踏み出し声をかけようとした所で、アンナの苛烈な視線の洗礼を受ける。
戦闘経験のない者でも気付く程のギラギラとした殺気を含んだ視線に、令嬢は掛けようとした言葉を呑みこむ。
得体の知れない幽霊や魔物にでも遭遇したような恐怖が背筋を伝い、顔も声も体も固まり、ただ立ち尽くすのみになった。
そんな令嬢たちを標本蝶のように場に釘付けにして、その横を颯爽と通り過ぎた。
クラウディアは令嬢たちに何故か侮られやすい。
優しく素直なクラウディアは侮ろうとする貴族達を威嚇するような事も無い為、余計に増長させているのかもしれない。
入室の許可を得て、クラウディアがアンナと共に入室した。
朝ぶりの兄に挨拶とお茶の誘いを受けて貰ったお礼を伝える。
「ディアの為ならいくらでも時間を作る。」なんて嬉しい言葉を貰って、クラウディアは嬉しそうにはにかむ。
「今日はお兄様に新しいスイーツを食べて頂きたくて、月の宮のスイーツ専属シェフに作って頂いたのです。」
シュヴァリエからソファにエスコートされて座ると、早速クラウディアは待ちきれないように説明した。
クラウディアはシュヴァリエに出来たての“みたらし団子”を得意げに差し出し、緑茶の代わりに砂糖もミルクも無しの無糖紅茶を出して貰う。
「不思議な形なのだな?」
見た事のないスイーツを見てシュヴァリエは目を丸くした。
勧められるままに一口食べてシュヴァリエは“みたらし団子”がとても気に入ったらしく、パクパクと次々と食べている。
甘くてしょっぱい味付けを不思議がりつつも、口に運んでは美味しそうに頬を緩めた。
ここまで気に入って貰えるとクラウディアも嬉しくてたまらない。
自分も口にパクリと入れて甘さとしょっぱさを味わう。
(うん、懐かしくてとっても美味しい)
あっという間にみたらし団子を完食してお茶で喉を潤す。
「それではお兄様、お仕事のお邪魔をしてはいけませんので、そろそろ私は宮に戻りますね。」
クラウディアは執務室の机に積まれた書類の山を確認すると、さっさと場を辞した方が良さそうだと思った。
「ああ、いい気分転換になった。ディア有難う。なかなか複雑な味だったがとても美味しかった。」
シュヴァリエが気に入ってくれたなら、何よりである。
「シェフにお兄様が褒めていた事をお伝えしますね。とても喜ばれると思うわ。」
「そうか。美味しかったと伝えてくれ。」
「はい。伝えておきますね。」
シュヴァリエの執務室を出ると、もう先程見かけた令嬢たちの姿はなかった。
やっぱり父親の仕事見学だったのではないだろうか。と思いつつクラウディアは宮へと帰ったのだった。
自分の宮に着き、私室の座り慣れたソファに座るとホッと満足の吐息を漏らした。
「今度は何を作って貰おうかしら。」
みたらし団子を気に入ったのなら、甘すぎないのであれば他の団子類も喜ばれそうだ。
その日シュヴァリエはやはり大変に忙しかったらしく、晩餐を共にする事は出来なかった。
いつもならクラウディアとの晩餐の為なら、晩餐後に仕事を再開させる事にして、一度キリのいい所で終わらせて参加するのだが、今日は厳しかったらしい。
最近は一緒に食べる事が多かったので、一人で食べる夕食は寂しいと改めて気付くことになり、食欲が少し落ちたクラウディアであった。
入浴を済ませ、アンナ達に手入れを隅々までされて、就寝の準備が整った。
ベッドに横になり、クラウディアは喉元に魚の小骨が引っかかっているような妙な引っかかりを覚える。
「何か忘れてる気がするのよね……」
「余計な事を考えますと眠れなくなったりしますよ。
さぁさぁ、お休みくださいませ。」
アンナに促されて「うん……」と頷く。
「おやすみなさい、アンナ。」
「はい、おやすみなさいませ、姫様。」
いつもの挨拶を交わし合い、アンナはクラウディアに優しく微笑むと退室した。
そうは言われても気になるのよね……。
ごろり、ごろりと寝返りを打ちながら考える。
思い出せない事が気持ち悪い。
「……あっ!!」
クラウディアは思い出した。
「シュヴァティーって呼ぶのワスレテタ!」
わりとどうでもいい事なのだが、クラウディアには重要だったらしい。
「みたらし団子をあんなに気に入ってくれると思ってなかったから、そっちの方に意識が向いちゃって、本来の目的を忘れてた……。
しょうがない、次にでも言おう……。」
クラウディアは一人頷くと、憂いは晴れたとばかりにホッとして目を閉じる。
退室したアンナは閉めた扉に寄りかかりホッと安心の吐息を零す。
このまま忘れたままでいると助かると切に願うのであった。
流石に帝国の皇帝をシュヴァティーは……である。
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