ユアンは審査官の話を聞いた
これの前に短めの文が追加されてます。
一年以上経ってから気づいたっていう()
「ぁむ、ん……っ」
上気した頬、悩ましげに寄せられた眉、とろんと潤んだ瞳。
「ん、むぐ、……っごくん」
口一杯に頬張りながら、俯いた顔に落ちてきた一房の髪を耳に掛ける仕草。
なんというか、あれだ。
とてもえろい。
「ふはぁ……」
とても満足そうに一息ついたシャオエイの前に食後の茶を置くと、ごきゅっごきゅっぷはー! と喉を鳴らして一気に飲み干した。
見るからに淑やかな手弱女といった風情の美女なのに、食事に関してはとても豪快で、なんというか、ちょっと残念な女性である。
ちなみにぱんけーきは小麦粉と鶏の卵と牛の乳をたっぷりと使いどっしり腹にたまるように、ユアンの指2本分くらい厚みのある分厚いものを作ったので、ユアンは乳酪と蜂蜜を少しかけた1枚を食べたらもう満腹だった。
リョウが肉野菜炒めを乗せて2枚、父はクリームと乳酪と蜂蜜をたっぷりかけつつ4枚食べて、シャオエイに至ってはそのままを11枚も食べた。
ユアンが必死に次々とお代わりを焼いている間、リョウと父は唖然として美女(大食漢)の食事風景を見つめていたらしい。
「凄かったな……」
「ああ、凄かった……」
美しい女性というよりは、若干化け物を見るような怯え方で身を寄せる男二人が親子のように見えて、ユアンには少し面白い。
「この分厚いぱんけーきが、四等分で口に入ってったんだ……」
「噛む回数もおかしかった、なんであのスピードで飲み込めるんだ……?」
ユアンはくすりと笑って、少し恥ずかしそうにしているシャオエイの湯呑みに、お茶のお代わりを注いだ。
「──結論から申し上げますと、リョウ様はこの町の住人にはなれません」
しん、と部屋が静まり返る。
「な、なんっ……!!」
心が喉に詰まったように、ユアンは上手く話すことが出来なかった。
驚きと、苛立ちと、町であったことへの怒りやシャオエイに対しての猜疑心なんかが一気に膨らんだような気がした。
「詳しく話をしてくれるのだろう?」
「勿論です」
落ち着いている父とシャオエイの二人を信じられない面持ちで見つめ、次にリョウへ視線を向ける。
リョウは膝の上の両の手のひらをぐっと握り込んでいた。
浮きかけた腰をなんとか元に戻し、姿勢を正して、改めて真剣に話を聞く態勢を作る。
「今回、リョウ様に対し行った審査は三つ。
まず、身体能力の測定。素手や武器の使用で行われる暴力行為による周囲への被害想定に使用されます。多少身体は鍛えていらっしゃるようですが、幼少期からつい最近まで、長い間満足な食事を取れていなかったと推察されます。弓、ナイフのような刃渡りの短い刃物の扱いに慣れているように見受けられますが、武力として大きな脅威になることはないでしょう。
次に血液を採取し、そこに含まれる魔力濃度の測定。これは、万が一に起こり得る、魔力暴走による周囲への被害想定に使用されます。今のところ、魔力は下の中程度。魔力の扱いには不馴れですが、魔力暴走を起こしたところで周囲を巻き込むほどの威力はありませんし、完璧な制御で誰かを狙ったとしても、殺害に至るまでに拘束できると思われます」
シャオエイがリョウの腕や脚にベルトのようなものを着けたり、腕に透明な筒のついた細い針を刺して赤い血を引き出したりするのを、ユアンは見ていた。
きっとそれらが審査の一部だったのだろう。
ならば、奇異に見えた行動のもう一つが最後の審査だ。
シャオエイが目を閉じ、手のひらをリョウの額に当てていた。
それだろうと当たりをつけても、何の審査なのか見当がつかない。
「最後に、思想の審査でございます。審査方法は国家機密になりますので割愛いたしますが、リョウ様の思想は──不安定、としか言いようがありません」
シャオエイは一度言葉を止め、唇を舌でぺろりと湿らせてから、一言一言考えながら絞り出すように心証を語る。
「リョウ様は、善悪で言えば善寄りの方です。他人の物を奪ってはいけない、意味なく他者を害してはいけない、というような基本的な倫理観に問題はありません。
そして外向的、内向的で言えば内向的な方。新しいものを求めるというよりは今自分の手の中にあるものを大事にするでしょう。
ですが万が一、その大事にしているものに危機が迫った場合の、対処の仕方がおかしい」
ちらりと一瞬だけユアンに視線を向け、美しき審査官は重苦しく口を開いた。
「リョウ様は、大事なものを守る必要のある時に、きっと手段を問いません。そして大事なものを害された場合、害した相手を殺すまで止まらない可能性があります」
「……それって、普通のことじゃない?」
誰だって大事なものを傷つけられそうになったら、何がなんでも守ろうとするだろうし、
大事なものを傷つけた相手を殺したいと思うことくらいあるはずだ。
それが、リョウがこの町の住人になれない理由として納得できなくて、ユアンは思わず口を出していた。
「あたしだって、父さんが誰かに殺されちゃったとしたら、殺した相手のことすっごく憎んで、殺したくなると思うもの」
「……国ごと、ですか?」
「え?」
「害してきた相手がどこかの国に属していたとして、その国ごと、滅ぼそうとしますか?」
シャオエイが真っ直ぐにユアンを見つめる。
ユアンは視線を逸らすまいと自分に言い聞かせながら、言われた言葉を頭でよく反芻した。
「え、と、……多分、そこまでは……」
しないだろう、と自分で思う。
全然関係ない人達まで巻き込むのは、ユアンの道義に反する。
子供やご老人、病人怪我人などは、攻撃することすらユアンには出来ないだろう。
「リョウ様は、それが出来る。──出来てしまう可能性が、あるのです」
「可能性なんて、誰にだってあるじゃない!」
「ええ。しかし、リョウ様は……いえ、とにかく、今の段階では住人としては認められません」
かっと頭に血が上り、反射的に怒鳴ろうとしたユアンを押し留めるように、あるいは守るように、父の腕が上がる。
「追い出す、というわけではないのだろう?」
確信したものを確認しているだけ、という静かな口調だった。
それに対し、シャオエイは少し困ったような、今にも泣きそうな、そんな笑みを口元に滲ませる。
「……はい。リョウ様は、領主様から派遣される審査官によって定期的に審査を受け続ける条件で、この町に滞在することが出来ます。身分としては滞在人となりますが、基本的には大きな問題を起こさない限り、扱いは住人と然程変わりません」
ユアンは両手でパッとリョウの手を握り込んだ。
「良かったね、リョウ。ここに居られるって、出ていかなくてもいいって」
リョウは、処理しきれない情報を、噛み砕き、呑み下し、胃で消化して、血管を巡り、初めて栄養として脳に染み込んだように時間をかけて、短く「……は、」と息を吐き出した。
「…………ちなみに、その審査官、とは?」
「もちろんわたくしのことでございます」
「定期的に、とは、一年に一回くらいだろうか」
「いえ、週に一度ですわ」
がくり、と父は床に手を付いて撃沈していた。
どうやら、父はシャオエイさんが苦手のようだ。